6. 闘争
とあるビルの屋上。そこには二つの影があった。
一つは綺麗な金髪と甘いルックスを携えた高身長の男。もう一つは男とは対照的な長い銀髪と一切変わらない無表情の少女。だが一番目を惹くのは幻想的な真紅の瞳だ。
「あははっ。人型なんて久しぶりに見たよ。しかも魔術を使うなんて新種だね、これは」
「……」
軽快に話す男の言葉に表情一つ変えない少女。その姿にやれやれと笑みを浮かべる男は、再びその視線をここから遠く離れた裏路地へと向ける。そこにいるのは高校生くらいの少年と少女。そして風の魔術を操る新種の人型の魔者。
この戦いが今後、何をもたらすのか。そんな好奇心が男をこの場へと足を運ばせた。しかし少女は違う。その真紅の瞳はただ一点、逢沢奏へと向けられていた。端から見たら変わらずの無表情だが、知ってるいる者が見たらそこに宿る一つの感情に気付く。そして男も、その内の一人だった。
「随分とお熱い視線だねぇ。そんなに彼にご心中かな?」
「……」
「やれやれ。そういうところも相変わらずだねぇ」
男の言葉に先程から一切反応を見せない少女。少女の姿に流石の男も溜め息を吐く。が、急に少女はその場から立ち上がり裏路地とは別の方向へと歩き始める。
「……行かなきゃ」
「全く。自由すぎるねぇ、うちのお姫様は」
男に構わず歩いていく少女の後ろにつきながら、ぽつりと愚痴をこぼす。
しかしながら依然その視線は裏路地の戦いへと向けられている。そして男は去り際に軽く手を、まるで何かをなぞるように動かした。なぞり終わった瞬間、空間に英文字が浮かび上がる。淡く発光してから文字が消えると、一陣の風と共に何かが運ばれる。
「さぁ、もっと楽しませてよねぇ。復讐者、来栖の姫君」
*
間一髪のところで介入してきた玲奈のおかげで人型の攻撃を回避した僕はバックステップで距離を取る。突如現れた乱入者に笑みを浮かべる人型。対してその乱入者である玲奈は開口一番に僕の悪口を言う。まぁそれはどうでもいいが、一応戦力が増えたことで多少の余裕は出来る。
「足、引っ張らないでね」
「本当に口悪いわねあんた。……まっ、今は大目に見てあげる」
偉そうだな玲奈……。
戦闘中に隙だらけな会話をしていても一切攻撃する気配がない人型。それどころか楽しそうに口角を釣り上げる様子は完全に僕らを舐めきっている。
再び向き合い刀を構えると、それに気付いた人型は風の魔術により辺りに暴風を巻き起こす。
ここが裏路地じゃなかったら周囲への被害は計り知れなかったろう。
次の瞬間には先程と同じように無数の風の斬撃が僕らに向かって飛んでくる。躱しつつも躱せない分は刀で流していく。
ふと玲奈を見ると光の魔術で上手く盾を作って防いでいるようだ。だがその表情には陰りが見える。どのみち時間は掛けれなさそうだ。
防戦一方のままでは埒があかない。斬撃を捌きながら上空に闇の粒子を収束させる。それから間も無く無数の槍の形を成し、一斉に人型に降り掛かる。腕を振り魔術でそれらを吹き飛ばす人型の懐に瞬間的に移動して入り込む。息吐く暇さえなく振り切られた刀は突如吹き荒れた暴風により阻まれた。
それと同時に下から斬撃が突き上げる。間一髪で避けてから勢いのままに蹴りを繰り出すがまた魔術で吹き飛ばされた。その中に仕込まれた無数の小さな斬撃が襲いかかり所々にダメージが及ぶが、能力で力づくで魔術を無効化して受け身を取る。
流石に連続的に能力を行使し続けると体にかかる負担が半端ではない。現に息が上がり、少しばかり呼吸がしづらくなってきた。
「おいおい、もう終わりか?」
「……準備運動だよ。これからが本番だ」
「はっ、そう来なくちゃな!」
正直次から次へと能力を使えるような状態ではないが、ここで引いてしまったらもう勝つことは不可能だ。強気に言い返し、最小限で闇の粒子を発現させる。
出来るだけ使いたくはなかったがこうなってしまっては使うしかー
この劣勢に切り札とも呼べる力を使おうとしたが、次の言葉を聞いてやめた。今の状況では不本意ながらも幾分か気持ちを楽にさせてくれる言葉だったから。
