87.聖女の絵
キダンがヤトラを連れて国立宿泊所の部屋に戻ってきた時、部屋にはリントしかいなかった。
リントとヤトラは互いに会釈をする。
「あれ、ロイ君は隣の部屋?」
キダンの質問に、リントは曖昧な表情を浮かべた。
「おそらく? でも行かない方がいいですよ」
キダンは全てを理解したように頷いた。
「そういう事ねー」
ヤトラも何かを理解したようだが、首を傾げている。
「勝手な噂なんですけど、第1の国家特別人物夫妻は仲が悪いって…」
リントとキダンは顔を見合わせる。
「悪いですね」
「悪いよ」
2人が同時に答えるので、ヤトラは「そんなに!?」と驚いた。
「あんなにカッコいい方でも、上手くいかない事があるんですね…」
キダンとリントは、完全に信じ込むヤトラに少し罰が悪くなった。
「あー、ヤトラ君、もう行こうか? リント君、ロイ君に、基本来なくていいけど、もし気になるようだったら、来てって伝えてくれる?」
キダンはロイの勘で動いていいと言っているようだ。
「分かりました」
キダンとヤトラが部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からロイが出てきた。
その後に続いてミコトも出てくる。
タイミング悪い、とキダンは思ったが、何事もないように、ロイに手を振った。
「ロイ君、僕たち行ってくるね!」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
ロイはヤトラに会釈をする。
ミコトはそれを見て、この人か、と思い、ヤトラに会釈をした。
ヤトラはミコトを見ると、立ち止まって凝視した。
キダンは、好みだったかぁ、と溜息をついた。
「ヤトラ君、行こうか?」
キダンはヤトラの背中を押したが、ヤトラは動かない。
「聖女…」
ヤトラはポツリと呟く。
「ヤ、ヤトラ君、この子は聖女じゃなくて、ロイ君の奥さんだよー」
キダンは背中を押しながら、答える。
ヤトラはハッと我にかえる。
「え、あ! すみません。ロイさんの奥様を不躾に見ちゃって! 我が家にある聖女の絵の女性に似てたもので…」
ヤトラはぺこぺこと頭を下げる。
「聖女の、絵?」
ロイは聞き返す。
ヤトラは「はい」と笑顔で答える。
「なんでも、私の先祖が初代聖女を描いたものらしいんですよ。あまりに綺麗な絵なので、我が家では大事にしているんです」
ヤトラの言葉に、ロイは愕然とした。
ミコトは笑顔になる。
「そんな素敵な絵に似てるなんて嬉しいです」
ヤトラはミコトを見て、ポーッと赤くなる。
「その絵、見てみたいなぁ! ね、ロイ君!」
キダンは素早く、文字通り、ヤトラとミコトの間に入った。
「あ、そうですね。見たい、です」
ロイはハッとした表情で頷いた。
「興味を持ってもらえて嬉しいです! 良かったら、まだ時間も早いですし、ちょうど通り道なので、我が家に見にきますか?」
ヤトラの提案にキダンは大きく頷いた。
「行く行く! ロイ君も、行くよね?」
ロイも頷く。
ミコトは、初代聖女の絵に俄然興味が湧いていた。
「私も…」
「ミコトは、来なくていいから、マリーたちと待ってて」
ロイはピシャリとミコトに言う。
「え、でも…」
初代聖女は黒髪だったというし、もしかしたら日本人かもしれないのだ。
見てみたい気持ちが強い。
「絵を見たら、そのままキダンさんたちとお店に行くから、だから、ついて来ないで」
ロイの言葉に、ミコトはショックを受けた。
お店って、今朝言っていた、カラスだ。
確かにミコトは、女性とお酒を飲むお店に行っても怒らないと言った。
でも、カラスはミコトの想像より、もう少しエッチなお店だった。
しかも他人のいる前で、こんなにハッキリ、そのお店に行くからついて来るなと言われる妻って…。
「ちょ、ちょっとロイ君!」
キダンとヤトラは、ロイとミコトを見て、オロオロとしている。
ロイはしまったという顔をした。
「あ、ごめ…」
