完成度120%!?
始まりの街の門前。
俊一はラビルの巨体を肩に担いだまま、街灯の下を息を荒くして走っていた。
毛皮の生々しい重量感が鎖骨に食い込む。インベントリに収納する暇さえ惜しんで、タクミに執拗に急かされた結果がこれだ。
街門を行き交うプレイヤーたちが、引きつった顔で俊一を避けていく。
「うわ、何やあいつ……」
「いま狩ってきたん? こんな暗い中」
「死体担いで街に入る奴初めて見たわ……」
周囲の突き刺さるような視線など、俊一の意識には一切届いていなかった。
巨大な門柱の横。
タクミが腕を組んで待っていた。
ラビルを担いだ俊一の姿を視界に捉えるなり、眼鏡の奥の目をにやっと歪める。
「お、来た来た。……って、お前何担いどんねん!」
「急ぎって何やねん。説明してくれや」
俊一はラビルの死体をドサリと地面へ投げ降ろした。
「あと一体分、ウサギ討伐すれば目標数に届くところやったんやで。」
「まぁまぁ。これ見たら、そんなお怒りも一瞬で消えるって」
「絶対大したことないわ。運営の不具合告知か何かやろ」
「いや、結構どころか、とんでもないモン引いたで?」
タクミが楽しげに笑いながら、目の前にシステムメニューを展開した。
インベントリから実体化させたのは、月明かりを反射して淡く煌めく、小さな銀色のリング。
【狩人の指輪】
「……はぅ?」
「どうや」
「それ……俺が今から外で素材集めて作ろうとしとったやつやんけ!!」
「マジか。お前もこれ狙ってたんか」
タクミが意外そうにパチクリと目を丸くする。
「素材はどうしたんや。ラビルの角が三本要るはずやろ」
「昼間、俊一がウサギ観察しとる間に俺がソロで狩ったやつ、余っとったから使ったんや」
「ずるい!!」
「何がやねん! 俺の素材やろ!」
タクミは笑いながら、その指輪の詳細スペック画面を俊一の目の前へとスワイプした。
俊一はその表示に釘付けにされる。
【狩人の指輪】
・種別:アクセサリー
・完成度:120% (限界突破補正)
・効果:攻撃力Lv1
・固有追加ステータス:基礎物理攻撃力 +1
「……何やこれ」
「ん?」
「いや、何やねんこれ。この数値」
俊一の声のトーンが、一段階低く、鋭いものへと変わる。
ゲーマーとしての、あるいは効率厨としての本能が、その画面に完全に喰いついている。
完成度120%。基礎攻撃力プラス1。
「この『120%』って数値は何や。どこをどういじればこんな表示になる」
「いや、俺に聞かれても知らんて。普通に作っただけやし」
「嘘言うな。既製品のスペック表には、そんな限界突破の項目は影も形もなかったぞ」
「いやほんまに」
タクミは本気で困ったように頭を掻いた。
「工房のOCSの端末触っとったらな、なんかゲージが細かく動いて、素材を加工するタイミングを合わせるミニゲームみたいな項目が出たんや。タイミングが完全に噛み合う瞬間があってな」
「ほう」
「よう分からんけど、その判定のジャストの瞬間だけに絞ってハンマー叩き落としたら、なんか急に火花が派手に出て、完成したらこれになってたんや」
「どこでその判定が出るん」
「だから知らんて! 手癖でやっただけや!」
同じ素材。同じレシピ。
システムに登録された『既製品』と全く同じ工程を経ているはずなのに、完成したモノの性能が、前提からひっくり返っている。
20%の完成度超過。もし、このゲームのクラフトシステムが『叩き方次第で数値を上乗せできる』仕様なのだとしたら。
これが序盤の指輪ではなく、中盤の強力な武器だったら?
終盤の最強兵器だったら?
