ともしび
おかえり!
外は暑かったでしょ今日は 大変だったね大丈夫?
曇天の朝から一転 梅雨明けを思わせるようなじりじりと照り付ける日差しの午後
久しぶりの一時帰宅が叶ったその日
介護タクシーで戻った車椅子の義母を 仮設スロープから3人がかりで部屋に運び入れる
皆が口々に言葉をかけ 笑いかける
けれども義母の反応は ごく薄く
戸惑いのような 疲れのような 諦めのような
薄ぼんやりと微かな笑みが混じった そんな表情だった
先日の面会では未だ会話が少し成立したが しきりに目が見えなくてねと言っていた
かろうじて見えてたはずの左目も 視力を失いかけているのかもしれなかった
今日は 眠っているのか起きているのかも最早 定かでない
夢のつづきのような曖昧な時空の中を 今の義母は揺蕩っているようだった
「水ようかん、食べる?どの味がいい?」
おそらく最後の一時帰宅になるだろうこの日の為に
老舗和菓子店で求めた 義母の好物スイーツ
ほんの一口でも喜んでくれたらと 人数分以上をとりどりに並べて差し出した
けど 返事は無い
お茶飲む?温かいのがいいかな、冷たいの?
問いかけても やっぱり返事は返ってこない
車いすの上でうつらうつら 首を前に傾けて今にも寝落ちしそうな様子だった
「眠いんだね、そうだよね ごめんね」
母さん帰ってくるから みんなでお茶しに集まったよ
久しぶりだからゆっくり話そうね
眠かったら無理しないでいいよ
様子を見ながら それでもと 一番好きそうな水ようかんを皿にあけ
麦茶をお気に入りだったカップに注ぐ
義母が暮らしていた南西向きの畳の続き間
障子越しに幾分和らいだ夏の日差しが 静かに部屋に射し込む
ここに義母の姿があるのは…2-3か月振りになってしまうのかな
妹夫婦と集ったあの時は 義母自身が食べたいといった豆大福を用意した
8つに切り分けた小さな大福を 美味しい美味しいと大喜びでぺろりと平らげ
みなが驚き 笑った
また集まろうね!そう言って手を振り見送ったのは 確か春爛漫の頃だった
「そうだった、せっかくだからみんなで写真くらい撮っとこう!」
水ようかんを食べ終えると 次男が立ち上がった
赤ちゃん抱いた次男のお嫁さんが 義母のすぐ隣に並んだ
赤ちゃんはさっき授乳とおむつ替えも済ませてニコニコ ゴキゲンさんだ
「ひいおばあちゃん こんにちは~ しーちゃん(仮名)でーす」
「前に会ったときより3キロも大きくなりましたよ!」
そう言って赤ちゃんを義母の肩近くに そっと近づけた
それを聞いた途端だった
義母はウトウトしながら俯いていた顔をふっと上げ パッと目を見開いた
そうして赤ちゃんの方を向いて自分から顔を寄せ 頬が擦りあうほどに近づけて
真正面からニコニコと笑いかけ始めた
「あっ ばあちゃん起きたねえ(笑) さすが、ひ孫の力は凄いな!」
それを見て 思わずみんなも笑い出した
義母の笑顔を見た しーちゃんはシンクロするかのようにニコニコ
きゃっきゃと可愛いらしい笑い声をたてて 喜んだ
義母は更に目を細め これ以上ない位の嬉しそうな優しい微笑みを浮かべた
そうして唇をすぼめ 幾度も舌鼓を打って 赤ちゃんをあやし始めた
それはまだ彼女が今よりも大分若く元気だった頃
生まれたばかりの長男や次男たち孫をあやす時に見せてくれてたあの頃と
一つも変わらない
全てを包み込むような 優しい優しい微笑みと仕草だった
突然 眠りから覚め 時が巻き戻ったかのような義母の様子に
同席した親族一同はビックリ仰天だった
妻の帰宅をその辺でふわふわと見守ってただろう亡きじいちゃんもきっと
同じ想いだったに違いない!
「わあ、おばあちゃん急に元気になったねぇ!
