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第十一話:裏切り

「スコット、アリス、聞いてくれ、シータ様の捕らえられている場所が分かったぞ!」

「本当?」

 スコットとアリスはカールの店の厨房でキースからの朗報を聞いた。

 三人とカール、ビーツは、あれから何度かこのカールの厨房に集まって話し合った。

 ビーツの口から、シータ王子が失踪してから今日までのことを聞き、三新星の三人はそれぞれが見聞きしたシータ王子の現況と、カイラル王や朝廷の対応についての情報を持ち寄った。

 なんとかしてシータ王子を救い出し、ビーツの証言によって彼が本物のシータ王子であることを証明しようと、五人は懸命に情報を集めようとした。しかし状況は芳しくなかった。シータ王子がもう一人現われたと言う話は、朝廷では不自然なほど完全に揉み消されていた。口に出してはならない禁忌のように扱われていた。そして、それゆえ偽の王子が何者なのか、そのことについても、けして誰も口にしようとはしなかったし、どうやら真相を知っている者は誰も居ないように思われた。

 だから、本物のシータ王子が、今どうしているのか、生きているのか、どこかに捕らえられているのか、それすら定かではなかった。

 そこへやってきたのが、キースの朗報だった。

「どういうこと?シータ様は無事なの?どうして分かったの?」

「陛下もなかなか間の悪いことをなさるものさ」

 キースはにやりと笑って言った。

「偶然にも俺の部隊が抜擢されたんだ。シータ様の捕らえられている牢の監視役に」

「なんてことだ。じゃあ……」

「ああ。俺たちで、お助けしよう、シータ様を。」

 キースは高らかに言い、その場に居た者全員が大きく頷き返した。




「待て、待ってくれ……頼む、父上に合わせてくれ!」

 わずかな食料を届けにきた衛兵にシータはもう何度目か分からないその科白セリフを必死で呼び掛けたが、衛兵はシータに一瞥いちべつすらくれず去っていった。

 固い格子はシータが揺すってもびくともしない。 床は固い石で、じめじめとしていて、眠ることすらままならなかった。

 あれからいったい何日がたったのだろう。

 貧しい食事と眠れない日々に、シータはまた少し痩せてしまっていた。

 うとうととする度に浅い夢を見る。あの自分とそっくりな顔をした男が自分を捕らえに来るのだ。何度も、何度も。大勢の人間が、シータを指差して笑う。不肖の王子、と。お前のような王子は不要だ、自業自得だ、と。

「なんで、こんなことになったんだ……」

 シータは口に出して呟いた。そうでもしなければ、沈黙と、薄暗い牢の空気と闇に、どうかなってしまいそうだった。

 そんな時、ふと胸に下げていた飾り剣に思いあたった。リーアのくれた飾り剣。これは、奪われることもなくずっとシータの首に掛かっていた。シータは思わずいつかのようにその飾り剣を握り返していた。

 そうだ、忘れてはならない。リーアもどこかで、自分と同じように囚われの身となって辛い思いをしているかもしれないのだ。リーアを助けなければならない。リーアと、コルネイフを救わなければならない。その為に、自分はこんなところで挫けている訳にはいかないのだ。

 そんな思いを抱えながら、何度目かの浅い夢を見ていた時だった。

 こつこつこつ……と、静かな足音が近づいてきた。また、あの夢か。あの男が、自分を捕まえに来たのか……?

「シータ様」

 シータははっとして飛び起きた。

「シータ様、ご無事ですか?」

 シータは思わず牢の入り口に駆け寄る。

「よかった……。ご無事のようですね。ビーツ・ナインアータよりお話をうかがい、シータ様をお救いに参りました。わたくしは、アリス・シッチリグと申します」

 アリスと名乗った女性は、牢の扉の鍵を開けた。

 牢から出ると、アリスのかたわらにもう一人、黒髪の騎士が居た。

「私は、スコット・ナインアータと申します。命に掛けても殿下をお救い致します」

 スコット・ナインアータ。ビーツの息子だ。国政に疎いシータでも、さすがにその名は知っていた。父に劣らぬ実力を持った騎士だという話だ。

 ふらふらと立ち上がったシータを、二人はしっかりと支えてくれた。

「おいたわしい。シータ様ともあろう御方が、このような……」

 アリスはシータの手首に付けられた手錠の鍵を外しながら言った。

 シータは二人に支えられながら、薄暗い牢の廊下を歩いた。牢は普段は使われていない物らしく、他の部屋はすべて空だった。

「父上は、私が本物のシータだと分かってくれたのか?私と同じ姿をしたあの者はいったい、何者なんだ?」

 シータは牢に押し込められて数日悶々としていた疑問を二人にぶつけた。

 しかし、アリス・シッチリグは暗い廊下を歩きながら答えにくそうに言った。

「陛下はいまだあの偽の王子をシータ様だと思い込んでいらっしゃいます。どのような術を使ったのか。そしてあの者が何者なのかと言うことも、申し訳ございませんがまだ何も分かっておりません」

