94.ロイの生い立ち
ロイがセタの部屋に入った後、ミコトとリタはお茶を淹れなおして、暖炉のある部屋で話し込んでいた。
「じゃあ、ロイは2歳まで、ここで暮らしていたんですか?」
ミコトが驚くと、リタは頷いた。
「そうなの。ロイ自身は、そのことを全然覚えていないけどね」
なるほど。
だから、母同然なのか。
「セタは育てやすい子どもだったのだけど、ロイは、何というか、赤ちゃんなのにパワフルでね。レイちゃん1人じゃとても育てられなくて、レイちゃんと私とセタでロイの世話をしていたの」
「そ、そうなんですね…」
パワフルな赤ちゃんロイを見てみたかった。
全然寝なくて、ハイハイのスピードがめちゃくちゃ速いとか?
それは大変そうだ…。
「でもね、セタが7歳の時に、突然グレンさんが来て、大事な話があるからって、セタとロイを第1エラルダ国に連れて行っちゃったの」
リタは目を伏せた。
ミコトは、ここまでの話に、父親が一切出てこなかった事に気づいた。
「あの、それまでグレンさんは、ここには…」
リタは首を横に振った。
「私も、レイちゃんも、グレンさんに会ったのは、顔合わせの日と結婚式の2回だけなのよ」
リタの言葉に、ミコトは愕然とした。
子どもが産まれても、会いに来なかった、という事だ。
リタはミコトの様子を見て、ふふっと笑った。
「誤解しないでね。元々そういう契約の結婚だったの。私もレイちゃんも、家族の事で、ちょっとお金が必要で…。それに、グレンさんは、病気の2番目の奥様をずっと看病していて、とても来れる状態じゃなかったのよ」
ミコトは、うつむいた。
グレンは、2番目の奥様を愛していた。
2番目の奥様は、ずっと病気だったんだ…。
「ああ、それでね、グレンさんが、セタとロイを連れて行った後、ここに帰ってきたのは、ロイだけだったの」
「えっ!?」
リタはニヤッと笑う。
「我が子自慢になっちゃうんだけど、セタは優秀すぎて、2年早く騎士養成所に入所しちゃったのよ」
「すごい! 入所試験、合格したんですね!」
ミコトは10歳で入所試験を受けたが、アレを7歳で合格するなんて、優秀だ。
「まあ、セタの話は置いといて、ロイなんだけどね。帰ってきたら、大人しくなってたのよ」
ミコトはハッとなる。
もしかして、封印は、この時になされたのだろうか。
「私とレイちゃんには、重要な話が何だったのか、ロイが何故大人しくなったのか、知る由もなかったのだけど、その後すぐよね。グレンさんの2番目の奥様が亡くなられて、グレンさんが自害したのは…」
「じ、自害…」
ミコトは息を呑んだ。
ロイの家族はセタ以外いないと聞いていたが、父親はロイが2歳の時に、自害していたのだ。
愛する人がいなくなると、死んでしまうって、自害するってことなのだろうか。
ミコトがいなくなると、ロイは自害をするのだろうか。
いや、でも、セタは聖女がいなくなっても、死んでいない…?
リタはミコトの様子を見て、頭を下げた。
「ごめんない、グレンさんの死因を知ってるものだと…」
ミコトは慌てて、手を横に振った。
「いえ、私も聞きもしなかったので…」
リタは柔らかく笑うと、お茶を一口飲んだ。
「私は、このまま、レイちゃんとロイと3人で暮らしていこうと思っていたんだけど、ちょうどその時に、私にダンサー復帰への話が来てね、あっ、私、ダンサーだったのよ」
ミコトは頷いた。
「ナラ先生から、聞いています。リタさんは、一流のダンサーで、レイさんは、曲芸団の花型スターだったって…」
リタは照れたように笑った。
「レイちゃんは、それを知っちゃってね。私にダンサーを続けてって言って、ロイと2人で出て行ってしまったの」
それで、2歳まで、なのか。
そんな理由なら、レイが出て行った気持ちも理解できる。
「私は、ダンサーに復帰した。セタともレイちゃんとも、手紙のやり取りは続けていたし、手紙を読む限り、ロイも元気に育っているようだったし、何も、本当に何も気にせず、ダンサーをしていたの」
リタの声が沈んでいく。
「そうね、ちょうど、セタが12歳で騎士団の小隊長になったって、そんな手紙を貰った頃だった。レイちゃんが亡くなったって…知らせを…」
リタは嗚咽と共に、顔を手で覆う。
ミコトはうつむいた。
「信じられなくて、だって、レイちゃんは私よりも12歳も年下で、健康で、体力もあって…。亡くなるなんて、意味がわからなかった…」
ミコトは、ロイの母親は心労で亡くなった、とカイルから聞いていたが、そうではないのだろうか。
「死因は心労って聞かされたけど、それも信じられなくて…。私は今度こそはロイを引き取ろうと思ったの。でもセタがね、養成所に入れるって、連れて行ったのよ。ロイは8歳だったし、セタも7歳で入所しているし、まあそれはそうかって、納得したけどね」
リタは涙で濡れた顔を上げて、アハハと笑う。
ミコトも溢れだした涙を袖で拭って、笑った。
ロイは、母親が何故亡くなったのか、知っているのだろうか。
きっと、その場にいたのは、ロイだったはず。
いや、8歳の子どもに、それは無理か…。
「ご、ごめんね。湿っぽくなっちゃったわね」
リタは涙を袖で拭って謝った。
「いえ、そんな、あの、でも、セタさんはすごいですね。12歳で小隊長になったなんて…。普通養成所は13歳で卒所で、その後も1年は見習いなんですよ」
ミコトは咄嗟に、セタの話を持ち出した。
「そ、そうなの。再び我が子自慢だけど、11歳で実技も座学もトップで卒所したの。それで、15歳で副騎士団長になったのよ。ビックリよねー」
リタはアハハと笑ったが、これは、笑い事ではない、とミコトは思った。
ミコトもダブルトップ卒所だったらしいが、11歳で卒所したセタとはまるで次元が違う。
リントが成績詐称してくれて、本当に良かった。
「だからね、セタの事は全く心配してなかったのよ。まさか、こんな風になるなんて、ね」
リタは弱々しく笑った。
「あの、セタさんの病気は、お医者さまでは治せないのですか…?」
ミコトは、意を決して、聞いてみた。
ミコトに医学の知識がないせいもあるが、5年も経っているのに、心の病気で立てないなんて、納得できない。
「医者は今でも、週1回きてくれるのよ。全て、第1エラルダからの手配でね。でも、セタの病状については、全然分からないらしいの。最近は、古代魔法でもあれば、なんて話しているくらいよ」
ミコトの手が、ピクッと動く。
「こ、古代魔法…」
リタはふふっと笑う。
「何でも、古代魔法には、治癒魔法があったんですって」
「そ、そうなんですね…」
「いやあね、楽しい話をしましょう。今度はロイとミコトちゃんの馴れ初めでも聞かせて?」
ミコトがうつむいていたからか、リタは切り替えるように笑顔になった。
馴れ初めなんて、放っておかれた話しかない、と思ったが、旦那様のお母様に、悪口を言う国家特別人物の妻なんて、言語道断だ。
ミコトは当たり障りのない、ロイとの思い出をリタに話すことにした。




