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人狼と魔王の喫茶店シリーズ

人狼とパンツと喫茶店

作者: ジゼル

 空は青く、日の光は街を照らし、さわやかな喧騒が人々の間で繰り広げられる。出店で声を荒げ客引きをする商人。それを値切ろうとあらゆる言葉を駆使する女性客。そしてそれを後ろから生暖かく見守る男性など、様々ながらも平和な日常がそこには存在していた。

 そんな晴天の空の下、一件の喫茶店で二人の男が話し合っていた。否、正確には一人と一匹、になるのだろう。しかも喋っているのは金髪の男性だけで、黒い獣毛が全身に生えめぐり、狼の顔に大きな尻尾を垂らして立つ男、この喫茶店の主人は目を瞑りながら前に座る上等な服を着た男の話を聞いていた。


「パンツとは歴史ある人類が作り出した最も優れた発明品であり極上の嗜好品なのだよ。パンツが無ければ人も魔族も互いに疫病に犯され羞恥という概念をいつまでも持つことが出来なかった。そしてパンツ自体のデザインは男心と女心の相反する二つの心を鷲掴みにした物であり、過去あらゆる発明品になせなかった偉業を成し遂げられた、謂わばあらゆる宝飾品に勝る代物であると言わざるを得ないと僕は確信しているのだがね」


 紅茶を片手に優雅な口ぶりで話していくその内容は、とてもではないが一般の人々には受け入れ難いものであることは疑いようが無いだろう。


 窓から差し込む陽光が手狭ながらも落ち着いた雰囲気のある室内を照らし、細い口先から蒸気を吹き上げるヤカンの前で清潔に整えられた黒毛の生え揃う腕を組んで立つ人狼の店主は、カウンターを挟んで足長の椅子に座り向き合っている男の少々ぶっとんでいる話に口を挟むことなく耳を傾けていた。

 

「そしてそれはつまり、僕が仕事として行っていることは魔族にとっての救済であり、そして僕の欲情を満たすための素晴らしき行為であると言って(はばか)らないわけだ。パンツというこの世の全ての人々と魔族を救済するという至高のこの気持ちをもっと皆は分かってくれても良いのではないかと僕は思うわけなのだよ」


 ざっと数十分ほどである程度の内容は言い終えたのだろう。金の短髪に美麗な顔立ちをした青年は紅茶を優雅にすすり喉を潤していき、それを確認して黙っていた人狼の長い口の中を覆う牙の隙間から、ゆっくりと言葉が紡ぎだされた。


「…………なぁ、パンツ伯爵よ」


「ん? なんだい?」


「……ここ、喫茶店なんだわ」


 重苦しく紡がれたその言葉に、こてんとパンツ伯爵と呼ばれた男は人狼店主の言葉に首を傾げる。


「それがどうかしたのかい?」


「飲食店で話す内容じゃねぇって言ってんだこの変態がぁ!!」


 閑古鳥が鳴かんとばかりの店内に人狼主人の怒声が響き渡り、その叫びにパンツ伯爵は驚きながらも己の主張を崩す姿勢を見出そうとはしなかった。


「何故だい? これほど清廉潔白な話の主題もないだろう」


「パンツの話のどこが清廉潔白だ! 思いっきり下ネタじゃねぇかよ!」


「失礼な! 魔族と人類の全てを救ったパンツのどこが下ネタだというんだい!? それに腸の中に詰まったものを臀部(でんぶ)(尻)からひねり出す物に比べれば全然だろう!?」


「遠まわしに言えば許されると思ってんじゃねぇぞ!!!?」


 怒鳴りあう二人の会話を聞く者がいないことは、喫茶店を経営する人狼主人からすればむしろ行幸であったのかもしれない。

 もしもこれで他のお客が居ようものならば、そのお客はよほどの物好きでない限りさっさと支払いを済ませて出て行き二度と来なかったであろう事は一目瞭然である。そのことに安堵しつつも目の前でパンツの話を嬉々として語りだす男に、人狼の主人は肩を落としてため息を吐き出す。


「それにしても、主人の入れる紅茶はいつもながら素晴らしいね。何かコツでもあるのかい?」


「露骨に話をそらしやがったなてめぇ。……コツってほどでもねぇよ。水は汲みたてのものを使って、きちんとジャンピングするかを確認するだけだ」


 紅茶はジャンピングが命。汲みたての水を使わなければ紅茶の葉はうまく浮き沈みを繰り返さず、紅茶の成分がうまくにじみ出ることなく味が格段に落ちてしまう。そしてそれは人狼主人の愛好している珈琲にも言えることであり、毎朝店を開ける前には新鮮な水が流れる裏庭に設置された井戸での水汲みは欠かさない。

