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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「短編」

「英雄」

作者: 晒す者


 僕は『英雄』に憧れていた。

 小さい頃から変身ヒーローものの番組が大好きだった僕は、自然とテレビに映るヒーローに自分を重ね合わせていた。

 小学校に上がる頃にはテレビで見るような悪い怪人は現実にはいないことは理解していたが、それでも僕は『英雄』になって皆を守りたいという夢を持ち続けていた。

 だけど成長するに連れて、その夢は少しずつ僕の手から離れていった。


 理由は簡単。僕に『英雄』になれるほど強い人間ではないことがわかり始めたからだ。


 現在、中学二年生になった僕は今日もクラスメイトからちょっかいを受ける。

 クラスメイトの手が、僕の肥え太ったわき腹に容赦なく叩きつけられる。

 その度に僕は飛び跳ねて痛がってしまう。僕は人よりわき腹が弱いのだ。

 その反応が面白いのだろう。クラスメイトたちはどんどん僕への『いじり』を激しくしていく。


「ほーら、□□。構ってもらって嬉しいだろ。『友達いない僕に構ってくれてありがとうございます』って言って見ろよ」


 リーダー格の男子である○○くんが僕に返事を強要する。

 あくまでこれは『友達に対するいじり』であり、決して『いじめ』ではないことを僕の口から言わせるためだ。

 僕としてはそう返事をするのはイヤだった。こんな仕打ちを受けて喜んでいるような発言をしたくはなかった。

 しかし何の役にも立たない肥え太ったプライドを持つ僕は、自分がいじめを受けていると認めるのもイヤだった。

 かつて『英雄』を目指していたということがその思いを強めた。


「□□、聞いてるのか? 俺たち友達だよな? 友達の質問に素直に答えないヤツにはペナルティが必要だよな?」


 そう言って○○くんは手にした竹定規で僕の背中を叩く。


「ひぎぃ!!」


 しなった竹定規の強烈な一撃が僕の背中を痛めつける。しかし僕に反抗す勇気はない。プライドと体ばかり肥え太って、まるで行動を起こさない僕に出来ることは、ただ黙って耐えることだけだった。