「私のこと忘れないでよね。来栖家の力、見せてやるわよ」
僕より一歩前に出た玲奈は強気にそう言う。だがその言葉は何の迷いも感じさせない、不思議と安心させるものだった。
あの日以来、魔者を根絶やしにすることしか考えてこなかった僕が、一人の少女の言葉で冷静になるとは馬鹿みたいな話だ。
玲奈はそのまま光の弓を作り出し、一直線に人型に向けて放つ。しかしそれも風の魔術で阻まれ呆気なく消えて無くなる。ムキになっててか同じように矢を放ち、途中で拡散して多方向へと飛び散る。
「なんだなんだ!こんなもんかよ魔術師ぃ!!」
叫びながらも攻撃全てを暴風で吹き飛ばす人型は最早狂喜に満ちていた。そもそも魔者と言う存在自体が負の存在なのだ。そこに正常なんてありはしない。高度な知能を持ち人語を話す人型にせよ、それはもう変えようのない事実。感情の昂りにより更に暴風はその範囲と力をどんどんと広げていく。際限なく広がるそれは、一歩間違えたら自然災害と同レベルであるほど危険だった。
吹き荒れる暴風に合わせて無数の斬撃が飛んでくる。能力で僕の周りの空間を少し歪めることで魔術的干渉を防ぐ一方、玲奈は光の魔術でオーラのような球体状の防御壁を纏い外界からの全てを防ぐ。収まることなく続く暴風はこちらに反撃する隙さえ見せない。
「ねぇ玲奈。聞こえてる?」
「ちょっと!いきなり馴れ馴れしく呼ばないでよ!」
「聞こえてるみたいだね。これから反撃するつもりだから、そのままあいつの攻撃防いで注意を少しでも逸らしといて」
「なっ……命令すんな!」
未だに噛み付いてくる元気はあるようだ。これなら問題ないと、自分のやることに集中する。実際に戦ってみて察するに、こいつは魔術しか使っていない。否、魔術しか使えない。新種、魔術特化種と仮定しても体術など他の面では戦ってはいない。これらの要素から魔術を除いたこいつ単体の力などたかが知れている、ということだ。だがその魔術が何よりも厄介であり、僕らの手が詰んでいた最大の理由でもある。
特に厄介なのがあの暴風。あれのせいで近付くことはおろか攻撃自体が奴に直接届くことがない。
ーなら、あの暴風ごと消し飛ばせばいい。
我ながら無茶苦茶な案だが、不可能ではない。ただし時間が掛かるため玲奈に時間稼ぎを任せたわけだが。
「いい加減当たれっての!」
防がれる度に苛立ちを募らせている玲奈は光の弓で何回も何回も矢を放つ。その度に暴風で吹き飛ばされる矢に更に苛立ちを募らせてと、ひたすらにそれを続けていた。
あの光の弓と矢は来栖家に伝わる魔術の内の一つ、所謂血統魔術と呼ばれるものだ。その威力も消費魔力も普通の魔術と比べれば高い。にも関わらずあんなに際限がないかのように使えるのはやはり、流石は来栖家直系と言えるだろう。
嵐のような怒涛の攻撃にも人型は余裕そうには見えるが、それでも今は玲奈に集中している。その姿を確認しつつ、徐々に徐々にと闇の粒子を辺りに充満させていく。あと、少し。
「あー、もう!奏!早くしなさいよ!」
僕が玲奈って呼んだら馴れ馴れしいとか言ったくせに自分は呼ぶんですねそうですか。
でも玲奈も我慢の限界らしい。あれだけ自信ある攻撃を防がれ続けていたら僕でもイライラする。気性の荒い玲奈なら尚更のことだ。
そんな姿に苦笑しつつも人型に視線を向ける。相変わらず魔術による暴風を纏い、余裕そうに不敵な笑みを浮かべている。
だけどそれもここまでだ。
「消し飛べ」
瞬間、収束し続けた膨大な数の闇の粒子が、まるで暴風のように荒ぶり人型に襲いかかる。対して人型は風の魔術による暴風で応戦するも、呆気なく闇に飲み込まれ消し飛んだ。
突然のことに余裕の表情が一瞬にして驚きの表紙に染まる。
まさか消し飛ばされるとは思っていなかったのだろう。会ってから今に至るまでの言動は、どれも自分に絶対的な自信とそれによる余裕を持っていた。だがこの瞬間、その全てが崩されたのだ。勝手に格下だと思っていたこの僕に。
為す術なくその場から動かない人型は、止まることのない闇に飲み込まれていった。