 最近は早起きも辛くなってきた為に不良従業員に任せたくもあるが、大切な客の口に入れるものであるためについ主人自ら水汲みに行く事が日常となっていた。


「なるほどねぇ。この琥珀色の紅茶はまるで、赤いパンツを初めて履いた初心な女心を彷彿とさせるほどの美味しさを持っているものだから、てっきり何かコツでもあるのかと思ったのだけれどねぇ」


「俺が丹精こめて入れた紅茶をパンツを履く女性の心情と一緒にするんじゃねぇ」


「おや、主人はノーパン派かい? それとも女性にはやはり白を履き続けて欲しいという純情派かな?」


「そういう意味じゃねぇよ……」


 どんなものをもパンツと組みあわせ、あらゆる話をもパンツに持っていく男に人狼主人はただ呆れるばかりである。パンツ伯爵というあだ名に偽りなしとは、主人の言でもありこの店の常連全ての認知していることでもあった。


 そしてふと、パンツ伯爵は周囲を店内を見渡しいつでもあれば聞こえてくるであろう姦しい声が耳に届かぬことに疑問を抱く。


「ところで、今日は魔王様のお姿が見えないけれど、どうしたんだい?」


「今日は魔王城で水着コンテストなんだとよ。なんでも人間界のイベントに触発されただとかなんとか」


 魔族と人間の溝は深い。人魔大戦という300年前に引き起こされた悲劇は今でもなお魔界にも人間界にも大きな歪を残している。しかし戦争が終わり長きに渡る平穏に危うさを覚え、そしてこのまま人間と憎しみあっていてもいいのだろうかという疑問は、魔族と人間の中に少しずつではあるが生まれてきている。

 そんな折、魔王は人間との関係を取り持つため人間界に視察に行く事が多くなった。そして改めて見る人間界の行事に酷く関心を覚え、魔界でも取り入れようと相成ったわけなのだが、それにしたってもう少しマシなイベントがあっただろうと不良従業員を養っている人狼主人は嘆息する。


 そしてその言葉を聞いた瞬間、パンツ伯爵はあらん限りの力で握りこんだ拳をカウンターへと叩き付けた。


「なんで僕が呼ばれていないんだ?!」


「そりゃお前を呼びたくは無いだろ」


「何故だい?! パンツの権化である僕が何故そんな素晴らしき行事に参加することを認められないんだい?!」


「自分の過去を振り返ってみろよ前科持ち」


 カップの上に置かれた容器の中に敷かれた薄茶色の用紙の中に磨り潰し粉状にした珈琲豆を敷き詰め、ヤカンの中で沸騰した熱湯を回し入れる。白い陶器のカップに抽出され香ばしくも上品な香りに仕上げられた珈琲をすすりつつ、騒ぎ立てる男に冷静に答える。


 珈琲をすする人狼の主人に、心外だといわんばかりの面白くなさそうな表情でパンツ伯爵は疑問を口にする。


「失敬な。僕が何をしたというんだい」


「忘れたのかよ。魔王に水着だと言いくるめて赤の下着を履かせた事を」


「水着もパンツも肌の上に着るという概念に変わりはないじゃないか。それに形だけで見ればどちらも同じものだろうに」


「そのものの意味が違いすぎるだろうがよ。その後に事実を知った魔王がお前を殺そうとするのを止めるのにどれだけ苦労したと思ってんだ」


 眉を潜めながら思い出すのは猛暑の続いた夏季真っ只中の出来事。

 あまりにも暑いので魔界の海に出向こうではないかという不良魔王の意見によって行われた社員旅行についてきたパンツ伯爵が魔王に赤のパンツとブラを手渡し、それを水着だと騙し着せたのだ。

 それを疑うことなく喜び受け取った魔王なのだが、後にそれが水着ではなく下着であったことを人狼主人に告げられ己の赤い髪と同じくらいに顔を真っ赤にした魔王が烈火の如く怒り狂い、あろう事か店の中で魔を扱うことに長けた魔族の中でもほんの一握りしか使えぬ第一級魔術をパンツ伯爵へと放とうとしたのを必死になって押さえつけたという忌々しい過去を、それこそ笑い話程度の内容であるかのようにパンツ伯爵は憎たらしく笑みを浮かべていた。


