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第十三話:ニーベルンの女王(上)

「スコット……!ビーツさん、無事だったのね!」

 アリスはサーディーンに伴われて館へやってきた二人を見て心から安堵した。

「良かった……。スコット、キースが、キースが……」

 アリスはキースの裏切りから完全に立ち直れてはいなかった。

 スコットは青ざめたアリスの表情を見て思わずその細い肩に手をやった。

「スコット、私はもう、何が正しいのか分からなくなってしまった。シータ様をお救いすることが、本当に正しいことなの?シータ様をお救いするために、陛下や国王軍に反することが本当に正しいことなの?」

 アリスは抗議するように言った。スコットは衝撃を受けた。アリスまでキースと同じことを言うのか。国家への裏切り者は、むしろ自分達ではないのか、と?

「あなたは国王軍で素晴らしい活躍をしてきて、これからのことも期待されて、騎士として華々しい道が開けていたと言うのに、すべてを棒に振ってしまって、構わないと言うの?」

 本人は冷静なつもりで居るのだろうが、恐らく彼女は多少、キースの裏切りに冷静さを欠いている、スコットはそう思った。

「アリス、たしかにお前の言うことも分かる。だが、もし、真相を知っている我々までもがシータ様を見離してしまったら、いったい誰があの方をお助けするんだ?キースは俺たちとは立場が違う。あいつは古くからランサー王家に仕える名門ティリンス家の嫡子だ。あいつはあいつの立場として、陛下に従うしかなかったんだ。あいつの選択も俺は認めようと思う」

 スコットは先程の苦い敗北を思い出しながら言った。そしてあの時自分を逃がしたキースの心の内も、スコットには分かった気がした。

「俺は一度キースに敗れた。キースは俺を殺すことも出来たが、俺はあいつに生かされた。何故だと思う?……あいつはたぶん、俺たちにシータ様を任せたいと思ったのだろうと思う。」

 どこへなりとも逃げろ、ランサーへ二度と戻ってくるな。その言葉の意味は、シータ様を連れてどこへなりとも逃げろ、ということだったのではないか。

「ご名答。さすがはランサー十二騎士ナインアータのご当主だわ。」

 先程まで静かに二人の問答を聞いていたサーディーン・ウッディールは満足気に言った。ちなみに彼女の言うランサー十二騎士とは、ランサーに仕える騎士階級の家の中で特に歴史と武勲ある十二の家系を呼ぶ古い呼び方である。ナインアータのように永くその地位を保ってる家系はそれほど多くなく、歴史の中でその多くが廃れ、今も残っているのはその半数ほどであったが。

「ここは少しはっきりさせて置く必要があるわね。シッチリグのお嬢さんにいつまでもぐずぐず迷われていても困るから」

 サーディーンは軽く皮肉るように言って続ける。

「貴方達が面倒臭いぐらいに大義名分を重んじる種族だということをすっかり忘れていたわ。公平を期すためにも私はあまり口出ししないようにしようと思っていたんだけど、それならば一つだけ手掛かりヒントをあげましょう。貴方たちが偽の王子と呼ぶあの少年ね、あれはエドルニアと繋がっているのよ。陛下もランサーも、エドルニアの間者に惑わされているだけと言うわけ。……これで分かったでしょう?アリス、貴方の言葉を借りるなら、何をすることが“国家に対する真の忠義”であるか」

「サーディーン様……」

「アリス、貴方には一つ、重要な役目をあげるわ」

 サーディーンは唐突に言った。

「あなた、ペガサスには乗れるでしょう?これからすぐにフィードに乗ってニーベルンへ行きなさい」

「ニーベルンへ?」

 アリスは驚いて聞き返した。たしかにアリスもランサーの女騎士のたしなみとして一応ペガサスの操縦は心得ていた(エレスゲンデの女騎士には珍しく、アリスはペガサスの騎士ではなかった)。しかし今すぐにニーベルンへ向かうとは。

「夜が明ける前にミルラ海峡を越えて、ニーベルンへ入りなさい。そして、ニーベルン城の女王に御助力を願い出るの。彼女ならシータ王子をかくまってくれるかもしれない」

「女王陛下に?……なるほど、分かりました」

「もしも、彼女が我々の願いを拒むようならば、この紙を出しなさい。私からの言伝ことづてだと言って」

 サーディーンは何の変哲もない葉書大の白い二つ折りのカードをアリスに渡した。

 スコットは慌ただしく出発していくアリスを見ながら、なるほどと思った。賢者は二手三手先を読んで動くと言う。北のニーベルンへ逃げるならばあらかじめ使者を送ってうかがいを立てておく必要がある。と、同時にアリスにその重役を課すことで彼女の心の迷いを払拭しようと言うのかもしれない。気難しい黒天馬が彼女の言うことには立ち所に従ってしまったことを見るにつけても、やはりランサーの賢人サーディーンの力は偉大だと感じた。