ロイはミコトの肩に手を置こうとする。
ミコトはその手を左手でパシッと叩いた。
「いってらっしゃい!」
ミコトはスタスタと歩くと、セイラとマリーの部屋に入り、バタンとドアを閉めた。
「あーあ…」
キダンは大きな溜息をついた。
「本当に仲悪い…」
ヤトラは小声で呟いた。
ロイは叩かれた手をぼんやり見つめていた。
どうしていつも、こうなってしまうのだろう。
これでは、他の女の子と遊ぶから、来るなと言ったも同然である。
そんな気は全くないのに。
ロイはただ、ミコトに似ているという、初代聖女の絵を、ミコトに見せたくなかっただけなのだ。
ミコトが何か大きな力に巻き込まれそうで、それが怖かったのだ。
「うう…キダンさん…」
「な、泣かないでよー! わかった! 今日は一緒に飲もう! ね?」
キダンはロイの背中をさすった。
ヤトラは、国家特別人物で騎士団長で見目が良くても、泣くのだなぁと思っていた。
ヤトラの家は、国立宿泊所とカラスのちょうど間くらいの位置にある、2階建の家だった。
ロイが先日購入した家の4分の1くらいの大きさである。
ヤトラは両親と3人暮らしだが、両親は外出していて不在だった。
ヤトラは、早速、初代聖女の絵を何枚か出してきた。
「1枚じゃないんだね」
キダンが言うと、ヤトラは頷いた。
「私の先祖は絵描きだったんです。他の絵もたくさんありますが、聖女が描かれているのは、この5枚ですね」
ロイも5枚の絵に目を落とす。
1〜3枚は、景色と共に聖女らしき女性が描かれている。
絵は白黒のため、正直、ミコトに似ているかどうかよくわからないし、髪色もわからない。
4枚目の絵は男性と聖女が並んで立っている絵だ。
全体像のため、これも似ているかわからないが、男性とは恋人同士かもしれないと思わせる距離感ではある。
問題は5枚目だ。
聖女がアップで描かれている。
見たこともない衣装を着て、髪を結い上げて、微笑んでいる。
「ミコト…」
ロイは呟いていた。
似てるなんてものではない。
聖女の顔の輪郭も、目も、鼻も、口も、ミコトそのものである。
「実は私も久しぶりに見たのですが、こう見ると、そっくりですね」
ヤトラも驚いている。
「ヤトラ君、ちょっと喉乾いちゃったー」
キダンはヤトラにゴメンというポーズをとりながら言う。
「あ! すみません、お茶を淹れてきますね」
ヤトラはパタパタと部屋を出ていく。
キダンは、紙とペンを取り出すと、5枚目の絵をサラサラと写しだした。
「上手いですね」
ロイはキダンの絵を見て、感心した。
「まぁねー。僕、器用なんだよ」
文書の偽造も得意だったし、自画自賛も納得である。
「ロイ君は不器用だよねー」
キダンは絵を細かい所まで写しながら、呟く。
「まぁ、確かに絵は描けませんが…」
「そうじゃなくて、コレさ、もうミコトちゃんに何も話さずに守れる段階じゃなくない?」
ロイは黙って下を向いた。
「あんな風に言って、ケンカばかりしていたら、守れるものも守れないよ」
キダンは描き写した5枚目の絵をロイに渡す。
「守れなかったら、二度と戻って来ないんだよ。
ロイ君には、僕みたいに後悔して欲しくない」
ロイは絵を受け取って、頷いた。
キダンは手をしっしというように振る。
「キダンさん、すみません。ありがとうございます」
ロイは頭を下げて、部屋を出ていった。
お茶を持って戻ってきたヤトラは、ロイの姿がないので辺りを見回す。
「ロイ君ね、奥さんに謝りに行くって」
キダンが呆れたように言うと、ヤトラはホッとしたように笑った。
「良かったです。奥様を怒らせてまで、お店に行く必要ありませんものね」
ヤトラの言葉にキダンはウンウンと頷く。
「僕たちは、独り身だもんねー」
ヤトラが絵を片付け始めたので、キダンは「あのさ」と言った。
「ロイ君の奥さんが初代聖女に似てることは…」
「はい。誰にも言いません」
ヤトラの真っ直ぐな目に、キダンも真面目な表情で頷いた。
「ヤトラ君には、絶対にいい子を見つけたいなぁ」




