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アシハラ戦記~夢幻の章~  作者: 粗忽物
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其の一・「悪人面の青年」

この小説は本編の過去編となっております。

此方が本編です↓

http://ncode.syosetu.com/n5423bz/


これ単品でも楽しめるよう頑張りますので、ほんの暇潰し程度にでも読んで頂けたら光栄ですm(_)m

アシハラ大陸十州の一つエン州。この州はビ、ロウア、ファギ、ワンカ、ギ、計五郡から成り、東はトウ州に面し、西はこの大陸を歴史上初めて統一したソウ国の都へ繋がるシ州とヨ州に隣接している。


 このエン州五郡の中でも、取り分け豊かな地は南に位置するギ郡である。この地は古来より東西を繋ぐ交通の要所であり、またエン州で唯一海に面している大陸から突き出た半島である。


 ギ郡は八つの県から成っており、この地を治めるのは守護大名サイソウ家。ソウ国五大将軍の一人、ピンジ・サイソウを始祖とする名族である。

 郡都サイソウ城下は豊かであり、常に賑わっている。往来では東西から来た旅人達が行き交い、多くの商人達が商いに精を出し、商品を時には亜人の奴隷を売っている。


 しかし、そんな豊かな環境とは対照的に貧しい地域も存在する。

 物流が確りしていなかったこの時代。豊かな地域は極一部であり、その外は何処とも対して変わらない貧しい所ばかりであった。


 そういう場所には喰うのに困った者や、一家離散した者等が集まり、集団を作って他所の村などを襲って食料を確保する以外に無い。

 ギ郡、ロウア郡、そしてトウ州センカ郡の三郡の境に小さな貧村が存在する。

その村を次の標的に選んだ賊の集団が、山中で屯していた。


*   *   *


「うしっ! お前ら前祝いだ! 飲んで勢い付けろっ!」


 山の奥の方で手下達凡そ百人強を集め、声を張り上げたのは彼等の頭目。筋骨隆々たる大男である。

 頭目は相棒の蛇矛を丁度良い岩に立てかけて置くと、自身も景気付けに一杯グイとやる。

 良い気分で祝っているそんな時だ、妙な青年がいきなり姿を現した。


「上手そうに飲んでるな」

「あ、ちょっ、おい!」

「ケチケチすんなよ」


 見るからに柄の悪そうな男である。頭目だけでなく、部下達もそう思った。

 すると悪人面の青年は、彼等が口を挟む暇も与えず輪の中に無理矢理入り、拒む部下から杯を奪うとぐびぐびと酒をあおった。


「お前一体何者だ?」

「別に。通りすがりの者だが?」


 訝る周囲を尻目に、青年は凄い勢いで酒を飲む。

 頭目は目を丸くし、部下達は呆気からんとしていた。

 突如現れ、折角の余興を壊されたのだが当の本人である青年は、然程気にする素振りは見せない。

 自分達が山賊とは分かっていないのか? とも考えた。頭の遅れた奴なのかも知れない。


「お前等、山賊だろ?」

「分かってて、俺らの酒を横取りしたのか?」

「悪いか? どうせ他所から盗んできた酒だろ?」


 頭目は益々分からなくなる。自分達を賊と認識しているのに、何故こうも堂々としている事が出来るのだろうか。

 しかも丸腰だ。着ている物から察するに、恐らく農民だろう。一介の農民なら、自分達の姿を見れば一目散に逃げ出す筈だ。

 逆に興味が沸き面白い奴だ、と頭目は感じたので名を訊ねた。


「イヅナ」


 青年は短く言うと、徐に立ち上がる。

 イヅナは堂々たる体躯の人物である。背は凡そ六尺(約180cm)。髪はボサボサの銀髪で、瞳の色は鮮やかな金色。

 そして極め付けはその見た目の悪さ。彼の顔は何とも言えない極悪人のような面である。


 一瞬身構えたが、警戒する程ではない。イヅナは先程の酒が効いているのか、ふらふらと足元が覚束ないのだ。

 右へふらり、左へよろけ、彼は千鳥足になりながら、頭目の元へ進んでくる。

 その様子を見て、手下達は楽しそうに笑い出し、酒の肴にした。


「お前、面白いな! 俺の手下にならねえか?」

「冗談じゃねえ! 俺は天下取りに成るんだ! お前の手下になんざなるか!!」


 今度はその発言に回りは大爆笑した。

 言うに事欠いて天下を取ると大言壮語を吐くのだ。これ以上に笑える話は今迄聞いた事がない。


「お前が天下を取れるなら、俺でも取れるぜ!」

「へっ! お前じゃ無理だ!」


 酒臭い吐息を吐きながら、イヅナは岩に近付き、手を付いて体を支えた。

 すると目の前に長い柄の武器が立て掛けてあるのに、彼は気付いた。

 柄の先は槍のように真っ直ぐではないし、薙刀のように湾曲でもない。蛇のようにうねっている。


「こいつは何て武器だ? 見た事がねえ……」

「おい! それは頭目の大事な―――」


 手下の一人が、武器に手を掛け様とするイヅナに注意しようとすると、頭目は手で制止した。


「そいつは俺の相棒、蛇矛だ。構わねえぜ? 使ってみるか?」


 どうせこんなに酔っていては、まともに扱う事は出来ないだろう。見事な体格であるイヅナだが、頭目と比べると、力は弱そうである。

 そんな彼に自慢の蛇矛は扱えないだろう、と思った。


「お、ととっ……」


 矢張り予想通り、イヅナは酷く扱いが下手だ。

 彼は凡そ七尺(約210cm)はある蛇矛を手に取るがよろける。終いには尻餅を付き、酒の椀を引っくり返してしまい、再び爆笑が起こる。その滑稽な姿に腹が捩れ、泣き笑いする者が後を耐えない。

