1-6 通知
安穏とした暗闇が広がっている。
暖かで、柔らかな暗闇。
薬剤の香りが鼻を刺激するが、なぜか落ち着く。
奇妙な感覚だ。
記憶を遡り、入試に落ちたことを思い出すが、焦りや不安、悲壮感や絶望感すらも感じない。ただ、そこにあった事実として感じ取る。何の感慨も湧かない。
まるで、自分では無いかのような感覚。
頭がぼぉっとして何も考えられない。
ただ、心地よい暗闇に溶けてしまいたい。
意識を沈め、徐々に徐々に落ち――――
ふと、気がつく。
遠い場所から穏やかな声が聞こえている。
静かで、寂しげで、しかし穏やかな声。
しかし、もう何を言っているのかは聞き取れない。
ついには、意識すら手放した。
□ □ □ □ □
強い薬剤の臭いが俺の意識を覚醒させる。
ベットの上に俺は寝ていた。
白一色のカーテンに囲まれ、病人であるかのような扱いを受けている。
とても静かだ。
カーテンで区切られた狭い空間には俺とユキしかいない。
ユキは、イスに座ったままベットに顔だけを乗せ、寝息をたてていた。
カーテンの向こう側には人の気配は無い。
この部屋自体にいるのは俺とユキの二人だけのようだ。
ふと、ユキを眺める。
穏やかで深い眠りに落ちているようだった。
それだけ、疲れたのだろう。
手が自然とユキの頭に伸びる。
ゆっくりと、割れ物を触るかのようにやさしく撫でる。
長い髪が、俺の手によって揺れる。
心地よい、緩やかな曲線を手でなぞるように、何度も繰り返した。
飽きてきて視線を上げると、カーテンが少し開いていた。
その隙間から、目が縦に二つ。
「……………………」
目が合った。
沈黙が続き、ユキの寝息が響く。
俺は咳払いを一つして、気持ちを切り替えた。
「そこの二人、何をしている」
カーテンが開き、二人の女が姿を現す。
「いやぁ~見つかっちまったか!」
一人は悪びれもせず、堂々とする白衣の女。
「ひゃぅ!………そ、その……すみません……………」
もう一人は気の弱そうな少女だった。
「お前ら、何をしていた……」
先ほどのを覗かれていたことは確かだ。しかし、いつから見られていたのか…。
「少年、青春ってのはいいもんだな!いや、改めてそう思ってた!うん!」
親指を立て、妙にニヤけた顔をしている白衣の女。
「……そ、その…………あ、愛を感じてました……」
気弱な少女にいたっては顔を赤らめている。
何を想像したのやら……。
いや、考えたくは無い。
「先に言っておくが、コイツは男だぞ?」
「知ってる」「し、知ってます」
……………え?
「3時間前だったかな、ユキがお前を運んできたときに自己紹介してもらったのさ」
白衣の女は淡々と述べる。
「ところで、ハヤト。お前、ユキとはどんな関係だ?コレか?コレなのか!?」
白衣の女は小指を立てて迫ってくる。
テンションの切り替えが凄まじい。
また、意外なことに弱気そうな少女も鼻息荒くして迫ってきていた。
彼女らに得体の知れない恐怖を感じる。
「ちょ、ちょっと待て。俺とユキは男同士だ。よく考えてみろ!!!」
「い、いいのか!?よく妄想ちゃっていいのか!?」
身を乗り出して聞いてくる。
嫌な予感しかしない。
ここは、より具体的な関係を述べたほうがいいだろう。
「いや、だめだ!!よく聞け、俺とユキはただの同居人だ!!」
「なに!おま、同棲しているのか!?」
「え、ちょ、おい、どうしてそうなる!?て、おい!鼻血噴いて倒れるな!!!!」
気がつけば、目の前で女二人が倒れ、部屋は真っ赤に染まる。
ベットや布団、白衣、床、壁、ユキ、俺を含めた部屋の全てが血を浴びている。
今、この景色は相当ホラーだろう。
早急にかたずけてしまおう。
ベットから降り、血の海を渡る。
ここは保健室のようだ。
あまりにも立派な設備が揃っているため、どこか病院の一角かと思ったが、どうにも違うらしい。
一歩外に出れば、そこは最新の設備が廊下にすら配備された聖翔学園。
確かに、ここは聖翔の保健室なのだと確信する。
廊下には誰もいない。
時間帯的にも、おそらく生徒全員が寮に帰っている頃だ。
安心して後始末に取り掛かれる。
簡易的な掃除道具は保健室に置いてあった。
まず、女二人を引きずって俺が寝ていたベットに白衣の女を投げ捨て、その上にそっと弱気な少女を寝かす。
次に、モップがけだ。ベット側が少し騒いだが、すぐに黙らせた。今は、二人とも鼻にティッシュを詰めて口で呼吸している。喋ることができない二人は、白衣の女は鬼の形相をしており、弱気な少女は怯えて泣きそうな顔をしている。
うるうるとした目で助けを求められた。
俺は、無視して掃除をひと段落させる。
「なぁ、ところで俺は何でここで寝ていたんだ?」
「ふぁに?ふぁにもほほえてふぁいおか?」
白衣の女が応えたが何を言っているのか分からなかった。
彼女自身もそれを気にしたようで、鼻に詰めたティッシュをゴミ箱へ投げた。
「何も覚えてないのか?」
「ああ、まったく覚えてない」
白衣の女はにやりと笑う。
「そうか、そうか。そりゃ大変だなぁ!!」
むしろ嬉しそうな口調で俺を労わる言葉を掛けてくる。
そのまま続けて説明しはじめた。
「ハヤトが入試に落ちて落ち込んだとこに、私は校長の遣いで声かけてやったんだ。だが、お前が無視した。だから、教育的指導って名目で引っ叩いてやったわけだ。」
「ほう?俺を叩いたのか。それで?」
まぁ、俺を叩いたことに関してはさっき投げ捨ててやったからそれで帳消しだ。
「ハヤトが倒れ、ユキが襲い掛かってきて、仲良くなって、今に至るって感じだ。……ハヤトとか呼びにくいな……あだ名付けていいか?」
最後適当だな、おい。
「好きにしろ」
「じゃあ……やっぱいいや、思いつかん。ハヤトのままでいいか…」
「そうか。それで?校長の遣いってのは?」
「あぁ、すっかり忘れてた。コレだコレ」
そう言って、机から赤い斑点のついた茶色い封筒を投げてきた。
赤い斑点はさっきついたもののようだ。
「中を見てみろ。今のお前には最高のプレゼントだ」
封筒を開ける。
中には何枚かの紙が入っていた。
一枚目の紙を袋から出すとそこには
合格保留通知――――。
「コレはどういうことだ!!」
更新遅れてすみません。
近頃、眠気がひどいです。