84.浮気?
ミコトがベッドの上で目を開けると、目の前のロイと目が合った。
部屋は薄暗いが、至近距離のため、ロイの金髪と青い瞳の整った顔立ちがよく分かる。
でも、おかしい。
昨夜はマリーとリントを残して、セイラと一緒に寝たはずである。
もしかしたら、都合の良い夢かもしれない。
「ミコト、起きた?」
ロイの声がミコトの耳に心地よく響く。
「ううん…起きてない…」
ミコトのまさかの回答に、ロイはふっと笑う。
やっぱり夢だ、とミコトは納得していた。
一緒に夜を過ごしても、朝目覚めると、ロイは隣にはいない。
寝なくて平気だからなんだろうけど、ミコトはロイの寝顔を見た事がない。
それに、ロイから、甘い香水の香りがする。
ウミノとネルもつけていた、今、女性に人気の香水だ。
なんと今日の夢は、旦那様浮気バージョンである。
でも甘いな、とミコトはふふふと笑う。
ミコトは国家特別人物の妻である。
浮気に口を出す権利はないのだ。
黙って気付かないフリを…。
と、本気だったらどうなんだ? とハッとなる。
ロイの父親であるグレンも、2番目の妻を愛していたと聞いている。
1番目の妻に、いつまでも本気とは限らない。
そうなると、カーサの気持ちも理解できる。
リオの気持ちは2番目か3番目にあるのに(勝手な想像)、1番目というだけで、面倒な公務だけこなさなくてはならないなんて、ミコトに意地悪くらいしたくもなるだろう。
ミコトだったら、先日の懇親会やお茶会、昨日の会食なんて、ロイが他の女性に夢中だとしたら、とてもやってられない。
そのロイに愛されている2番目の女性がやればいいのだ。
毎月の金貨30枚なんて要らないし、騎士団で顔を合わせるのもツライから、潔く離婚して、冒険者でもやって、何とか生活していこう。
ミコトはウンウンと頷く。
「ミコト、起きてるよね?」
ミコトの表情がくるくると変わるので、ロイは苦笑しながら、ミコトの頬を触った。
ミコトはそのロイの手を、左手で掴む。
「ロイ、安心して? 私、潔く、いなくなるから」
ロイの顔がみるみる青ざめる。
「え、何で、そんな…、いなくなるって…?」
ロイの頭の中は大混乱である。
先程まで、ミコトの寝顔を見ながら幸せに浸っていたのに、突然いなくなる宣言をされたのだ。
「だって、女性の香水の香りがする…」
ロイはベッドから、ガバッと起き上がった。
昨夜、女性との接触は殆どなかったのに、残り香があるということなのか、とロイはさらに混乱した。
ミコトはロイの慌てぶりに、むしろ驚いていた。
「え、ほんとに? あれ? コレ、本当の事?」
ミコトも起き上がって、大混乱である。
そもそも、何故ロイと一緒に寝ていたのか分からない。
「浮気が現実?」
ミコトの呟きに、ロイは慌てて「違う!」と言う。
「え、まさか、本気?」
ミコトの言葉に、ロイは「うわぁ!」と叫ぶ。
「待った! ちょっと、キダンさんを呼ぶから! 本当に、全然違うんだけど、今までの経験上、2人で話すとすれ違うから!」
ロイはあり得ないスピードで部屋を出ていく。
残されたミコトは、呆然とした。
「その慌てぶりじゃ、疑っちゃうよ…」
時間は午前5時。
リントとキダンの部屋に、打ち合わせのため、全員が集まった。
ロイ以外の全員が、かなり不機嫌である。
「聖女のお祈りとパレードの前に、打ち合わせをって思ってたけど、何でこんなに早いのー?」
キダンは大欠伸をする。
「昨夜、寝てるミコトを無理矢理部屋に連れて行った結果が、コレですか…」
リントも眠そうに欠伸をする。
どうやら、事の顛末はこうである。
昨夜、調査から帰ってきたロイは、セイラに部屋に入れてもらえなくて困っているリントとマリーに会った。
この時点で夜12時頃で、ミコトはすでにセイラとマリーの部屋で眠っていた。
ロイがセイラとマリーの部屋の鍵を開け、これじゃベッド狭いよねとばかりに、眠っているミコトをロイの部屋に連れて行った。
セイラは激怒していたが、それ以上に、ロイはミコトと一緒にいたかったのだ。
マリーとリントは呆れながらも、各々の部屋で眠った。
その後キダンが調査から帰ってきて、リントの部屋で眠った。
「それで、ロイと寝てたんだね」
ミコトは納得して頷いた。
「聖女がギャーギャー騒いでいたのに、ちっとも起きないの、すごいわー」
リントは呆れ顔でミコトに言う。