「そうか……。では、宮廷にはまだ、あの者がシータ・ファルセウスの名を名乗って居座っているのか。だが、私が私だと信じてくれる者も居ると言うことなのだな?」

 シータは期待を込めて言ったが、アリスもスコットも、これには苦く頷き返すことしか出来なかった。宮廷にも、シータをシータだと信じると、声高に言う者は居なかった。それは、口にしてはならないことのように、皆表面上はカイラル王と偽の王子に従っていた。

 途中、出口の近くでビーツが三人を待っていた。

「ビーツ!そなたも助けにきてくれたのか」

「はい、殿下。貴方様のことは、このビーツが必ず証明してみせますゆえ」

 シータは心から安堵した。ビーツが味方で居てくれる、これ以上に心強いことはなかった。

 重い扉を開けて牢の外に出る。時刻は夜らしく、辺りは真っ暗だったが、明るい篝火かがりびがたくさん掲げられており、牢から出てきたシータ達を照らした。

 シータはそこでシータ達を待っていた者達全員が当然、シータを信じ、シータを助けだそうとして集まってくれた者だと思った。だから、シータの前に進み出た男の顔を見て驚愕した。

 戦いの為の甲冑に身を包み、数十人は居ようかという兵団の中央で、悠然とこちらを見ていたのは、あの、シータそっくりな顔をした男だったからだ。

「まったく、愚かなヤツだ。大人しくしていれば牢の中で一生楽しく過ごせていたかもしれないと言うのに。貴様を生かして置けという者も多く居るようだが、逃亡しようとしたから斬り殺してしまったと言えば、誰も文句は言うまい」

 シータは焦った。こいつはいったい、何を言っているのだ。

 そしてこの事態に驚愕したのはビーツ、スコット、アリス、の三人も同様だった。

「いったい、どう言うこと!?」

「……すまないな」

 アリスの叫び声にも似た言葉に答えたのは、偽のシータ王子の隣で、土気色のような顔色をしてこちらを見ているキースだった。

「そんな、貴方、あなたが、言ったのではなかったの?シータ様をお助けしようって!」

 アリスは思わずそう叫んでいた。

「まさか、……あなたがシータ様の牢の衛兵に抜擢されたと言うのも、シータ様を助けだそうとあなたが言ったことも、すべて仕組まれていたことだと言うんじゃないでしょうね!?」

 アリスの言葉はほぼ絶叫に近かった。しかしそれに対するキースの言葉はない。

「仕方が無い……こうなったら、どうにかしてここからシータ様をお逃がせするんだ!」

 スコットは宣言するように言って剣を抜き放った。

「シータ様、私から離れなさるな」

 ビーツも続いて剣を抜き、シータの為に持ってきた二本目の剣を渡しながら言った。

 戦いの火蓋は切って落とされた。スコットはもちろん、キースと対峙した。自分達を裏切ったキースの気持ちを計りかねていた。キースすらも、彼自身が言っていた偽の王子の“魔術”とやらに魅せられてしまったと言うのだろうか。

 対する相手は恐らくキースの率いる国王軍第八部隊だ。その隊長であるキースと、自分、いずれに軍配が上がるかにこの戦局の決定があると言っても過言ではなかった。

 今の自分とキース、いずれが強いのか、スコット自身にも分からない。士官学校時代はよく手合せしていたものの、お互いが国王軍の連隊長になってからは、剣を合わせる機会などほとんど無かった。

「スコット、なんだその剣は?そんなもので俺を倒せると思ってるのか?」

 キースの言う通りだった。スコットの剣には迷いがあった。キースの裏切りによる迷い。シータ王子を救うことが果たして本当に正しいのかという迷い。対するキースの剣には寸分も迷いが無かった。キースは迷いなく自らの従うべき相手、従うべき道を選んだのだ。

「何故だ?なぜ。お前はシータ様を裏切ったのだ。陛下への忠心か?それとも、お前もあの魔性の者に心奪われたと言うのか?」

 スコットはキースの剣をなんとか受けとめながら問い掛けた。キースは何も答えない。冷静だが、強烈な剣の冴えが、その答えと思われた。速い。スコットには、その激しい斬撃の応酬についていくだけで精一杯だった。まずいな……スコットは戦況の全てに対し、苦い予感に囚われた。

 斬撃を交わしあう二人の傍らで、迷いに囚われていたのはアリスも同様だった。アリスは誰よりもキースの裏切りに衝撃を受けていた。アリスはキースに対し、戦友であること以上の感情を抱いていたのだから。キースとスコットが戦う姿など、とても見ては居られなかった。さらに、対する国王軍第八部隊は、アリスもこれまで共に戦ったことのある気心の知れた仲間達だった。彼らに剣を向けることなど自分に出来るのか?

 戸惑うアリスを置き去りに、戦局は動いていく。スコットとキースは剣を打ち合い、ビーツはシータ王子を護りながらなんとか逃げ道を切り開こうと奮闘している。自分は、どうすればいい?シータ王子を助けることが、果たして正しいことなのか?

