認識せよ!五人の戦士たち
自治体戦隊は、その名称から自治体の管理下と思われがちだが、実際には異星人が撤退した翌年にほぼすべての自治体の手を離れている。
その性質上本来異星人がいなければ存在する意義のない組織だが、新宿戦隊を皮切りに盛り上がった戦隊ブームは終わりを知らず、20年以上が経った今でも有志により存続しているケースが少なくない。中には一度は解散したが後の世代で復活したケースもある。
そのため政府に代わって全国の戦隊のスキルや設備を向上することを目的とした科学技術機関が発足した。その名は「MASA」。
戦隊関係者なら誰もが知る組織であり、事実上MASAに援助団体申請を行って承認されなければ、戦隊として世間から認識されない程度の影響力を持っている。
新宿戦隊は初代が解散してからこれまで再結成されたことがなかった。
しかしそんな中、二代目戦隊は異例なことにMASAから突然任命されて召集を命じられたのである。
これはまだ世間に公表されていない。
***
お披露目前に正体がばれないようにという理由で、何の変哲もない大学の一教室に集結を命じられた二代目新宿戦隊だったが、呼び出した張本人である上司…MASAの人間が到着する様子を見せなかったのもあり、ブルーはさっさと帰ってしまった。
残ったのはブルーに戦隊知識の誤りを指摘され呆然としたレッドと、困った様子のグリーンと、
「…あれっ?やだあ、いつの間に来てたのお?ピンク全然気づかなかったんだけどウケる!てかてか、新宿戦隊で合ってるよね?違う?で、何?この空気」
ようやく自分以外の存在に気づき、イヤホンを外すなり早口でまくしたてる若い女性…ピンクだった。
日ごろからランドセルが似合うと言われ続けているグリーンから見れば、レッドもピンクもこの大学の生徒と自称しても違和感のない年齢をしている。
対照的なのは、レッドが清潔感こそあれど頓着していなさそうな外見なのに対して、ピンクが頭の先から足の先まで気をつけていそうなことだった。
頭蓋骨の形を疑いたくなるほど盛った金髪は、ゆるやかなうねりを持って胸元まで伸びている。顔立ちは童顔に入る方だろうか。目は大きいが、どこまでが自前なのかわからないほど黒く囲われている。それは睫も同じで、瞬きをするたびに風でも起こりそうに思えた。どうやら筋肉は意外にもしっかりついているようだが、胸元が大きく開いた丈の短いワンピースは動きやすさを重視しているようには見えないし、そもそも爪など長いだけでなくさまざまな飾りがついている。ついでに言うと、早口の割にどこか甘えるような、子どものような喋り方をする。
(…おおよそ自治体戦隊に属しているとは思えない…)
ピンクをざっと見た限りでは、グリーンが出した結論はそれだった。
だが、
「…ん?なあにキミぃ、ピンクのことじっと見て。もしかして、ママが恋しくなっちゃった?いーよ、ピンクそういうの得意。ママだと思って甘えていいよっ」
目が合うなり笑顔で両手を広げたピンクに断りの仕草を返しながら、グリーンは遠慮がちに問う。
「…一人称、ピンクなんですね…。」
「えー?そーだよ、だってピンクはピンクだもん。二代目新宿戦隊ピンクなの、マスコット的存在なの。あっ、でもキミみたいな可愛い子がいるんだったら、マスコットの座は譲ってあげてもいっかな。そしたらピンク、セクシー路線で頑張るよ!」
…そう、彼女ははっきりと自身を「ピンク」と呼んでいるのだ。これ以上の証があるだろうか。
「…そうか、ピンクか!」
呆然とした表情から一転、明るいテンションを取り戻したレッドが声を発した。大げさ気味に「わっ」と驚いてみせるピンクに近づきながら、右手を差し出す。
「俺はレッドだ、よろしくなピンク!共に新宿を敵の魔の手から守ってみせようじゃないか!」
「よろしくレッド。なーに?急に元気になったねー?」
「ああ、仲間の前でいつまでも悲しんではいられないからな!」
「悲しむ?」
「ああ」
何を?とでも続けようとしたのだろうが、ピンクが問うよりもレッドがグリーンを見る方が早かった。握手をしたピンクの手を離すと、今度はグリーンにその手を向ける。
「君は…グリーンか?」
「あ、はい、グリーン、です」
グリーンは若干気圧されつつも、握手に応じながら改めてレッドを良く見た。先ほどまでは教卓のレッドを生徒用の席から見ていたので少し距離があったが、間近で見ると意外ときちんとしているところもある。髭はきちんと剃っているようだし、日焼けも適度な具合に思える。髪も全く整えていないわけではなさそうだ。確かに不快感を与えるほどの粗暴さはない。
「グリーンか、よろしくな!さっきは都庁に乗れるなどという希望を一瞬でも与えてしまってすまなかった」
「…あ、はい」
希望も何も信じませんでした、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、グリーンはレッドのカラッとした笑顔にあわせようと精一杯笑みを浮かべた。
そのタイミングで、ピンクの声が跳ねる。
「もしかしてレッドさあ、都庁が動くって言ってブルーにツッコまれたクチ?」
「そうだ。20年以上信じてきたんだが、言われてみれば確かに尤もだった」
「えー、てかてか、ピンクも昔ブルーに言われて超落ち込んだんだよお。そっか、それでさっきレッド元気なかったんだね」
「えっ」
驚きの声をあげたのはレッドとグリーンどちらもだった。ピンクは笑顔で首を傾げる。
「二人は知り合いだったのか!?」
「んー、知り合いっていうかあ…ちょっと話したことあるぐらいかな?同業者だからね」
「…なるほど!」
レッドは大きくうなづいた。
自治体戦隊はいつ呼び出しがあるかわからないという性質上、その地に住んでいるだけでなくその地で働いている者が選ばれることが多い。
新宿で金髪のスーツ男と盛り髪女が同業者というならば、大体の想像はつくというものだ。
「…さて、」
レッドは腰に手をあてて教室をさっと見回した。
「どうも手違いがあったようだな、長官がいらっしゃらない。顔合わせもすんだことだし、今日はこの辺で解散するか」
「え、」
「さんせーい」
止めようと口を開いたグリーンよりもピンクの声が大きかったので、レッドは二人共が肯定の意思を示したものと受け取ってしまったようだ。「では!」と大きく息を吸った姿を見て、グリーンは日本人らしく空気を読んで言葉を飲み込んだ。
「次の集結命令まで、各自訓練を怠らずより高みを目指そう!解散!」
「はーい!」
「は…い」
渋々ながら返事をすると、レッドとピンクは満足げに深く口角をあげて、この後皆でどこかに食べに行こうかなどという話をしながらドアに歩き始めた。
グリーンは二人の一歩後ろをついていきながら、半ば諦めの表情を浮かべた。
(顔合わせ、すんでないです…)
その頃、顔合わせがすんでいない元凶であるイエローは、学食でカレーのおかわりをしていた。