5. 開戦
「や、やめてよ……」
「誰がやめるかよ!落ちこぼれは落ちこぼれらしく的になってりゃいいんだよ!」
屋敷の敷地内の一番端、人気のない場所で複数の子供達に囲まれる。子供達は各々に覚えたての光の魔術で僕の腕、足、肩と致命傷にはならない場所を狙ってきた。光の魔術の才を持たぬ僕は躱す術もなく、ただただ的として撃たれ続ける。
何度も。何度も何度も何度も何度も何度も。
気が付けば子供達の姿はなく、後に残るのはボロボロの僕だけだった。息も絶え絶えに体を動かし仰向けになる。日も沈みかけ夕暮れの空は、いつしか僕の好きな時間となっていた。
この夕闇のように、儚くもその全てを飲み込むような力が僕にもあれば。
そう思ったところで、何も変わらない。また、的になる日々が続くだけだ。
「……僕に救いはあるのかな」
その問いに答える者もいるはずもなく、肌寒い風が吹き抜けるだけだった。
*
刃の斬撃と化した闇の粒子が魔者に向かう。躱す隙さえ与えずに放たれたそれは魔者を八つ裂きにした。絶命し蒸発するように消えていった魔者に深く溜息をつき、再び街全体に索敵を開始する。
先程来栖家を後にしてから索敵しては魔者を発見し排除、そしてまた索敵。と同じようなサイクルでぐるぐると繰り返していた。異質な気配を感知してはその場所に赴くが、人型とは相変わらず出会うことはなかった。
「これだけやっても索敵かからないなんて流石におかしいな……」
いくらその強さの上限が計り知れないとはいえ、これだけやっても掠りもしないのはおかしい。人型自体接触は初めてだが魔者特有の異質さを感知したのはただの魔者だけだった。それはつまり、仮説だが人型はその異質さ自体を隠せる、または持っていないのかもしれない。
と、なるとかなり厄介だ。探しようがない。だとしたらどうするべきか。
……こちらから行って見つからないなら、向こうから来てもらうしかない。
僕の右肩に無数の闇の粒子が収束する。やがてそれは形を成し、姿を表す。
「さぁ鴉。お行き」
僕の言葉を聞き、すぐさま羽ばたき彼方へと消える。この鴉は僕の能力により作られた、魔術師用語でいうなら使い魔、呪術師用語で言うなら式神といった存在だ。ただ能力故に完全に僕から切り離すことは、自立することは出来ない。そこが前者の存在との違いだ。魔術には魔力、呪術には霊力といったように個人とは違う別のエネルギーを使うため、その力を支配下に置きつつもそのエネルギー分は自立が可能となる。かく言う僕のような異能力者はそのエネルギーが自分自身のため、完全な自立ということができない。今も索敵と併用しながら僕自身が鴉をコントロールしている。
物凄く神経やら集中力やらを使うがこの際仕方がない。
「当分ここから動けそうにないなー」
つい、ぽつりと独り言が漏れる。夜明けまであと3時間。その時間これを続けるのは正直無理だから、出来るだけ早い段階でかかってほしいものだ。
そんなことを思ったのがいけなかったのだろうか。望んでもない奴が索敵にかかってしまった。しかも場所が近い。というかもうすぐそばまで迫っている。
「ーようやく見つけたわ逢沢奏!」
「……何の用?来栖玲奈」
急激な速度で僕の元に来たのは、先の戦いで僕に負けた来栖家次期宗主候補、来栖玲奈だった。
その表情は先程よりも怒りは感じられない。が、怒っているのに変わりはないため非常に面倒ではある。
玲奈は僕の目の前に来るや否や、ジロジロと僕のことを見る。居心地悪いことこの上ないが無視して索敵と操作に集中する。
「ちょっと!無視してんじゃないわよ!ぶち抜くわよ!」
「何それ怖いんだけど」
物騒なことを叫ぶ玲奈に流石に無視するわけもいかず答えてしまった。しかも本当に魔術発動しかけてるし洒落にならないよねこれ。
「それで、何しに来たのさ。邪魔になるくらいならどこか行ってほしいんだけど」
