7. 終幕
「奏、あんた……」
僕の後ろで見ていた玲奈は呆然と立ち尽くしている。それもそうか。落ちこぼれの僕が異能力者になって帰ってきたと思ったらこんな馬鹿みたいな力を持っているのだから。
僕に答える気がないとわかったのか、溜め息を吐いて僕の隣へと歩いてくる。同時に向けた視線の先には異能の餌食になった人型がボロボロの状態で横たわっていた。完全に消し去ったと思ったのだが、人型というだけでやはり他の魔物とは違うということか。
次の一撃で完全に消し去ろうと再び闇の粒子を収束させる。
「痛ぇじゃねぇかよおい……」
満身創痍の中、立ち上がった人型に玲奈の目が大きく開かれた。対して僕は冷静に、収束を続けながらその姿を捉える。
暴風を巻き起こしボロボロなのが嘘のように同じ威力の魔術を行使する。その姿に反射的に光の弓を展開し構える玲奈は、敵の力の大きさに動揺が隠せないようだ。
「我慢ならねぇよ。おめぇら下等な種族が俺らに歯向かおうなんて……無駄なのになぁ!」
「それはお前達が増え続けるから、か?」
「それもあるが……はっ、おめぇに教えるわけねぇだろ」
その含みある言葉はつまり、魔者を完全に消すことができない理由が別にあるということに他ならない。
それは僕の復讐を遂げる上で絶対的に必要な情報。
「答えろ屑が……!!」
僕の復讐心に同調するかのように闇の粒子は恐ろしいまでの速度で爆発的に収束する。やがてそれは数千、数万と目視では数え切れないほどの大きな棘が僕の頭上に展開された。それに対抗するかのように人型の頭上に風の魔術による刃が無数に展開されていく。
「はっ、これでおめぇは……なんっ!?」
急に人型の目の前に浮かび上がった英文字は淡く発光したかと思うと、赤黒い鎖となって人型の体を何重にも複雑に縛り上げた。同時に展開された風の魔術による刃も、人型の周りを吹き荒れる暴風も霧散した。
突然のことに流石の僕も動揺が隠せない。
今、目の前で何が起きている?
その束縛から逃れようと悶えるが、そうすればするほど鎖はどんどん体に食い込んでいく。
これを僕は昔見たことがある。あれは確か、西欧にいた時だ。
「黒魔術……」
非人道的な術。日本で言うところの邪術に当たるそれは呪物と呼ばれる贄を対価に使うことのできる魔術。そのコスト故に強力な術ばかりあるのが黒魔術の特徴の一つ。そして厄介なのがもう一つ。
空中に浮かび上がった英文字。あれはルーン魔術を発動させるやり方に酷似していた。
黒魔術とルーン魔術の併用。正直僕でも勝てるかどうかわからない。いや、確実に負ける。まだ僕の能力の性質上逃げ切ることはできるかもしれないが、それでも無傷ではまず無理だろう。
やがて鎖はどんどんと食い込んでいき、最後に鎖は人型の全てを飲み込んで消えた。
第三者の介入、か。
現れることが稀と言われる人型の魔者の出現。本来一つに帰属する魔術を併用して使う第三者。やはり帰国してから良くないことばかりが続く。
自分の運のなさにそっと溜息を吐くと、いまいち事態を把握できていない玲奈が食いついてきた。
「今のは何!?もしかして奏がやったの!?」
「違うよ。大体今のはどう見ても魔術。玲奈。君本当に時期宗主候補なの?」
「くっ……!疑いの目を向けるのやめなさいよ!」
「はいはい。わかりましたよー」
「こいつ本当にムカつく」
少しは落ち着きを取り戻したことを確認すると、人型がいた場所まで足を進める。
そこには何も残らず、ただ人型の魔者が消えたという事実だけが残る。
「どうすんのよこの後」
「取り敢えず依頼は達成されたんだ。一度対策室へ行こう」
何故だろうか。言いようのない違和感が頭を掠める。
……口止め、だったのだろうか。僕の知りたい、魔者という存在の根源。それに近付く何かを人型の口ぶりからするに知っていたのだろう。だからー
*
「ーそう。一先ずは依頼は完了、ということね」