 ただし、彼女自身も言っていたことだが、恐らく彼女は自分達にすべてを明かしてはいない。

 偽の王子がいったい何者なのか。それがエドルニアの間者だったとしても、なぜ賢君と呼ばれたほどの陛下がその言いなりになっているのか。さらに言えば、何故陛下は本物のシータ王子を殺そうとしたのか。やはり、偽の王子も魔術のような、尋常でない力を持つゆえなのか。疑問は何一つ解決されていない。

 とは言え、少なくとも自分達の行動は間違ってはいない、とスコットは思う。少なくとも、賢人サーディーン・ウッディールに従っている限り、物事は必ず上手く運ばれるし、ランサーの将来も安泰だろう、そう感じさせる程の力が、彼女にはあるように思われた。




 アリスはサーディーンの言った通り、夜が明ける前に闇夜に紛れてニーベルンの位置するカラ島に入った。ランサーの城下町を飛んでいる時もそうだったが、ニーベルンとの国境を越える時はかなりひやひやした。ランサーからの追っ手があるかもしれないし、ニーベルンにしてもこのようなご時世だ。普段以上に国境の警備は厳しくなっていることだろう。

 しかし、闇夜はフィードの黒い姿をしっかりと隠してくれた。アリスは久方ぶりのペガサスの操縦に正直まったく自信が無かったのだが、賢いフィードは自分の役割をよく理解しているようで、アリスのぎこちない手綱を嫌がることもなく、むしろアリスを上手くリードしてくれた。

「お前は本当に賢いね。もう間もなくコルネイフ城だよ。夜が明けるまでまだ少し時間がありそうだけど、こんな時分にお城に入って大丈夫かしらね」

 アリスの心配した通り、アリスがコルネイフ城の城壁に近づくと、衛兵は突如現われたペガサスに驚き、一斉に弓を引き絞ってアリスを狙った。

「待ってください!私はランサーからの使いです!」

 衛兵は戸惑った。同盟国ランサーからの使者だとすれば矢を放つ訳にはいかぬが、こんな真夜中に現われるなんて、本当にランサー国王軍のペガサスなのか?

 アリスは城壁の上空でフィードを空中停止させると、腰に帯びた剣を鞘ごと衛兵の足元へ投げ捨てた。衛兵はアリスの大胆な行動にたじろいでどよめく。

 アリスは構わずフィードを城壁の中に着地させて言った。

「事態は一刻を争います。どうか、女王陛下にお目通りを!」

 衛兵はアリスの投げ捨てた剣の鞘の紋章を見て、彼女が確かにランサー国王軍の騎士であることを確認した。だが、どうしたものか、弓矢と剣を構えて彼女の周りに小さな輪を作ったまま判断に迷っていた。

「ランサーの騎士にもなかなか勇敢な者が居るものだ。火急の使いか」

 小さな輪に近づいて来た人物を見て、アリスは思わず身を固くした。

「ラダヌ=バファル将軍……」

 現われたのは白髪の老騎士だった。ラダヌ=バファルとは、かつてニーベルンの騎兵団の総大将を努めた猛将である。今は老齢により大将を退いたと言う話だったが、その眼光はいまだなお鋭く、ニーベルンにこの人ありと言われた往年の姿をしのばせる。

「私は、ランサー国王軍第二連隊副隊長アリス・シッチリグと申します。このような非常識な時刻に国境を侵しました非礼をお許し頂きたい。しかし、事態は、一刻を争うのです。無礼は承知ですが、どうか、女王陛下にお目通りをお願い致します」

 アリスは心から恐れ入って、その場にひざまずきながら言った。

「ほう。シッチリグのお嬢さんか。立派になられたな」

 アリスは弾かれたように顔を上げた。

「シッチリグの名をご存知ですか?」

「無論だ。ローヌ・ルベルト殿とはかつてしばしば肩を並べて戦った仲だ」

 アリスは言われて、顔から火が出るような思いだった。ここでローヌ・ルベルトの名を出されるとは。

 たしかに、バファル将軍が活躍していた時代は、アリスの父ローヌも健在で、シッチリグはまだ爵位を持っていた。しかし現在もうシッチリグ家は存在しない。アリスは所謂いわゆる、没落貴族だった。

「恥ずかしながらシッチリグは、そのローヌ・ルベルトの無調法により、すでに没落しました。わたくしも今や身分を持たぬただの一兵卒です」

 アリスの父ローヌ・ルベルトは強欲な男だった。その欲深さゆえ、先王が崩御した際の継承者争いの中で、現国王カイラルではなく王弟側について破れた。シッチリグは元々それなりに高位の貴族階級にあったが、ローヌの失脚により爵位を剥奪され、完全に没落してしまったのだった。

 だからこそアリスは、人一倍努力をして剣の腕を磨き、自らの剣の力で武勲を上げ、シッチリグの汚名を晴らそうとしていた。

「そうであったか。……栄枯盛衰は世の常だ。永久とこしえの栄華を誇るとも思われたこのエレスゲンデすらも、今や危機に陥ろうとしている……よかろう、来なさい。火急の用とのことなれば、こんなところで立ち話をしている暇もなかろう」

「ありがとうこざいます!」

 アリスは心から礼を言って立ち上がり、ラダヌ=バファルの後に続いた。


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