「いやはや、まさかあそこまでお怒りになるとはね。やはりまだまだ幼いのだと思い知らされた気分さ」


「ふざけんなよ。あれのせいでしばらく魔王が不機嫌モードになってくれたおかげで店に客が来なくなったんだからな。それと三百歳という年齢を若いと言えるのはお前みたいな不死族くらいなもんだぞ」


「客が来ないのはいつものことじゃないか。それに僕達からすれば充分に若いさ。けれど若さというのは年齢だけの話ではないからね」


 程よく冷めた紅茶を口に含み、物憂げにパンツ伯爵は語る。カップに容れられた琥珀色の紅茶を映し出すその赤い瞳には、どこか、寂しさという感情が滲み出していた。


「僕だって先人からすればまだまだ若い。けれど僕は僕を子供だとは思っていないし、主人だって僕を子供だなんて見てはいないだろう?」


「少なくとも変態だとは思っているがな」


「パンツを愛することを変態だというのであれば僕はそれを全て受け入れるさ。なにせ僕は」


 ドンッと、椅子の上に立ち上がりカウンターへと足を置いたその男は誇らしげに、まるでスポットライトを当てられているかのような姿勢と態度で声を大にして己の存在を解き放つ。


「パンツ伯爵なのだから!」


「椅子の上に立つなカウンターに足を乗せるな黙って座って飲め変態伯爵」


「んもうノリが悪いなぁ主人は。それに僕は変態よりもやはりパンツのほうがしっくりくるのだけれどね?」


「常識を言っているだけでノリが悪いだなんて言われてたまるかよ」


 ちゃっかりと紅茶が飲み干され衝撃で倒れたカップをカウンターから拾いつつ、優雅に笑いながら手首を上下に振るパンツ伯爵に反論する。その怒気が込められた店主の言葉にも楽しそうに愉快な笑みを浮かべる男に、人狼の主人は肩を竦めて嘆息を吐きつつ新たにシンクの横に置かれた(かめ)の中から水をヤカンへと注ぎいれて火にくべる。


 しばしの間。ふいに思いついたかのように、人狼の主人は未だ蒸気の音の鳴らぬヤカンを目にしながら尋ねる。


「つか、何も思わないんだな」


「何がだい?」


「人と魔族の共存について。何かしら反対すると思っていたんだけどな」


「……そうだねぇ」


 考え込むかのように、パンツ伯爵は儚く白いその細い腕を組み、ゆっくりと自らの思いを告げていく。


「まぁ、僕達以外は大丈夫なんだろうね」


 魔族の中には人間に対して悪感情を抱くものも少なくは無い。しかし、それが全てではないことは二人も知っている。


 魔族の貴族として生きるパンツ伯爵は民の声からもそれは分かりきっている。故に反対もしなければ賛成もしない。現状維持というのであればそれはそれでかまわないというスタンスを崩すことなく貫いている。

 そして人狼の主人はほぼ強制的に賛成側の立場に侵されているものの、その思いは複雑でもあった。


 だがその思いはあくまでも賛成であるか否かというもののみの話であり、二人が話す根本的なものとはまた違うものだ。


「僕達は人間を襲わなければ生きていくことは出来ない。そしてそれを人間は認知し黙認することは無いだろうね」


「……まぁ、だろうな」


「それともこう言い換えたほうがいいかな? 僕達吸血鬼(・・・)は、人間とは相容れることはできないとね」


 吸血鬼。人の血を吸う事で永遠に近い命を手に入れた欲深き種族。遥か古代より生息し、人間に脅威を与え続けてきた魔軍の中でも最高戦力として数えられてきた猛者。

 だがそれさえも吸血鬼にとっては表面の言葉でしかない。血を吸うだけで生きながらえることのできる吸血鬼とは、真たる吸血鬼が生み出した虚像の存在。本物の吸血鬼の食料とは、人間そのものであることを知っているものは、魔軍の中でさえも少ないのだ。


「しばらくの間は大丈夫なんだろうけどね。けれどいつかは限界も訪れる。そうなれば、まぁ、僕達は根絶やしにされてしまうんだろうね」


「……他で代用はできないのか?」


「それは無理な話さ。だって、僕達吸血鬼は人を襲うからこそ()なのだからね」


 鬼。


 人に仇なし、人を貪り、人を陥れる。それらを総じて、人間はそれ(・・)を鬼として忌み嫌い続けてきた。


 吸血鬼の歴史とは人間と共にある。人間が先に生まれ吸血鬼が出来上がったのか。吸血鬼が先に生み出され人間を餌として生み出したのか。それは誰にも、それこそ魔王にすらわからない。もし知っている者がいるのだとすれば、それは神くらいなものだろう。