「あとよ、お前いつになったらバイト代持ってくんの? はやく弁償してもらわないと困るんだけど」

「ご、ごめん……まだ給料日じゃないし……」

「□□よぉ」


 ○○くんは僕の肩に腕を回す。そしてその腕に思い切り力を込めて、僕の首を締め上げた。


「あ、があああああ!!」

「お前さ、俺の電話を壊しといてそりゃねえだろ? 人に迷惑をかけたら、お詫びをする。小学校で習わなかったの?」


 ○○くんがゲラゲラ笑いながら尚も僕の首を締め上げる。

 周りにいる男子たちも同様に僕が締め上げられている様子を笑いながら見ている。

 半年前、僕は不注意から、教室の床に落ちていた○○くんの携帯電話を踏みつぶして壊してしまった。

 僕は必死に謝ったが、彼は誠意を見せろの一点張りで弁償するために僕のバイトの給料を毎月納めるように要求してきた。

 確かに携帯電話を壊してしまったのは僕が悪い。しかし半年間も彼にお金を払い続けなければならないほど、彼の電話は高価なものだったのだろうか。


「あ、やめ、やめて……」

「□□、男なんだからもっと耐えろよ。それとも何? 泣いちゃうの? こんな遊びで泣いちゃうの?」


 ○○くんは再度笑いながら僕を締め上げる。いつもなら僕はここで涙を流し、周りはそれを見てゲラゲラ笑う。それで終わりだった。


「そこまでにしとけよ」


 しかし、今日に限ってはそれで終わらなかった。

 前を見ると、クラスメイトの××くんが○○くんの腕を掴んでいた。


「なんだよ××。お前も俺と遊びたいの?」

「そうだな、俺もお前と遊びたい」

「へえ……」


 ○○くんは締め上げていた腕を解くと、僕を突き飛ばした。


「あがっ!!」


 突き飛ばされて受け身も取れなかった僕は教室の机とイスを弾き飛ばしながら床に倒れる羽目になった。


「××くーん、もしかして何? 俺が□□をいじめてるとでも思ったの? そんなんじゃねえよ。俺たちはただ遊んでいただけだ、なあ□□?」

「う、うん……」


 臆病な心が発したその言葉は、肥大化したプライドの格好の餌食となり、僕の顔を熱くする。


「ほら、□□もこう言ってるんだし、お前が首突っ込むことじゃねえよ」

「苛められている本人が『僕が苛められています』って素直に言うと思うか?」

「じゃあなに? お前はどうしても俺を加害者にしたいわけ?」

「お前が自分を加害者と思っていないなら、そうなるな」


 ○○くんの言い分にも××くんは少しも引き下がらない。


「わかった、わかった。じゃあ××よ、お前も俺と遊びたいんだったよね!?」


 そう言った瞬間、○○くんは××くんの腹を殴ろうとする。

 だが××くんは素早い動きで突き出された腕を掴み、そのまま捻り上げた。


「あっ! いてててて!!」

「○○、俺はこう見えても柔道をやってたことがある。俺に暴力を振るうのはおすすめしない」

「わ、わかった! わかったから離せ!」


 ○○くんが悲鳴を上げながら訴えかけると、××くんはあっさりと腕を放した。


「○○、次に□□にちょっかいかけたら容赦しないぞ」

「……わかったよ」


 分が悪いと判断したのか、○○くんはイスを蹴り倒しながら教室を出ていった。


「おい、立てるか?」

「う、うん」


 僕に手を差し伸べた××くんは、昔思い描いていた『英雄』のイメージそのままだった。


「××くん、すごいね」

「何がだ?」

「だって、○○くんの前でも一歩も引き下がらなかったし。まるで『英雄』みたいだったよ」

「『英雄』って……大げさだろ」


 ××くんは恥ずかしそうに目を逸らした後、再度僕を見た。


「それより□□、お前ももうちょっとしっかりしろよ。そんなんじゃいつまで経ってもいじめられるぞ?」

「いや、その、僕は……」


 だけどこの期に及んで、僕はまだ自分がいじめられていたことを認めたくなかった。自分が弱者だと考えたくなかった。


「そうだ、これから俺がお前を鍛えてやるよ」

「え?」

「お前が強くなれば、あいつらだって黙ってるだろ? じゃあ、明日の放課後に体育館に来いよ」

「あ、うん……」


 確かに今のままじゃダメだ。これはいいきっかけなのかもしれない。

 そう思った僕は、翌日体育館に行くことにした。



「おう、来たか□□」

「うん」

「まずは腕立て伏せから始めるか。じゃあ、やってみろ」


 僕は言われた通りに腕立て伏せをしようとするが、普段全く運動していない体は思うように動いてはくれなかった。


「なんだよ、一回も出来ないのか?」

「ごめん……」

「謝るなよ。だけどペナルティは受けてもらわないとな」

「え?」


 そう言うと、××くんは僕のわき腹を蹴り上げた。


「ぐはぁ!!」

「大声出すな。そんなんじゃ強くなれねえぞ」

「だ、だって、こんなの……」

「俺は『英雄』なんだろ? 俺はお前のためを思って言ってるんだ」

「そ、そうなの……?」

 

 ××くんは笑いながら僕を見下している。そうだ、彼は僕を助けてくれた『英雄』なんだ。

 彼の言うことに間違いはないはずだ。


「じゃ、腕立て伏せの続きな。出来なかったらまたペナルティだから」

「う、うん……」


 わき腹がまだ痛むが、これは彼なりの優しさなんだ。だって彼は『英雄』なのだから。



「いたたたた……」


 結局、僕はあの後××くんに何度もわき腹を蹴り上げられながらも、何とか腕立て伏せを規定の回数こなした。

 ××くんは満足そうに、『よくやったぞ』と言ってくれた。

 そうだ、『英雄』である彼のことを聞いていれば、僕はきっと強くなるはずだ。


 そう思って、教室のドアを開けた。そこには……


「ぎゃはははは!!」

「な、傑作だろ!? あいつ俺を『英雄』とか言い出したんだぜ!? ホモかよ!」

「だ、ダメだ、笑い死ぬ〜!!」


 先日、ケンカをしたばかりの××くんと○○くんが楽しそうに笑い合っていた。


「××くん……」

「おう□□、今日も体育館で特訓だからな」

「□□ー、頑張って俺を倒せるように強くなるんだよ〜? ぎゃはははは!」


 ○○くんがいつも僕に向けるイヤな笑顔を浮かべる。隣の××くんもそれと同じ笑顔を浮かべていた。

 その顔は、とても『英雄』には見えない顔だった。


「な、なにこれ、どういうこと?」

「どういうこと? おい○○、説明してやれよ。俺じゃ笑って説明できねえ」

「わかったよ。あのな□□。この前××くんからお願いされてさ、××くんもお前と遊びたいって言ったんだよ」

「そうそう、だけど俺って優しいからさ。お前のことを助けたいって思ったんだよ。だから○○と一芝居打って、お前を助けたわけ」

「それで俺はその見返りとして、こうして笑い話を提供してもらってるんだよ。いやあ、笑ったわ〜」

「……」


 二人の話は、要するにこういうことだ。

 