対策室に来た僕と玲奈は赤羽さんに事の顛末を報告する。やはり赤羽さんも今回の件に関しては腑に落ちないところがあるらしい。デスクに肘を置いて何かを考え込む赤羽さん。その様子はまるで、心当たりがあるかのように僕は見えた。
「二人ともお疲れ様。後の処理は私達の方でやっておくから任せてちょうだい」
「……わかりました」
僕達に話す気はないらしい。所詮は依頼主と雇われの関係。深くを知られることもないのだろう。ある意味で言えば情報漏えいにも繋がるかもしれないしな。
部屋を出る僕に慌てたようにして続いて退出する玲奈。僕の横に並ぶや否や、不機嫌そうに口を開いた。
「奏、あんなに強かったのね。正直、甘く見てた。私と戦った時は手加減していたのね」
「属性的にお互い相性が悪い。あとは単純な実力だけだ。僕が特別強いわけじゃない」
「それでも私は奏のことどこか見下してた。だから、ごめん。あと、ありがとね」
「……マゾなの?」
あんだけ散々おちょくったのにお礼を言われるなんてそうとしか考えられない。すると顔を真っ赤にさせて鬼気迫る表情で僕に詰め寄ってきた。
「違うわ!不良から助けてくれたことに関してよ!変な勘違いするな馬鹿!!」
「逆ギレとか怖っ……」
こんなんだから「今時の若者は」とか言われるのではないか?情緒不安定すぎるでしょもう。僕が数年いなかっただけでここまで変わってしまったのかこの国は。
軽く戦慄を覚えていると、一度咳払いをして真剣な顔で僕に向き直る。その瞳には先程とは違う、何か強い意志が宿っているようにも感じた。
「一体どこでそんな能力手に入れたの?異能力はその全てが後天性のもの。いったい、この四年の間で何があったの?」
玲奈のその言葉で思い出せるのは三年前。生きる意味も持っていなかった僕に言葉をかけてくれた女の子。僕の全てを受け入れると言ってくれた。僕には眩しいくらいの毎日をくれた。
そしてー
『あなたは…….生き、て』
ー血まみれのまま僕の腕に体を預ける姿。
ああ。心に深く、黒く、侵食を広げる闇。僕の復讐心故のこの力。きっとそれがきっかけだったのだ。今だからわかる。
「……奏?」
「今後君と会うことはないだろう。ま、せいぜい来栖家継げるように頑張りなよ」
そう言い残して闇を身に纏い、その場から姿を消す。
きっと今頃、僕に対しての悪口を止まることなく叫んでいることだろう。
だけどもう、僕には関係ないことだ。今後会うことはないのだから。
ホテルに戻った僕は一度シャワーを浴びようとシャワールームへ来た。ふと、鏡を見る。
「……酷い顔だな」
そこに映る自分の、憎しみに満ちた醜い表情に自嘲する。もしかしたら見られたかもな、玲奈に。
短く溜息を吐き、そのままシャワーを浴びる。心に満ちる憎しみを一緒に流すかのように。
*
対策室の一室。そこには部屋の主である室長の赤羽美菜子と副室長である片桐茂雄がいた。その面持ちはどこか深刻そうである。静まり返った部屋で最初に口を開いたのは片桐だった。
「黒魔術とルーン魔術の併用、ね。これはもしかしなくても奴なんじゃないか?」
「……でしょうね。奴も日本に来ているというのは正直、最悪と言ってもいいかもしれません」
「だとしたら目的は例の聖遺物でしょうね。これは早急に探し出したほうがいいのでは?こちらには闇夜の復讐者もいることですし」
「出来ればあまり関わらせたくない件ではあるけれど、それも考慮しましょう」
一通り話が終わったからか、部屋にあった冷え切った空気が消えた。すると何かを思い出したように手を叩き、片桐は問いかける。
「そういや例の依頼、本当にするんですか?」
「ええ。もう手続きは済んでますし、何より逢沢君が適任ですから」
そう言う赤羽の手元には一冊のパンフレットが置かれてきた。そのすぐ側にはA5サイズの茶封筒。
不敵に微笑む赤羽に片桐はやれやれといった表情で苦笑した。
ご愁傷様、と心の中で逢沢奏に呟きながら。