「シッチリグ殿、何をやっている!?殿下をお助けすると決めたのだろう?迷いを捨てよ!」

 ビーツの声が閃くように響いた。

「ビーツさん……!」

 アリスは歯を食い縛って剣を抜き放ち、第八部隊の兵士達に対峙した。戦いたくはない。だから、シータ様を逃がすために、最低限の戦いをしよう。

 甘い考えではあったが、アリスには、それを実行出来るだけの技量があった。

「第八部隊の騎士達!貴方達にも心や考えがあるのなら、この状況を見て考えを改めなさい!どちらが本物のシータ殿下か。どちらを助けることが国家に対する真の忠義であるか!」

 アリスは一喝するように言い放ち、戦場へ躍り出た。対する兵達も、三新星に数えられるアリス・シッチリグの強さは知っている。多少の動揺が第八部隊に走った。

 アリスもビーツももちろんその隙を逃したりはしない。

「シータ様、わたくしに続いてください!」

 アリスは第八部隊の兵達の剣を素早い身のこなしで巧みに跳ね返し、その多くを峰打ちによって制した。

「待て!何をやっている!?絶対に、そやつを逃がすな!!」

 偽の王子は、たった四人の相手による猛攻に焦り、怒鳴り声を上げた。自らシータに向かおうとする偽の王子の前に、ビーツが立ちふさがる。

「殿下、いけません!相手はビーツ・ナインアータです、御身が危ない!」

 第八部隊の兵も偽の王子を護るため奮闘するが、その誰もがかつての英雄ビーツ・ナインアータを恐れた。

 戦局は混乱を極めた。そしてその混乱はむしろシータ達を味方したと言えるだろう。アリスはその隙を見て活路を見いだし、なんとかシータ王子と共に第八部隊の兵の壁を抜けた。

「シータ様!抜けました!このまま王城の外へ逃げ出しましょう」

 アリスはシータを連れて走った。何本かの弓が二人の後を追ったが、そのいくつかはかわし、いくつかはアリスの剣が切り落とした。

「フィードを、ペガサスを呼べればな……」

 シータは必死で走りながら、ペガサスを置いていかなければならないことを口惜しく思った。フィードはここに着いた時、いつものようにシータ専用の城の厩に繋いできてしまったのだ。今から取りにいくことなどとても出来そうにない。

 二人が走っていたのは、城の裏庭だった。逃げ出すならば城の裏門からだ。

 しかし次の瞬間、アリスとシータの目に信じられないものが映った。

 二人の目指す真正面から、甲冑の音と靴音を高く響かせ、国王軍の兵士が列をなして歩いてきたのだ。第八部隊の比ではない。何十、何百と言う数の国王軍の兵士が横ならびになって歩いてくる。そして、その先頭で騎上からシータを鋭く見下ろしていたのは、他ならぬ父王カイラルだった。

 絶望が、シータの心を暗く満たしていくのを感じた。

「父上……!!きちんと私を見てください!私が貴方の息子です、シータ・ファルセウスです」

 シータは何度目になるか分からないその言葉を、必死に、懇願するように叫んだ。しかし、その声が父王に届くことはなかった。

「構えよ!」

 カイラル王の言葉に従い、国王軍の兵士は皆一様に矢をつがえ、真っすぐにシータを狙った。

「そんな……!お待ちください!何故ですか陛下!何故陛下はシータ様をお救い下さらないのですか!?」

 アリスは身を張り、シータをかばいながら叫んだ。しかし、カイラル王は高く手を掲げ、無慈悲に告げた。

「放て……!」

「アリス!!」シータの叫び声が夜空に響いた。

 あの数ではアリスであろうともとても避けられない。

 その時、

 全てがしんと沈黙し、夜空を飛ぶ矢羽根が一斉に空中で静止した。

 シータは何が起こったか分からず、ぎょっとして目を懲らした。

 その、わずかな闇、カイラル王率いる国王軍と、自分達との狭間に揺蕩たゆたう闇が、一瞬揺らいだ気がした。

「女……」

 シータは知らず口にしていた。闇の狭間から、一人の女が現れたのだ。

 闇夜そのもののような漆黒の髪と、同じ色のローブに身を包み、白い肌は陶器のように滑らかでくすんだところが一つもない。歳の頃は二十歳前後と見える。見るものに寒気を与えるような、完璧な美しさをまとった女だった。その細い首は、何故か不自然に傾いて、射すくめるようにカイラル王を見つめている。

「愚かな王……」

 女は低いが、深く艶のある声で言うと、傾いだ首を元に戻した。その動作に合わせて空中に留まっていた何十本という矢が、バラバラと地に落ちた。

「何故だ……。サーディーン、そなたはそやつの側につくと言うのか?」

 カイラル王は女を前にうめくように呟く。

「愚かな王……」

 女は再びそう口にした。

「あなたは、何も分かっていない」

 女は本当に憐れがるような口調でそう言った。


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