 最初にあれだけ警戒していたのが、今では嘘のようである。


「やっぱり俺の手下になれ! お前はおもしれえ!!」

「嫌こった」


 ふらつきながら頭目の目の前まで来ると、先程と同じように拒否するイヅナ。


「俺は天下取りだ」


 何を言い出すかと思えばまたそれか。脇の方で部下がまた噴出した。

 しかし次の瞬間、酒で頬を上気させ、据わっていなかった目が一変した。イヅナの表情が変わったのだ。


「お前の下になんざ付けるかぁッ!!!」


 叫ぶと片手に握った蛇矛を水平に勢いよく振るい一閃。頭目の首は天高く飛び、ごろごろと地面に転がった。


「ひ、ひぃぃぃ!? こいつ、やりやがったっ!?」

「何て奴だ!?」

「いいか、よく聴け山賊共ッ!!!」


 岩の上に立つと、遥か頭上から山賊共を見下ろし声を張り上げる。


「俺が居る限り、この辺りで好きにはさせん!! 分かったら他所へ行けッ!!!」


 悪鬼迫る面と、肝を冷やすよな恫喝が彼等を震え上がらせた。


「逃げろ―――!!!」


 一人が逃げ出すと、一人また一人。やがて山賊共は四散した。

 後には岩の上に仁王立ちする、イヅナだけが残された。


「すげえぜ! 兄貴!!」

「遅いッ!!!」


 森の奥から出て来た仲間達へ怒鳴りつける。

 イヅナの計画では、自分が頭目の首を取り、敵が動揺した所を不良仲間達で囲んで一気に打ち破るものだった。

 しかし、彼等は当初の予定をすっぽかし、息を潜めイヅナを静観しているだけだったのだ。


「お前等には失望させられた」

「兄貴~。機嫌直してくれよ~」


 甘えたような声を出す奴等を無視し、機嫌悪そうに振舞うイヅナ。

 しかし、此処でこいつ等と仲を悪くしてはいけない。


 仕事が残っているからだ。この後、頭目の首を役人に差し出し、賞金を得るのだ。

 その為の承認に彼等になって貰いたかったし、事を更に大事に騒ぎ立てて貰おうとも考えていたのだ。

 大事を解決したとなれば、それだけ自身の評価も上がる。イヅナは確りと今後の宣伝活動も考えていた。


「仕方ねえな。おい、お前等! 次ぎやったら承知しねえぞ! 俺のこの蛇矛で此処に転がっている頭目みたいに真っ二つだ!!」


 ゴンと頭目の首を蹴り転がすと『ひぃっ!?』と不良の一人が悲鳴を上げ、横に避ける。


「とはいえ、皆ご苦労。後は此処に残った酒でも飲んでくれ!!」


 イヅナは不良仲間達と宴会を始める。

 彼は驚く程人を引き付ける。その豪快な言動や、先程山賊達を爆笑させ、頭目に気に入られる等、周囲を和ませるのだ。


「いいか? 俺は天下を取るんだ。今の内に働いておけば、お前等を城持ちにしてやれるぞ?」

「出たぜ、兄貴の大法螺が」

「兄貴! いっそ将軍にでもなりやすか?」


 仲間の一人が冗談を言うと笑いが起るが、イヅナは一人立ち上がり大真面目に『なる』と答える。

 一同は愉快に山の中で残った酒で宴を楽しんだ。


 *   *   *


「おっかぁ! 今戻った!」

「イヅナかい? おきゃありよ!」

「今回も頭目の首よ!」

「イヅナっ! いい加減遊ぶのはやめて、畑仕事でもしたらどうだ!?」

「うるせぇッ! ユイカが偉そうな口きくな!」