 だが事実、人は鬼を忌み嫌い、鬼は人を襲い続けてきた。それは歴とした事実であり、今尚そうありつづけてきているのだ。


「鬼が鬼である以上、人との共存はあり得ない。もし魔族全てが人間との共存を望むのであれば、それは僕達のような者達が滅びた後の世界さ」


 その言葉には一抹の寂しさは無い。自分達がその未来に居られる事が無いことへの悔しさも無い。ただありのままの事実を、吸血鬼たる男は口に告げる。


「そう、僕達が居る以上」


 双眸の赤い瞳が、窓から零れる日の光を浴びてゆらりと輝く。その先に訪れるであろう言葉に、人狼の主人はただ無言で聞き入れる。


「人間のパンツと貞操に、平穏はないのだから」


「おいさっきまでのシリアスと俺の時間を返せ」


 先ほどまでの会話と空気からはおよそあり得ないであろう言葉に、人狼の主人は長い鼻頭に手を置いてこめかみに青筋を浮かべる。

 そんな主人に、パンツ伯爵はまたもやこてんと首を傾げ不思議そうに人狼の主人を見つめる。


「何故だい? 僕はなにかおかしなことでも言ったかな?」


「おかしなことしか言ってねぇよ馬鹿野郎。なんだパンツと貞操って」


「事実じゃないか。僕達吸血鬼が生きている以上、人間はいつ僕達に連れ去られパンツを履き替えさせられるマネキンにされるかわからないのだから」


 そんなことをしでかすのは間違いなく目の前の変態伯爵くらいだろう。そんな男と同列に扱われる同族の吸血鬼には同情の念を感じざるを得ない。


「食うんじゃねぇのか」


「人間をかい? そりゃ勿論食べるけども、そんなものは一年に一度で充分だし、死刑にされた罪人の死体でも買い取ればいいだけの話だろう?」


「人間から異端と扱われるぞ」


「もとより異端なのだから仕方ないね。それをどうすべきなのかは魔王様の仕事なのだから僕が何を言ってもねぇ」


 そんな男の返答に、人狼主人はただ呆れるばかりである。根本的な問題は解決する気もないことは見れば分かるだけに、おそらく先の言葉の不安も間違いなく本心なのだろう。それが分かってしまうことに嫌悪感を味わいつつ、沸騰したお湯を球体のポットに注いでいく。

 注がれたポットの中では入れられた茶葉が熱湯によって踊り回り、空気を含んだ茶葉が浮き沈みを繰り返すのを確認し、それに満足しつつしばらくの間は置いて待つ。

 喫茶店の店主として珈琲にも紅茶にも全力をこめる。それが人狼主人のポリシーでもあった。


「ところで主人。もうすぐ魔王様が働かれるようになって一年が経過しようとしているのだけれど、なにか考えているのかい?」


「あ? あぁもうそんなに経つのか。ぜんぜん考えてねぇや」


 魔王を魔王と知らずにこの店で養うようになってから一年。あまりにも今までと違いすぎていつしか時が過ぎるのをわすれるほどの忙しさに見舞われた人狼の主人は、このとき初めて一年が経つのだということを実感させられた。


「というわけでだ。そんな魔王様に君は何か贈り物一つでも差し上げるつもりなのかい?」


「まぁ、珈琲を入れてやるくらいかねぇ」


「そんなのいつものことじゃないか。もっとインパクトのあるものをあげないと」


「インパクト、ねぇ」


 突然そんなことを言われてもと考える主人に、まるで分かっていましたと言わんばかりの態度でパンツ伯爵はカウンターの下から紙袋を取り出した。その紙袋を怪訝そうに見つつ、それを取り出した男へと狼の視線を向ける。


「そうさ。一年というのは長いようで短いけれど、やはり大きな節目には違いない。これを気に魔王様も成長なさるわけだし、ここは一つ心に残るものを送って差し上げることこそが上司である主人の行いなのだと思うわけだよ」


「……で?」


「しかし主人がそんな気のきくような性格じゃないのは周知の事実。というわけで、はいプレゼント。ぜひともこれを魔王様に差し上げるといいよ」


 もしこれが普通の品であれば、気の利く奴だなと人狼の主人は素直にパンツ伯爵へと礼を言ったことだろう。そしてそのプレゼントを魔王に渡し、ついでに甘いミルクティーの一杯でも奢ってやろうという気持ちにもなれたかもしれない。


