3. 再三
「また会えるかなぁ……」
最近口癖のように呟いている私の親友、七瀬美雪。小柄でほわほわしてて小動物みたいなこの子はまさに女の子らしい女の子といった感じで、男子共からかなりモテる。ただ恥ずかしがり屋で仲良くないと緊張して話すことがあまりできない。
そんな美雪がこの前出会ったある男のことで毎日聞き飽きるくらいに呟いている。正直信じられないことだがおそらく、というか確実に一目惚れしたのだろう。
「そんなこと言っても何処の誰かも知らないんだから。見た目からして同い年ではあるだろうけど」
「うん。でも学校に行ってないみたいだったけど、どこの人なのかな?」
あの日、不良三人組に絡まれていた私達二人はある男に救われた。軽い感じの態度だったけど、その強さは計り知れない。私はそう感じた。
別れ際に「学校、頑張ってね」と言ったところから察するに、彼自身は学校には通っていないのだろう。学校に通っているなら探しようがあるものの、そうでないならかなり困難になる。
そしてもう一つ、どこかで会ったことがある記憶。あの時は覚えがないと聞いて、大して気にも留めなかったがやっぱりどこかで会った気がしてならない。それも、多分かなり昔。何となくだが彼の面影のようなものが見覚えがある気がしてならない。でもそれを確かめる術もなく、方向性は違えど、奇しくも私達二人は同じ男のことで悩んでいた。
「あ、そういえば玲奈ちゃんさっき電話してたけどもしかしてお家の人から?」
「そうそう!なんか話があるから放課後すぐ帰って来るようにーって」
「へぇ……やっぱり大変なんだね」
ー来栖家って。
*
赤羽さんに連れられ、僕は来栖家に来ていた。大きな門と時代や歴史を感じさせる和風の屋敷。開錠された門を潜り抜け、赤羽さんを先頭にその後をついていく。途中にある池や蔵を見ていると昔から変わっていないように思える。
しばらくして本家に辿り着くと、そこには着物を着た綺麗な女性が佇んでいた。おそらくは二十代前半だろう。儚くもどこか清楚さを漂わせる彼女は、僕達が目の前に来るや否や、丁寧なお辞儀をし、屋敷の中へ案内する。
三分くらいだろうか。彼女についていくと一つの部屋の前で止まった。
「どうぞ。宗主様がお待ちです」
彼女に促され赤羽さん、僕といった順番で入る。中に入るとそこには一人、宗主様と呼ばれる人物がいた。
白髪の入り混じった髪にどこか威厳を感じさせる髭。その雰囲気はまさしく宗主と呼ばれるにふさわしいオーラを纏っていた。
「わざわざご足労感謝します。どうぞそちらに座ってください」
「ありがとうございます」
そう言い座る赤羽さんだが、いつまで経っても立ったまま動かない僕を不審に感じたのか、僕に座るように促す。
赤羽さんの隣に腰を落ち着けると、宗主は僕の顔を見て何かに気付いたかのように口を開く。
「……君は、もしかして奏、なのか?」
「え?宗主殿、逢沢君とお知り合いで?」
宗主の言葉に驚く赤羽さんは尋ねる。僕としてはあまり知られたくないことなのだが、この際割り切るしかないか。
赤羽さんの問いに少し間を空けてから、宗主は答える。
「彼は夏野奏。私達来栖家の分家の人間で四年前に勘当された落ちこぼれです。どうやら今は名を変えているようですがね」
落ちこぼれ。久しぶりに聞いたその言葉は僕の胸の中に重くのしかかる。
光の魔術の家系として古くから日本にその力を示し続ける名家、来栖家。僕はその分家である夏野家に生まれた。ただし、光の魔術の才を受け継がないで。
兄も妹も名に恥じぬ光の魔術の使い手として幼い頃から大成した。でも僕だけはその兆しを一切見せず、いつしか夏野家の落ちこぼれとして周りから非難されていた。日常的に続く虐待。味方してくれていたのは妹だけだった。両親も、兄でさえも、僕のことを忌まわしき存在として見ていた。
そして四年前。いつまでもここに置いていけないと父親が僕に手切れ金として三千万のお金だけを渡して僕を捨てた。
行き場をなくした僕はただただ色んな国を彷徨い続け、その最中に今の能力が覚醒したのだ。
しかもそれは魔術でもない異能力、そして光と対極の存在である闇とあっては尚更僕を来栖家に連なるものとしては認めないだろう。今はそのことに対して受け入れてはいるが、やはり過去の記憶がそう簡単にはさせてくれない。
極めて冷静に返答しようと心を落ち着かせる。二人の視線が突き刺さる中、僕は落ち着いて宗主に言う。
「お久しぶりですね宗主様。元気そうで何よりです」
「ふむ。まさかこうして再びこの場で会えるとは思っておらんかったよ。……それにしてもその力、風の噂で聞いてはいたが、まさか君がそうなのか?」
「お察しの通りかと」
僕の言葉にやはりか……と深く息を吐き、何かを考えるかのような仕草を見せる。日本有数の名家である来栖家が世界のことを知らないはずがない。【闇夜の復讐者】と呼ばれる日本人の存在については知っていたのだろう。ただ、それが四年前に勘当した僕だとは想像もつかなかったみたいだが。
しばらくの沈黙が続き、耐えられなくなった赤羽さんが話を切り出す。それに宗主は閉じていた目を開け、聞く体制をとった。それを確認した赤羽さんは一度咳払いをし、改めて本題に入った。
「今回、人型の魔者の討伐をご依頼したく来ました。こちらで持っている情報は全てお見せします。それと、その……」
何やら言いづらそうにしている赤羽さん。おそらく僕と来栖家の関係を知ってのことだろう。僕としては目的さえ達成できればそれでいい。気が進むわけではないが、こちらに視線を向ける赤羽さんに構わないと告げる。僕の確認を取ってからか、再び話し始めた。
「ここにいる逢沢君と来栖家、そして私達対策室の共同作戦となりますので、どうかよろしくお願いします」
「私は構わんがね。では、こちらからは次期宗主候補を一人、派遣しましょう」
次期宗主候補、ね。その言葉で思い出されるのは自分と同じ年の少女。話したことなんて一言、二言くらいしかない。いつも遠目からその姿を見ていた。宗主の実娘にして歴代でも圧倒的な光の魔術を扱う、まさに神童。羨ましかった。僕にないものを持っているから。僕では一生、手にできないものを。
そんなことを思い出していると、ふとこの前の出来事を思い出す。
『変なこと聞くけど、あなたとどこかで会ったことある?』
気の強い少女。高校の制服からしても同年代だ。
艶やかな長い黒髪をポニーテールに纏め、強気な態度と真っ直ぐな目。
……どうしてあの時気付かなかったのだろう。昔はあんなにも憧れたというのに。
「お父様、玲奈です。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。入りなさい」
襖の向こうからの声に、宗主は入室するように促す。その言葉に襖を開けて入ってきたのは三人組の不良に絡まれていた女子高生の片割れ。宗主の実娘であり時期宗主候補、来栖玲奈その人だった。
部屋に入り僕に気付くや否や驚きの表情に染まる。
「ど、どうしてあんたがここにっ!?」
ああ……これはまた面倒なことになりそうだ。
帰国してからあまりろくなことがないと頭を抱えると、どう対処しようかと考えることから始まった。
やっぱり意地でも逃げればよかった。