「なっ……!?ぐっ、邪魔なんかしないし足手纏いにもならない。確かにさっきはあんたの勝ち。でもあれは私が油断してたからで本気を出したらあんたなんか……」
「油断する方が悪いし、どちらにせよ僕の勝ちだけどね」
「本当にあんた口悪いわね。なんでこんなのに美雪は……」
能力の行使のせいで後半部分がよく聞こえなかったがまぁいい。……どうやらこの作戦は成功だったようだ。
「ビンゴ」
「は?」
急に立ち上がって呟いた僕に疑問を抱く玲奈を無視して能力を使い移動する。闇に飲まれた僕の姿は次の瞬間には鴉の元へ辿り着いていた。しかしその鴉は既に原型を保てなくなっていて、その体は地面に伏している。
その姿を眺めているのは人の形を模しながらもその姿はまさに異形。こうして対面してわかる。こいつは異質さ自体を隠せるのだ。そしてその圧倒的な威圧感。メデューサ程ではないが、こんな奴を一人で相手取らなきゃならないなんて正直骨が折れるどころの話ではない。
「なんだオメェ。……いや、そうか。ここ最近街全体に異能使ってたのはオメェか。そして今回こいつでこの俺を誘き出したってわけか」
やはり人語を話す。そしてたった少しのことで核心を言い当てるその頭脳。纏う雰囲気ですらそこら辺の術者なんて足元にも及ばないほど濃厚で、気を抜けば一瞬で飲み込まれそうだ。
「人型。お前に聞きたいことがある。何故お前らは生まれる」
「はっ、お前らの負の感情が俺らを作る。それ以外にはねぇよ」
「……ふーん。あっそ」
確かにそうなんだろうが、こいつはまだ何かを隠してる。直感、とでも言えばいいのだろうか。人の言葉を話すからだろうか、どうも言葉と態度に違和感が生まれる。どのみち、こいつを倒すしかなさそうだ。
僕を中心として半径百メートル内に無数の闇の粒子が溢れ始める。その光景に何も感じる様子はなく、相変わらずこちらを見ながら佇んでいる人型は口角を上げる。
「はっ、少しは楽しめそうだな。オメェ」
その言葉と同時に粒子を全て大針に変え、人型に向けて射出する。到底躱せないであろうそれらを人型を中心に突如吹き荒れた暴風が弾き返す。
弾かれた大針は再び粒子へと姿を変え僕の周りに集まる。その瞬間、僕に襲いかかる暴風を闇の粒子一つ一つが防ぐ。
息のつく暇もない攻防が続き、お互いに距離を取る。
暴風。風の魔術。やはり僕と赤羽さんの推測は合っていた。しかしそれは同時に人型の人種であることが確定した瞬間であり、その戦闘能力は未知数ということだ。現に今、実力が拮抗しているように見える攻防だったが実際人型にはまだまだ余裕がある。反して僕は手の内はまだまだあるとはいえ本気なのには違わない。やはり一筋縄じゃいかないか。
周りに闇の粒子を待機させつつ、その一部を凝縮して一振りの刀を創る。
「おいおい。そんな玩具で何する気だよ」
「ぶっ殺す」
「はっ、やってみな」
闇の粒子を更に増やして拡散する。薄黒い、霧のような靄が広がり僕の姿を消す。瞬間的な移動をしつつ刀を幾方向にも振り抜く。
その全てを寸でのところで躱し、それどころか余裕の笑みさえ浮かべる。ならばと更に速度と鋭さを上げて追撃をかけるが、それすらも風の魔術による暴風で防ぎ闇の霧自体を吹き飛ばしてしまった。必然的にあらわになる僕の姿を捉えた人型は巨大な風の斬撃を飛ばす。反射的に闇の粒子を必要な範囲だけ凝縮させて高エネルギー体とし、その斬撃を受ける。しかしその威力に僅かばかり届かず、斬撃の余波が僕に襲いかかる。
「っ……!!」
これは避けきれないと覚悟した瞬間、一筋の光線がその斬撃を飲み込んだ。余裕を見せていた人型の顔には少し驚きの表情が浮かぶ。かく言う僕も一瞬のことですぐには理解が追いつかなかった。が、次に聞こえた言葉で納得した。
「さっきはあんな強気発言してたのこの有様とか馬鹿じゃないの?」
ーかつては憧れた光の魔術。
「一つ、借りができちゃったねこれは」
その一族にして名家来栖家次期宗主候補、来栖玲奈だった。