 しかし目の前にいるのはパンツの権化。パンツ伯爵という汚名を嬉々として受け入れる変態である。そんな人物から手渡されたものが普通であるはずがないことは、長い付き合いである人狼主人には分かりきっていることであった。


「ちなみに聞くが、中身はなんだ」


「聞いてくれるかい主人。じつはこれは僕が魔王様を一目見たときに考えた最高傑作の赤と黒のパンツでね。いや~これを考えて作り出すのは苦労したものだよ」


「わかった。燃やしとくわ」


 興奮止まぬ伯爵の声を遮って放たれたその言葉の直後、パンツ伯爵と人狼主人の間に亀裂が走る。周囲の空気は何も変わることなく穏やかな日の光に照らされ温かな空気が店を包んでいるにも関わらず、その二人の周囲にのみ、冷たい何かがあふれ出していた。


「は? え? それ本気かい? え? 何々? それ本気? ねぇ?」


 すばやく立ち上がったかと思えば鮮麗された美しいともとれる指先の爪が鋭く伸び、笑顔のままに人狼主人へと威嚇する魔軍が誇る吸血鬼である筈のパンツ伯爵。


「上等だ。今日こそはその変態の感情を封印させてやろう」


 黒い獣毛の生え揃った逞しい腕からなる拳を鳴らして対応する魔王を従業員として扱い客を客として見ぬ性格お察しな人狼の主人。


 そして訪れる爆発音。小さな喫茶店の中では喧々囂々の声が乱舞し、周囲の枝に止まっていた鳥達も突然の衝撃に驚き逃げ飛んでいく。


 かくして、吸血鬼対人狼という世にも珍しきデスマッチが小さな喫茶店で開催された。本来であれば戦慄するべきその内容を聞いた周囲の住人達といえば。


「「「あぁ、またか」」」


 という、もはや街の人々にとって慣れ親しんだ光景と破壊音と声に苦笑するしかなかったのだとかなんとか。


 夕刻時。水着イベントが大成功に終わり、ほくほく気分で扉に取り付けられたカランと鳴り響く鐘の音と共に店へと帰ってきた魔王が見たものは、揚々とした空気のあった店内が無残にも破壊しつくされた光景であった。


「主様~! 今帰ったぞって、なんじゃい。またやっとったんかお主ら。相変わらずじゃな」


「「…………」」


 魔王の言葉に帰ってくる声はない。そのことにもやれやれと赤髪のポニーテールと共に首を振るばかりで、崩れ落ちた机の下で倒れる二人の馬鹿に嘆息を吐くしかない。


 そんな壊れた喫茶店のカウンターには、充分に茶葉が染み上出来に仕上げられた紅茶の入ったポットがぽつんと置かれている。それを白い陶器のカップへと優雅に注ぎ、奇跡的に壊れることなく原型をとどめていた椅子に腰を下ろしてその妖艶ながらも幼さの残る顔立ちを緩め、魔王は気絶しているパンツ伯爵と人狼主人の寝顔を微笑ましく見守りつつ紅茶の入ったカップを口へとつける。

 時間が経ち冷えてしまってなお、紅茶から漂う気品高い香りと、口の中を通る清涼感に口元を緩め、一息と共に言葉を漏らす。


「うむ、美味いのぉ」


 今日も今日とて平和は続く。

 ここは普通の喫茶店。

 他と少し違うのは、人狼の主人と、魔王の従業員。そして頻繁に現れては主人と仲良く争う吸血鬼。

 今日も喫茶店は、街道へと香り高い珈琲と紅茶の香りを送り続けていた。

こちらの作品は人狼と魔王と喫茶店の話の続きとなっております。

作品の設定にはifを書いていただいた白笹那智様の設定を盛り込んでおりますのでぜひそちらもお読みください。


人狼と魔王の喫茶店→http://ncode.syosetu.com/n3944cl/


人狼と魔王の喫茶店if→http://ncode.syosetu.com/n9348cl/


白笹 那智様のユーザーページ→http://mypage.syosetu.com/490384/

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― 新着の感想 ―
[良い点] パンツ。 それはただの下着に非ず。 それは地上生物に残された最後のフロンティア。 その奥に眠るは伝説のエルドラド。 故にパンツは……え、魔族には下着という文化がない? という事は、魔王様は…
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