1-3 約束
まだ、入学式を迎えない学園モノ……
あれ?学園モノじゃなくね?
と現在、疑問に思われている方も多いと思います。
むしろ、僕自身が強く思っています……
でも、安心してください。
あと、数話で入試試験の結果発表がある(予定)ので。
ため息を一つつく。
俺には昨夜から眠れない理由があった。
同居人、ユキの事だ。
昨日の電話以降、一切の足取りがつかめない。
「おかしい」
ユキは、本来この部屋から出ることすら嫌がるのだ。
近頃は俺と一緒に出かけることも多かったが、まだ一人で出かけられるとは考えにくい。
「ということは、誰かに誘拐でもされたか………いや」
一人、首を振り否定する。
あいつは小柄で見た目は女だが、強いことは確かだ。
それにユキを攫ったなら、部屋はめちゃくちゃなはずだ。
その形跡は無い。
後、残る理由は……
「ユキめ、逃げたか」
それだけ、金を返したくないらしい。
これは、珍しい傾向だった。
〝借りたものは、なにが何でも返す〟
これは、俺とユキがこの部屋で共同生活を営む際に作ったルールの一つだ。
ちなみに、ユキのルールブックは部屋の隅でほこりを被っている……。
俺がコレを作ってやったときは案外喜んでいたのだが……。
まぁ、いい。もうすぐ、この共同生活も終わるのだ。
僅かに、寂しさが募る。
ユキの奴を雇うという話、受けてやろうか……。
玄関口が勢いよく開かれた音がした。
「た~だいま~!!!ねぼすけハヤトはもう起きてるかなぁ?起きてないよねぇ~!そうだ、ダイブだぁ!ハヤトのベットにダイブしよう!」
ユキが帰ってきたようだ。
少し、俺は安堵感を覚える 。
「お帰り。遅かったじゃないか。ルール違反じゃないか?門限は10時だぞ?」
「うわ、起きてる!起きてるよ!ハヤトが起きてるとか!もう奇跡だね!てか、起きなくていい奇跡だったね!何で起きてるのさ?むしろ、寝てろよ。今寝ろ。すぐ寝ろ。目の下、ヤバイよ?徹夜明け?もう寝るしかないね!さぁ寝よう!」
いつも以上のハイテンションでベットに誘導してくる。
確かに、昨日は寝ていない。さらに、安堵感からか眠気を強く感じている。だが――――
「寝てすぐたたき起こされることが分かっているのに、なぜ寝なければならん?」
―――――今、ユキの前で寝るのは危険すぎる。
それ以前に、なぜか憤りを感じている。こんな状態で眠るつもりは無い。
「うわ、怒ってる?怒ってるよね?怒ってるんだぁ?可愛い!!もっと、もっと怒って!もっと叱ってよ!」
今日のユキは、人の話すら聞かない。
何かいいことがあったのか、異常なほどに上機嫌だ。
それ以上に、ユキの言動が危険だ。
ちょっと、距離を置こうか………
「怒らん、叱らん、寝ないからちょっと落ち着け……頭に響く……」
「うわ、傷つくなぁ!後退しながらそんなコト言わないでよ!つまんないジャン!!!つうか、酔っ払いかよ!!!二十歳未満の飲酒は法律で禁止されてるのだぜ?」
傷つく素振りを見せるが、顔は笑ったままだ。
俺との気温差も激しい。
「……どうした、今日はずいぶんとご機嫌じゃないか」
「ううぇあ、ハ、ハヤトがギャグ言うなんて可笑しくなっちゃった。……アハハハハハハッアハハハッゲホッアハッゲホッゲホッ」
……………俺、ギャグなんて言ったか?
ユキが、腹を抱えて笑い転げている姿が無駄に腹立たしい。
意味が分からない分、余計にだ。
「あぁ~可笑しかった。」
一通り笑い転げた後、ユキは腹を抑えながら立ち上がった。
「ところで、昨日の約束。覚えてる?」
「昨日?」
……約束なんてした覚えが無い。
いや、記憶にはあるかもしれないが眠気でぼやけている。
「もう忘れたの?」
むすっとした顔でユキはにじり寄ってくる。
とてつもない恐ろしさを感じる。
ユキの口の端が上がった。
「お金返したら、ボク様のお嫁さんになってくれるって言ったじゃないか!!!」
突然、ユキは怒った口調でとんでもないことを言い放つ。
だが、思い返してみるとそんな約束をしていた気もしないでもない………
……………………ちょっと待て。
過去の俺、そんな約束を本当にしてしまったのか?
いかん、眠気で頭が回らん。
何か、違うことを約束したような気もするが…
「そうだったか?すまん、思い出せん」
こうなったら、卑怯かもしれないが緊急回避だ。
「しょうがないなぁ……。ボク様だって、記憶に無い約束を果たさせるほど、鬼畜じゃないよ」
妙に、穏やかな声が頭に響く。
眠気を誘うかのような声だ。
いかん、このままでは……寝てしまう。
カフェインを早急に摂取しなければ………
「あ、ありがとうな、それより立って話すのは疲れないか?そろそろ、どこかの部屋で休もう」
今、俺らは玄関口から数歩しか動いていない。
キッチンに向かういい口実だ。
あとは、キッチンに誘導するだけだ。
「そうんだね、じゃぁ一番近いボク様の部屋でどうかな?」
ユキがとんでもないことを言い出す。
「い、いや。キッチンでいいんじゃないか?ほら、ユキの部屋に俺が入るのはルール違反だろ?」
「いいじゃないか、ボク様だってルール違反したから〝おあいこ〟だよ!!それに、男同士だろ?そんな、意識すんなよ!!!」
やばい、もう目を開けているのもつらい……
「ほら、もう眠そうじゃないか。昨日は徹夜だったんだろ?ボク様のベット貸してあげるからゆっくり眠りなよ。」
もうだめ……だ……。
「…………………ユ………………キ……………」
「お休み、ハヤト……」
俺は意識を投げ出し、ユキに身を任せた。