ちなみに、セイラは打ち合わせの場にいるが、ベッドでぐっすり眠っている。
「それで? 何をすれ違ってるの?」
マリーも目を擦りながら、ロイとミコトを見る。
「ロイから、香水の香りが…」
ミコトが説明をしようとすると、キダンは「あ、もう分かった」と言った。
「ロイ君、ああいうお店の香りって、少しいるだけで、結構ついちゃうんだよ。風呂にも入らずミコトちゃんに会っちゃダメだよー」
ロイは愕然とする。
「先に教えておいて下さいよ…」
「俺、昨夜ロイさんに、風呂入ってからの方がいいって言いましたよ」
リントが挙手をして言うと、マリーも頷いている。
ロイは顔を両手で覆った。
「もっと、具体的に言って欲しかった…」
ミコトは、なるほど、と頷いた。
調査に行ったお店は、普通の飲み屋ではなく、女性とお酒を飲むお店だったのだ。
「ロイってば、そういうお店に行ったくらいで怒らないよー。私のパパも付き合いで行ってたよ?」
ミコトが笑顔で言うと、キダンは「ミコトちゃん、寛大だねー」と言う。
「そうなの?」
ロイがホッとした表情を浮かべる。
「うん。ママに怒られてたけど」
「怒られてるじゃん…」
ロイはガクッと肩をおとす。
ミコトはアハハと笑う。
「ママはパパより7歳上だったの。普段から、そんな感じだったんだよ」
ミコトの言葉に、キダンは喜んだ。
「ミコトちゃんのパパとは気が合いそうだなぁ! やっぱり、年上だよね。昨夜のチェコさんも素敵だったんだよー」
それに同意していいものか、年下妻のミコトとしては微妙である。
ロイは顔を上げた。
「そう、そのチェコさん、黒髪でしたよね」
黒髪というワードに、全員がミコトを見る。
ミコト以外にも、黒髪の女性がいたようだ。
「んー、本人は、父親が黒髪だったからって言ってたけどね。でもよく見ると、ミコトちゃんよりは黒くないっていうか…」
キダンの言葉に、ミコトは頷いた。
「黒でも、いろいろありますよね。私の髪って、カラスみたいに黒い…」
ロイとキダンはミコトの言葉を遮るように、突然立ち上がった。
「ミコト、カラスって、俺、店名言ってないよね!?」
「ミコトちゃん、カラスって、どういうこと!?」
ミコトは、2人の反応に驚いて目を瞬きした。
マリーとリントも2人の反応に驚いているようだ。
「え、えーと、あれ? カラスって、この世界にいないんだっけ?」
そういえば、見た事ないかも?
というか、カラスなんて、気にする存在でもなかった。
ミコト以外の全員が、微妙な顔で頷く。
「カラスって、私とセイラがいた世界にいる、真っ黒な鳥で、別に珍しくもなくて、その辺にいっぱいいて…」
キダンは「黒い、鳥…」と呟く。
ミコトは、闇組織の名前が、「黒鳥」だという事を思い出した。
「あの、闇組織の名前や、地図の鳥の絵が、カラスみたいだなぁって最初から思ってたんですけど、言うほどでもなかったので…」
キダンは頭を掻いて、溜息をつく。
怒っているのだろうか。
ミコトが下を向くと、ロイはミコトの肩を優しく抱き寄せた。
「大丈夫だよ。カラスの特徴を教えて?」
ミコトは頷いて、両手を腰幅くらいに広げた。
「大きさはこれくらいで、真っ黒で、カーカーって鳴いて、ゴミをよく漁っていて、鳥の中でも頭がいいって聞いた事がある。記憶力がいいんだって」
リントとマリーが「記憶力がいい?」と言って、ロイを見る。
「俺を見なくていいから…」
ミコトはふふっと笑った。
「あ、あとね、カラスは光る物が好きで、集めるんだよ」
ミコトの言葉に、キダンは顔を上げる。
「光る物? 集めてどうするの?」
キダンの質問に、ミコトは昔見た、カラスを特集しているテレビ番組を思い出した。
「そういう遊び? であんまり意味はないって…」
ダァンッとキダンが壁を叩く。
ミコトは体をビクッと硬直させた。
「キダンさん!」
ロイの叱責に、キダンはハッと表情を変えた。
「あ、ごめん、ミコトちゃんに怒った訳じゃなくて…」
「だ、大丈夫です…」
ミコトは何とか大丈夫と言ったものの、体がカタカタと震えていた。
怖い。
やっぱり、男の人は怖い。
ロイはミコトを抱きしめる。
「あの、とりあえず、昨夜の調査の内容を教えてください。情報を整理しましょう」
リントは見かねてロイとキダンの間に入る。
ロイとキダンは頷いて、昨夜の事をお互い話し始めたのだった。




