6歳ゆーしゃ、はじめての洞窟
前作はhttp://ncode.syosetu.com/n4186bk/になります。
王都から村や町を経て、遠く離れた国境。
勇者の一行は、険しい山脈の麓にある洞窟の前で、足踏みをしていた。
別に、洞窟が立ち入り禁止だったから、ではない。
「ううう~~~~~」
今年六歳になったばかりの新米勇者には、このポッカリと大口を開けた闇は少々荷が重かった、というだけの話である。
ちょっと長めの黒髪で男の子か女の子か、いまいち分かりづらいけれど間違いなく美形の少女は、目に涙を溜めていた。
装備は(年齢的に)特注のブレストアーマー、半ズボンという出で立ちで、背中に剣を背負っている。
「分かってくれよ、フィーユ。ここを抜けなきゃ、隣の国に行けないんだって」
そして、それを説得する仕事はいつものように、勇者フィーユの孤児院での幼馴染みであり兄貴分、兵士Aのミレスであった。
兵士である。
戦士ではない。
人見知りをするフィーユの為、はるばる北方警備から呼び戻されて、共に魔王討伐の旅をする事になったのだ。
「……そもそも何で、こんなモンスターがいるっていう洞窟を通らなきゃならないのか、本気で首を傾げている訳だが」
唸るミレスの隣で、オレンジ色の髪を三つ編みにした幼女が杖を振り回していた。
黒い三角帽子に黒いマントという格好からも分かる通り、魔法使いのソルセイルだ。
「どーくつ通らないとだめなんて、ごーりてきじゃないよ、こんなの!」
一方、長い青髪にいかにも深窓の令嬢といった雰囲気を持つ僧侶、モナカは可愛く小首を傾げていた。
「魔王がふっかつして、地形がすこしかわっちゃったんだって、神父さまが言ってました」
「へえ、物知りだな、モナカちゃん」
「いえ……」
感心したミレスが頭を撫でると、モナカは恥ずかしそうに少し顔を赤らめた。
そして騒ぐ、ソルセイル。
「あああああ、モナちゃんずっるい! 1人だけ頭なでてもらってるー!」
「ふええぇぇ……な、何かほめてもらえる事ってあるかな……」
羨ましそうにモナカの頭を撫でる手を見て、フィーユも考え込んでいた。
ミレスはスッと、洞窟を指差した。
「あの洞窟を通れたら、考えてもいいんだが」
「う、ううう……」
「兄ちゃんのいじわるっ!」
再び瞳に涙を浮かべるフィーユに、(自分の中での)理不尽を糾弾するソルセイルであった。
「……え、何で俺、非難されんの?」
「暗いところはこわいです」
そういうモナカではあるが、この子だけは怯えた様子はなかった。
「……まあ、なあ」
「だから、夜いっしょにねるのもおかしな事ではありません」
モナカの言に、うんうんと頷く他幼女2人。
「いやそこは頑張れよみんな!? 毎回宿で変な目で見られるの俺なんだよ!?」
「部屋わけても、けっきょく同じ部屋になっちゃいます」
「せめて、モナカちゃんだけでも自重してくれない?」
「いやです☆」
おっとり笑顔で断るモナカ。
何だかんだでこの子は、このやんわり笑顔で我を通すのだ。
くい、とミレスは袖を掴まれた。
見下ろすと、不安そうにフィーユが見上げていた。
「む……」
「ど、どどど、どーしても……ここ、通らなきゃ、だめ……なの?」
「山をのぼるとか!」
ソルセイルが、目の前にそびえ立つ岩肌を杖で指し示した。
「この断崖絶壁を?」
ミレスは、山を見上げた。
この岩山の角度はほとんど垂直に近い。
もちろん山であるからどこかでさらに角度はつくのだろうが、それでも登るのは困難だろう。
「兄ちゃんが、アタシ達を背負って!」
「だから、その俺に対する過剰なまでの信頼は一体何なの!? この中で一番弱いの、間違いなく俺なんだけど!?」
「でも……いちばん、おとな」
フィーユが、正論を吐いた。
だが、その正論で山を登れ、というのは無茶である。
「いや、そりゃそうだけどさ。力と年齢はイコールじゃないぞ……お前ら3人が、その見本みたいなもんじゃん……」
フィーユの近接攻撃力。
ソルセイルの魔法の威力。
モナカの防御力と回復術。
そのいずれも、ただの兵士Aであるミレスの力を大きく凌駕している。
「つかいい加減、この辺りのモンスターも楽勝だろ? ソルちゃんですら魔法使わず一撃じゃないか」
「兄ちゃんも3回ぐらい突けば、たおせるよーになったしね」
「……ははは」