 何時ものように帰れば、義父ユイカと口論する。

 イヅナは実の父親に早くに死なれ、この義理の父と折り合いが悪い。子供の頃からよく殴り合いの喧嘩をした。その間に割って入って止めるのが実の母であり、これが彼の家庭であった。


(畑仕事が何になる……)


 イヅナはそう考えていた。

 彼の家はギ郡の半農半士の下級武士の家系だ。姓を名乗る事は出来ない。所謂足軽等と同じ身分である。

 元を辿ればソウ国の農民が先祖に当たり、戦でそこそこ手柄を立て、士族の位を授かったに過ぎないが、平和で戦の無いこの世の中、下士である彼の家はこの畑仕事以外まともな仕事は無い。

 今回のように山賊退治もするが、それも極稀だ。


―――天下を取る。


 それが彼が何時も思い描く空想であり、夢であった。


「イヅナや。遊ぶのもええが、程々にな?」

「おっかぁ! 心配するな!」

「だがよ、そんなんじゃ何時まで経っても、嫁はもらえんぞ?」


 年老い、畑仕事で肌も髪も土でまっ黒に汚す母の心配は、何時もこの一人息子の事である。

 田舎訛りのキツイ母の言葉は、彼の将来を案じていた。


「おまえは昔から悪さばかりする奴じゃったから、少し落ち着いてくれな?」

「おっかぁ。俺に普通の暮らしは無理だ。畑仕事など退屈でしょうがない! 俺の人生は俺が切り開く!」


 時は天暦一一三六年。

 今年、彼も十八になり、成人して五年も経つが一向に縁談の話が無い。

 イヅナは反抗的であるし、我が道まっしぐらな性格が禍し、村の壮年衆や長老衆から余り好ましく思われていない。


 それでも彼は村周辺の悪党、山賊等を単身退治するのだから、一応は感謝もされている。しかし、誰も寄り付こうとはしない。

 戦乱前のアシハラでは、村の一揆や賊の襲撃等はあるが、頻繁ではない。人を殺す事に慣れていないのだ。

 だが、このイヅナは既に何十人とお尋ね者を片っ端らから殺している。おまけに極悪人の面構えが周りの肝を冷やさせるのだ。


 それが原因で村からは要注意人物と見なされている。

 唯一彼と仲良くするのは村の不良達である。彼等とよく遊び、悪さをするのがイヅナの日常であり、それが当たり前だった。


「兄貴! 迎えに上がりやした!」

「おう、センダ! 早速首を届けるぞ!」

「その前に兄貴! 何時もの特技を見せて下さいよ!」

「ちっ。仕方ねぇな?」


 言うと彼は満更でも無い顔で、舎弟のセンダから弓矢を受け取る。

 直ぐに弓に矢をつがえ、一杯に弦を引くとパッと放った。矢はシュッと一直線に飛び、木の枝に止まる鳥を射落とす。


「流石は兄貴だぜ! 弓を持たせたら村一だ!!」

「馬鹿野郎ッ! 天下一だッ!!!」


 直ぐに拳骨を喰らわし、訂正させる。


「センダ。役人に頭目の首を差し出して、賞金を得るぞ? 今夜はぶっ倒れるまで飲めッ!!!」


 不良仲間達を引き連れ、表を出た息子の背中を母は優しく心配そうに見詰め、そして将来はどうか大物に成ってくれと祈りを込めた。

完全不定期更新です。

続きはやる気次第です……。orz


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