プロローグ
山道を逃げるように走る。
ただそれだけが、唯一の使命であるかのように。
そのために、不要なものは全て捨てた。
武器を捨て、食料を捨て、靴も、服も、仲間も、全て捨てた。
今、身につけているのはズタズタのトランクスのみ。
体中に血を纏い、自身の血か他者の血か判別つかない程に傷を負っているが、歩を緩めることは無い。
唯一にして絶対、今この状況に限ってはそれがルールだった。
なんとしても逃げるのだ。逃げて生き延びなければならない。
これまで、数多くの仲間を信じ、助け合い、時には裏切り、犠牲にまでして生きてきた。そんな過去を、ここで終わらせてはならない。
ただ一人、たった一人だけ残ったのだ。奴の手から、逃げ出すことに成功した。
不自然に紅く染まった木々が、腐臭を漂わせる土がより強く俺に訴えかけている。
走れ、走れ、もっと、もっと速く
止まるな、進み続けろ
腰を落とし、重心を前に傾け、足をより前に出した。
遅い、遅い、遅い、遅い!もっとだ、もっと速く!
背後に気配を感じた。振り返らず、足をより前へ前へ伸ばす。
徐々に背後の気配は言いようの無い圧力とともに迫ってくる。
奴だ。
確信する。奴だ。俺の仲間たちをあらかた食い尽くして俺を喰らおうとしているのだろう。
徐々に迫る。走っているのに、まるで前に進めていない感覚に襲われる。
絶望感。
ただただ、絶望感を感じる。一瞬でも速度を緩めれば奴の餌となるだろう。
視界が暗く、暗くなる。
「………こ……こまで………か」
未だ歩を緩めず、しかし心は折れる。
後ろで数本の木々が同時、ミシミシと鳴る。
奴は、複数いたことを悟る。
気がつけば、前には進めず、歩を緩めていた。
自身の近い未来を予感させる、気配が、音が、腐臭が俺を囲む。
もう、一歩も進めない。
奴らは、容赦なく俺に飛び掛る。
そのときだ。突如、落ちる感覚を覚えた。
奈落。
奈落の底に落ちていく。
奴らが、穴を覗き込み悔しがっている。
俺は僅かな違和感と戸惑いを胸に闇に身を任せた。