引きつった笑いを浮かべてはいるが、ミレスもまた王都を出た時よりも、遙かに強くなっているのだ。
単に、他3人の成長力が尋常ではないだけだ。
そしてこの洞窟の前で足踏みしているのももう一週間近く、周囲のモンスターはあらかた倒し、パーティーの面々はその動きや性質に完全に対応出来ていた。
さすがにこれ以上、ここで留まっていても、時間の無駄だ。
「フィ、フィーユは……」
「ん?」
フィーユの声に、ミレスは見上げていた山から幼馴染みに視線を移した。
「フィーユはゆーしゃ!!」
「お、おう」
グッと両拳を握りしめて叫ぶフィーユに、ミレスは気圧される。
「く、暗いのなんて、こわくない!」
フィーユは必死に自分に言い聞かせているようだった。
こうでもしないと、洞窟に潜る踏ん切りがつかないのだろう。
だが……。
「いや、別に怖いのはいいんだ」
「ふぇ!?」
ミレスのツッコミに、フィーユの奮起が散ってしまう。
「大事なのは、怖さを知り、その上でなお前に進もうとする力だ」
「???」
「…………」
ミレスとしてはいい事を言ったつもりだったのだが、フィーユは困惑した顔で首を傾げていた。
「勇者は我慢できる子ってことですよ、フィーユちゃん」
「う、うん!」
モナカの説明には、納得出来たようだ。
ともあれ、フィーユも行く気にはなったようだし、そうなるとソルセイルも負けるつもりはないようだ。
「い、い、いこう!」
杖を掲げて、宣言する。
……もっとも足はガクガクと震えてはいるけれど。
「じゃあ、行くか。ランタンならもう随分前に買ってあるし」
足を洞窟に進めるミレスの裾を、フィーユが引っ張った。
「お、おにーちゃん……」
「うん?」
「手は、ぎゅっとして……」
握って欲しいらしい。
「……そりゃいいけどお前、これで剣振れんの?」
そして洞窟の中は、当然真っ暗だった。
点々と松明掛けが壁に打ち付けられているようだが、今は灯っていない。
頼りになるのは、ミレスの腰につけられたランタンの灯火だけだ。
「こ、こ、こわくないこわくないこわくない……」
「だいじょーぶ、兄ちゃんがいるからだいじょーぶ……」
ミレスの左右の手を、フィーユとソルセイルはしがみつくように握っていた。
「……モナカ、どうしよう」
槍も背負うしかないミレスである。
「私も、手をつなぎたいです」
1人、少し後ろを歩くモナカはちょっと、不満そうだ。
「3本手があればね。つか主戦力2人がこれで、大丈夫なのかこれ……」
「あ」
声を上げ、モナカが立ち止まる。
「え?」
「うわさをすれば、モンスターさんです」
言われてみるとなるほど、闇の先から何やら気配が近付きつつあった。
ゴロゴロゴロと何かが転がってくるようだ。
「ちょっ、フィーユ、ソルちゃんモンスター! モンスターが現れたって!」
シルエットは……車輪?
と思ったらそれが止まり、太いロープのようになった。
蛇のモンスター、ゴロゴロヘビだ。
3匹のゴロゴロヘビはこちらを睨み、「シャー!」と威嚇の声を上げた。
「ひぅ……っ!?」
「やーーーーー!?」
勇者と魔法使いは涙目で、ミレスの身体に抱きついてきた。
「せ、せめて俺だけでも……ってどっちかだけでも、離してくれないかなぁ!?」
「だめ! だめだめだめ!」
「こわいこわいこわい!」
すっかりパニックである。
1人落ち着いているモナカが、メイスを構えて前に出る。
「兄さま、さいわい少しならわたしでも、持ちこたえられます。その間に、お二人を何とかしてください」
「僧侶スペックぱねぇな!?」
こんな小さな子を前衛に立たせて申し訳ないとは思うが、それよりも役立たずの2人を使い物にするのが先決だ。
「えーと……」
だが、どうしたものか。
いちいち、言い含めた所で恐怖というのは感情だ。
前方で重い音が響き渡る。
ゴロゴロヘビ達とモナカとの交戦が始まったのだ。
時間は余り、ない。
さすがに幼い僧侶1人で立ち向かうには、厳しそうだ。
思考を再開する。
恐怖に理を説いても、幼女2人には通用しないだろう。
怖いものは怖いのだ。
だから、この場合は怖さをなくす、もしくは紛らわす手段が必要であり……。
「ええと……そうだ! 歌を歌おう!」
ミレスの思い付きに、今まで怯えていたフィーユがキョトンとした。
「ふぇ……歌?」
「そうだ。歌ってたら多少は気が紛れるだろ。俺も一緒に歌ってやるから、どうだ?」