プレイヤースキルによるタイムアタックにおいて、この『基礎値の差』がもたらすアドバンテージは――。
「……やば」
「おい、顔が犯罪者みたいになってんで」
タクミが引き気味に半歩身を引く。
俊一はその恐怖すら無視して、画面を指差したまま聞いた。
「再現はできるんか」
「たぶん無理。というか絶対無理。知らんけど」
「なんでや。タクミの手の感覚を言語化してくれや」
「適当にリズムゲーム感覚で触ってただけやから。そんな、狙って120なんか出せるわけないやろ」
「適当に職人システムハックするなや……」
「知らんがな、できたもんは出来たんやから」
タクミはけらけらと笑うと、その銀色の指輪を、俊一の前へと無造作に差し出した。
「ほい」
「……え?」
「やるよ。俊一に」
「いや、タクミが作った、ファーストクラフトやろ」
「俺はまだ当分、工房のシステムいじるしな。前衛で今すぐ外に飛び出すアホの方が、この『+1』の価値がわかるやろと思って急いで呼び出したんや」
俊一は、珍しく言葉に詰まった。
効率と数値を何よりも愛する彼にとって、この指輪は喉から手が出るほど欲しい。いや、欲しすぎる。
だが、友人が初日に叩き出した「奇跡の数値」を、何のリスクもなしに受け取っていいものかという、ほんのわずかな躊躇。
――しかし、数値の誘惑には勝てなかった。
「……もらう。ありがとう」
「素直すぎて逆に気持ち悪!」
「うるさい。気が変わらんうちに装備するわ」
俊一は指輪をひったくるように受け取り、即座に自身の装備スロットへと叩き込んだ。
視界の端で、ステータス画面の物理攻撃力ラインが微動する。
実数値、プラス6。
指輪本来の効果『Lv1(+5)』に加え、完成度120%のボーナスである『基礎値(+1)』が、上乗せされていた。
たったそれだけ。だが、初期ステータスが極端に低いこの段階において、この「6」の重みは絶大だった。
俊一が露骨に口元を緩めているのを見て、タクミがふと、足元に転がされた巨大な毛玉――ラビルの死体へと視線を向けた。
「ていうか……俊一、本当にそれどうしたん。まさか素手で絞め殺したんか?」
「これか。俺もその、狩人の指輪を作ろうと思っとってな」
「おー、そうだったか」
「夜の草原で弓の初実戦をやって、あと角一本で完成するところまで素材を集めたんや。剥ぎ取る時間が惜しかったから、丸ごと持ってきた」
「なるほど、効率の奴隷やな。……なら、これやるわ」
タクミがインベントリの画面をスワイプすると、光と共に、一本の鋭い角が俊一の手元へと転送されてきた。
【システム:ラビルの角を獲得しました】
俊一は、ラビルの角を手に持ったまま少しだけ硬直した。
破格の指輪を貰った直後に、不足していた最後の素材まで提供されてしまった。さすがに、彼の中のささやかな良心が痛む。
だが――欲しい。
「……もらう」
「そこは少しは遠慮せえや!」
「必要やし。素材に罪はない」
「清々しいほどのドケチやな!」
「ありがとナス。恩に着るわ」
俊一は即座に素材一覧を確認した。これで、装備屋で確認した必要数が揃った。
通常版の【狩人の指輪】が、いつでも製作可能な状態になる。
今、自分が指に嵌めている、タクミ作の【完成度120%の指輪】。
そして、システムが提示している【通常の製作予定品】。
その二つのスペック数値を、脳内で横並びにして比較する。
同じレシピ。同じ素材。
なのに、手元にあるものは、明らかに一線を画している。
「……なぁ、タクミ」
「ん?」
「同じ素材やんな、これ」
「せやな。ラビルの角と毛皮や」
「同じ名前の指輪やんな」
「たぶん、システム的にも同一カテゴリやろ」
「……何で、性能が違うんや」
タクミは、大袈裟に両手を広げて肩をすくめてみせた。
「だから言うたやろ。画面に『完成度』って書いとる。それが違うからや」
俊一は返事をせず、もう一度、自身のステータス画面に表示された文字を、穴が空くほど見つめ直した。
【完成度:120%】
その、バグのような数字から目を離すことができない。
同じ素材、同じレシピ。ゲームの前提を揺るがす、プレイヤースキル以外の『差』を明確に生み出すシステム――オリジナルクラフト。
俊一の瞳の奥で、好奇心が爆発した。
「……これ、突き詰めたら、どこまで数値を伸ばせるんや!」