 僕をいじめる人間が、○○くんから××くんに変わっただけ。


「□□さ、よく考えて見ろよ」

「え?」


「お前みたいな底辺の人間の前に、『英雄』なんて現れるわけないだろ?」


 それから僕にとっての地獄が始まった。



「ぐぼぉ!!」

「おいおい□□、そんなんじゃ強くなれねえぞ?」

「うう……」


 僕は毎日のように体育館に呼び出され、『技の練習』という名目で××くんから暴力を受け続けた。

 周りには××くんの他に○○くんやその仲間もいる。


「折角俺がお前を強くしてやろうとしてんだからさ。お前も真剣になってくれねえと困るよ、な!」

「あぐうっ!」


 ××くんの蹴りが僕の腹にめり込む。

 どうしてだ、どうして僕がこんな目に遭わなくてはならないんだ。


「お前さ、もしかして『どうして自分がこんな目に遭わないといけないんだ』って思ってる?」


 心の中を××くんに見透かされて、ドキリとする。


「簡単だよ。お前って見てるとムカつくんだよね。ウジウジしてるくせにプライドだけは高そうなんだもん。なんつーかさ、俺が『英雄』ならお前は『怪人』って感じの気持ち悪さがあるんだよな」

「そうそう、俺たちは『英雄』として『怪人』をやっつけてるんだよ。仕方ないよなあ?」


 皆が笑いながら僕を見下す。その姿を見て、僕は思った。


 僕が『怪人』? 冗談じゃない。僕を一方的に攻撃するこいつらこそが『怪人』だ。


 そして僕は考えた。僕だって『英雄』になりたい。僕だってテレビに映っていた『ヒーロー』のようになりたい。

 だけどそれでも、僕に勇気は出ない。


「あ、あのさ、ちょっとやりすぎじゃないかな?」


 しかし、その時○○くんの仲間の一人がそんなことを言った。


「あ? どうしたのお前?」

「い、いや、ここまでやると先生とかに疑われたりしないかなーなんて……」

「は? お前ビビってんの?」


 ××くんがその仲間に詰め寄る。だがそれを見て、僕の心が奮い立った。

 そうだ、僕は『英雄』になるんだ。『英雄』として彼を救うんだ。彼を救えれば、僕は『英雄』になれる。


「う、わあああああ!!」


 思考と行動の間には、数秒の間もなかった。気がつけば僕は、××くんを突き飛ばしていた。


「うおっ!?」


 不意の出来事だったために全く反応できなかった××くんは顔から体育館の壁に激突した。


「××くん!?」


 ○○くんも、詰め寄られていた仲間も騒然とする。やった。僕はやったんだ。人を救う『英雄』になれたんだ。

 そう思って××くんを見た。


「あ、がああああああああ!!」


 彼は右目から血を流して床を転げ回っていた。よく見ると、彼が激突した壁には、赤い釘が飛び出していた。


「え……?」

「お、おい! これやべえぞ!」

「きゅ、救急車を呼べ!」


 ○○くんが急いで救急車を呼び、学校は一時騒然となった。


 

 その後。

 僕は警察署の中にいた。理由は簡単。××くんを突き飛ばして怪我を負わせたことに対して話を聞かれたからだ。

 警察の人の話によると、××くんの親は僕を訴えると言っているらしい。だけど僕はそんなことはどうでもよかった。

 ショックだった。僕を見る先生たちや警察官たちの視線が。


 まるで、僕をどうしようもなく悪い『怪人』のような目で見ていた。


 僕は人を救うことで『英雄』になれると思っていた。だけど実際は違ったんだ。

 ○○くんも、××くんも、そして僕も、自分の欲望を満たす大義名分が欲しかっただけだった。

 ○○くんは僕に携帯電話を弁償させると言って僕を傷つけた。

 ××くんは僕を鍛えると言って僕を傷つけた。

 僕は『英雄』になるために××くんを傷つけた。

 

 なんてことはない、僕はただ単に最後まで自分がいじめられていると認めたくなかったんだ。


 だけどもう遅い、僕のしたことは一生の罪としてのしかかるし、皆は僕を許してはくれない。

 それでも僕は自分のしたことを間違いだとは思えない。


 だから、『英雄』という言葉に踊らされた僕は、最後まで自分の罪を直視することはできないのだろう。



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