「う、歌……うん、それなら……こわく、ないかも」
「よし。フィーユは解決。ソルちゃんは」
「や!」
口をへの字にして、却下された。
「何で!?」
「だ、だって……」
組み合わせた手をモジモジとさせ、ソルセイルは何やら恥ずかしそうだ。
「お、怒らないから、言っていいぞ?」
「アタシ……お歌、にがてなの……おんち……」
きゃーと、顔を両手で覆った。
「この際、音感はうっちゃっていいから! 大切なのは勢いだから!」
「……へたでも、笑わない?」
指の間から、ソルセイルは目を覗かせた。
「笑ってる余裕とか、多分ないと思うぞ。それに……」
ここは、選択を間違えてはいけない。
そう考え、ミレスはぎこちない笑みを浮かべた。
「……ソ、ソルちゃんの歌も聴いてみたいなあ」
「じゃあやる!」
「チョロ!?」
「フィ、フィーユも、がんばるもん!」
フィーユも対抗意識を燃やし始めた。
「よ、よし。なら2人の知ってそうな歌……『お山の霊獣』とか、知ってる?」
「しってる!」
「しってる!」
2人とも、元気いっぱいだ。
「知ってます」
ゴロゴロヘビと距離を取り、モナカも戻って来た。
「よし、それじゃあいくぞ、みんなせーの!」
はるかひがしのおやまにすまう
しろくかがやくおおきなれーじゅー
つよくけだかきやまのおさ!
灯りに照らされたゴロゴロヘビ達が、4人の歌声にビクッと仰け反った。
「いいぞ、3人ともよく歌えてる! ついでに手も動かしてくれると俺は大変助かるな!」
ミレスの要請に、フィーユは剣を構え、ソルセイルも杖を掲げる。
くさきをまもり、けものをたばね
りっぱなきばもつとらのおう!
しばらく大人しくしていたモンスターだったが、やがて身を翻し再び車輪形態となって去って行った。
「あら……」
「……逃げていった? 声に驚いたのか……?」
うーん、とモナカが頬に指を当てて、小首を傾げた。
「えっと、たぶん、みんなの歌がジュカになったんだと思います」
「ジュカ……呪歌ってあれか、歌に力を込めて、味方に力を与えたり、回復したりする」
「はい」
ちなみにフィーユとソルセイルは、いまだに歌を歌い続けていた。
「よーし、よくやったぞ2人とも」
パンパン、とミレスが手を叩くと、2人はようやく歌うのをやめた。
「ふぇ……モンスター、いなくなった?」
「ああ、フィーユ達の声に驚いて逃げちまった」
「よかったあああぁぁぁ……」
ソルセイルが杖を支えにしたまま、へたり込む。
「歌ってたら、怖くなかっただろ?」
「が、がまん、できたよ?」
「よーし」
頭を撫でると、フィーユはくすぐったそうな顔をした。
それを見て、ソルセイルも立ち上がる。
「あ、フィーユちゃんずるい! ソルも歌ったもん!」
「はいはい、ソルちゃんも頑張った」
「えへへ……」
両手で2人の頭を撫でるミレスに、モナカは苦笑いを浮かべていた。
「わたしも、ですよ?」
「……一番頑張ったよなあ」
「はい」
褒美に、モナカには肩車をした。
「「あーーーーー!!」」
それを見て、絶叫するフィーユとソルセイル。
……まだ危険な洞窟内、モンスターもいるというのに呑気な一行であった。
洞窟を抜けてすぐ近くに、次の目的地である王城はあった。
門を潜り、城下町を歩く。
まずはこの国の王様に会い、船をもらう為に自国の王様から託された書状を渡さなければならない。
そんな中でも、ミレス達は注目の的だ。
「あのさ」
そのおたけびはとおくにひびき
かけるはやさはかぜのよう!
何故なら、フィーユとソルセイルとモナカの幼女トリオが仲良く『お山の霊獣』を歌っていたからだ。
行き交う人々も、そんな3人を微笑ましく見守っていた。
ただ、ミレスは恥ずかしい。
「……もう城下町まで入ったんで、そろそろ歌い終わってもいいんじゃないかなあ?」
「うたうの、気持ちいいから……」
「うん、もっと歌いたい!」
「……あれからここまで、1回もモンスターさんと出会いませんでしたね」
そう、モナカの指摘通り、あの洞窟からはまったく、モンスターと戦う事なく、この城に入る事が出来たのだ。
「勇者の呪歌、マジパネエ……」
なお、3人+1名が勇者の一行であった事はすぐに広まった。
その後、『お山の霊獣』を歌いながらこちらの国の騎士団は洞窟を突き進み、ミレスの国とこの国の国交は無事再開されたという。
歌は即興。