よかったねえ しーちゃん おばあちゃんニコニコだねぇ~!」
まさかの光景
こんなことって本当にあるんだ......
身内ながら なんて貴い光景だろうかと感動に震えるような思いに湧きながら
スナップを撮ろうと思って構えていたスマホを急いで動画に切り替え 回し続けた
「抱っこしてあげてよ ちょっとだけでもさ」
その言葉は彼女に通じたようだった でも首を縦には振らなかった
そのかわり 膝の上に力なく乗せていた右手をゆっくり持ち上げると
しーちゃんの小さな足に触れ 柔らかな温もりを確かめるように慈しむように
そっと摩った
何か語りたげに少し口元を動かし 溶けてしまいそうなほどに優しい眼差しで
無邪気に はしゃぐしーちゃんを真直ぐ見詰めて笑顔を交わしながら そおっと
そおっと
その様子は まるで教会とかに描かれてる聖母と天使の宗教画みたいな神聖さというか キラキラと柔らかな光に包まれているように わたしには見えた
生を全うし尽くし 幕が下りる時を静かに待っている命と
その光を引き継いで新しく生まれた命の 灯し火
言葉はなくとも その時 二つの心は間違いなく繋がっていたと思う
理屈も建前も持ち合わせてない素のまんまの魂が確かに響き合うさまは
言葉なんかでは表しきれない位に美しく優しくて 喜ばしくて
どちらもただただ眩しく貴い おんなじ光がそこに灯って居た
澄みわたる清らかさと暖かさで 辺り一面を照らし 包んでいた
生まれたときから備わってる 消えることのない光
きっと誰もがこうして内に持っているんだな
斯様に命は繋がっていて 想いは紡がれていくんだなと
居合わせたみんなが 理屈じゃなく肌身で感じ取れた そんなひとときだった
写真を撮り終わると義母はまた うつらうつらとし始めた
言葉をかけても明瞭な返答はなく またすうっと引き戻されるように
夢半分の世界へ入って行った
タイムリミットが迫り 疲れも見える義母に
「眠いよね もうベッドに戻って休む?」と訊くと ぼんやりと目を開けて
「戻る?」「うん 時間だからね」
「○○(自宅の所在地)に…?」
いま居る ここがそうだよ、とは誰も、返せなかった
「かあさんが元気になったら また集まってみんなでお茶しようね」
微かに頷いてくれたような気がした
迎えの介護タクシーに乗った義母に「またね~!」窓越しに皆で手を振る
あと幾度 逢えるだろう 言葉を交わせるだろう
これが最後かもしれないと どこかでまた想いながら 見送った
奇跡の様な あの瞬間に皆で立ち会い喜び合えた事こそが
奇跡のような幸運だったと思う
そこへ導いてくれた全ての人 全ての事に 感謝せずに居られない
夢と現を揺蕩う今の義母に ほんの一時でも 大きな安らぎを手渡せたこと
一世紀近くを跨ぐ二つの命が瞬き 交わる光の中に皆が居られた事
囲んだ私達がその光景を 手触りの温もりと共に胸に刻んで
宝石の様な1ピースとして大事に灯しながら これからを生きていける事に
深く深く 感謝
強く強く ありがとうと思う
奇跡のようだけど きっと奇跡じゃない
なぜならこんな光はきっと どこにでも転がり落ちているものだと思えるから
ただ背高く茂った道端の雑草や 慌ただしく道行き交う人々や車が舞い上げた土埃
空に湧く厚い雲の陰に隠れて
ちょっと見えにくくなっているだけなのだと 思うから
「喜びを数えたら あなたでいっぱい
帰り道を照らしたのは思い出の影法師」(パプリカ/米津玄師氏作)
灯し火は繋がっていく 育っていく導いていく
消えず照らし拡がっていく きっと ずっと
じいちゃん ばあちゃん
ありがとう
しーちゃんが大きくなったら ひいばあちゃんのあの笑顔と共に
是非 この日この時の話を伝えてあげられたらいいなと思っている
ご訪問下さり 最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
※心の一曲「パプリカ(米津玄師氏)」より、特に大好きな一節を文中に用いさせて頂きました。併せましてここに深く感謝申し上げます。




