83.飲み屋の調査
「キダンさん、これは、普通の飲み屋じゃありません!」
ロイは、地図の場所にある、「普通の飲み屋」に入るなり、キダンに掴みかかった。
「だってぇ、あの場では、とても言えないじゃん?」
シャツの胸元を掴まれたキダンは、ロイから目を逸らす。
100㎡くらいもある、広々とした店内は、カウンターもあるが、各々、パーテンションで区切られたテーブル席がある。
席数も多いが、店員の女性も多い。
女性店員は全員、露出の高い服を着ている。
店の奥には、ドアがいくつかあり、おそらく、そういう事をする個室があると思われる。
「俺、帰ります…」
こんな店に行ったことがミコトにバレたら、いろいろアウトである。
「待った! コレ、調査だからね!」
キダンが引き止めると同時に、店の女の子たちが、わらわらと寄ってきた。
「お兄さんたち、初めてですかー?」
「わ! お兄さん、すごいイケメンさん! ぜひアタシと飲みましょうよ!」
「こちらは渋いお兄さんですね! お二人ご案内でーす!」
ロイの顔は青ざめ、キダンはニッコリ笑った。
「いやー、みんな可愛いね! 美味しいお酒が飲めそうだなぁ!」
キダンは慣れているらしい。
さっさと案内されている。
「ご気分が悪いですかぁ?」
胸が大きく開いた服を着た20歳くらいの女性がロイの腕に手を回してくる。
ロイは腕をスルッと抜いて、「大丈夫です」と答え、キダンの後を追った。
案内された席に、ロイとキダンは座り、隣に2人ずつ女性が座る。
女性が同席していて、調査ができる訳がない。
「あの、2人で話があるので、店員の方は、とりあえず、外してもらえますか?」
ロイが言うと、女性たちは、残念そうに席を立った。
「後で絶対呼んで下さいねー」
キダンは「もちろん!」と言って、女性たちに手を振っている。
女性がいなくなると、ロイは、ハァーと溜息をついた。
「ロイくーん、ちょっと遊んでも、バチは当たらないよ?」
ロイは首を横に振る。
「ロイ君って、浮気公認でしょ? ミコトちゃんも国家特別人物の妻教育を受けてるんだから、何にも言わないと思うよー?」
ロイはテーブルをバンと叩く。
「そういう事じゃないんです。妻教育を受けているからこそ、なんですよ?」
お酒を運んできた女性が、ただ事ではない雰囲気に、お酒をテーブルに置くと、さっさと出て行く。
キダンはお酒を一口飲んで、「どゆこと?」と言う。
「ミコトは素直だから、あの教育を真に受けてるんです。しかも、我慢する性格で恐ろしいまでの判断力と行動力なんですよ? 俺が他の女性となんてなったら…」
ロイは頭を抱える。
キダンは「なったら?」と首を傾げる。
「潔く、俺の前からいなくなります!」
「あー、そういう事、ね」
ロイは頭を抱えたまま、唸った。
「ミコトがいなくなったら、俺、生きていけないんですよ!」
「で、でもロイ君は、居場所分かるでしょ? 追いかければいいだけじゃないの?」
ロイは顔を上げて、キダンを見た。
「甘いですよ、キダンさん。この間、追いかけて腕を捕まえたら、アッサリ外されたんですよ? ミコトはどんな技を持っているか、見当がつかないんですよ!」
「え、ええー!?」
「そのうち、俺の察知能力からも、逃れるんじゃないかと…」
ロイの表情がさらに青ざめている。
「わ、分かった、分かったよー! もう遊べって言わないから、調査しよ? ね?」
キダンはロイの背中をさすった。
何だかもう、面倒くさい。
「えーと、とりあえず、店員から話を聞く事と、ここ、2階があるんだけど、2階は店舗じゃないんだ。だから、2階の調査…」
「俺、2階に忍びこみます。キダンさんは店員の方で」
キダンは「即決かぁ!」と言う。
「まあいいよ。このお店、若い子が多いから、あんまり気乗りしないんだけど…」
キダンはそう言うと、席から身を乗り出して、女性を呼ぶ。
先程、ロイに腕を絡めてきた女性が笑顔でやってくる。
「ごめんねー、君もすっごく可愛いんだけど、僕、年上が好きなんだよ。このお店で、1番年上の女性を呼んで欲しいなぁ」
女性は「はぁい」と言うと、チラリとロイを見る。
ロイは気分が悪いフリをして、目を逸らす。
女性は諦めたように、去っていく。
「ロイ君、モテるのに…」
キダンは残念そうに呟く。
ロイは「モテてないんですよ」と言う。
「俺、無駄に勘が良くて、女性の打算的なのすぐ分かってダメなんです」
キダンは首を傾げる。
「勘がいいのは知ってるよ。女性にも働くんだ? ミコトちゃんとよくすれ違ってるから、女性には働かないのかと思ってた」
「何故か、ミコトには、働かないんです…」
ロイは顔を覆って、うなだれた。
キダンは、本当に面倒くさい、と溜息をつく。
すると、先程の女性に連れられ、50歳くらいの細身の女性がやってきた。
キダンとロイは目を見張った。
女性の髪の色が、黒いのである。
「う、わ、超好み…」
キダンの声がうわずっている。
それもそのはず、女性は、黒髪のショートヘア、切れ長の濃いグレーの瞳、白い肌、露出の少ない黒のタイトワンピースに黒のヒール、唯一、アクセサリーに白の真珠のネックレスという、とにかく、品がある、美人だからだ。
「こちらのお客様? 1番年上の女性をご所望なのは」
女性は存外低い声で言う。
キダンは、ピシッと起立する。
「コランっていいます。あなたのお名前は?」
コランの名前を名乗った! とロイは驚く。
「私はチェコよ。本当は、もう裏方なの。あなたより年上って、私しかいなくて…」
キダンはニッコリ笑う。
「僕は今日あなたに会うために生まれてきたのだと気づきましたよ」
何言ってるんだ、この人は! とロイは再び驚く。
チェコはふふっと笑うと、ロイを見た。
「こちらのお兄さんは?」
「このお兄さんは、体調が悪いから、もう帰るそうです! ね?」
ロイが答える前に、キダンが答える。
確かに、2階の調査は、外から行くつもりだったが、これは、邪魔だから帰れということかもしれない。
黒髪が気になるが、後はキダンに任せた方がいいだろう。
「すみません、飲める体調ではなかったようで、帰りますね」
ロイは2人に会釈すると、席を立った。
チェコを連れてきた女性が隣を歩き、出口まで送ってくれたが、社交辞令的なものだった。
やはり、一銭も落とさない客なんて、何の価値もないのだろう。
ロイは帰るフリをして少し歩き、物陰に隠れて気配を消した。
第2の諜報をしていた時に、気配遮断はよく使ったなとロイは思っていた。
「普通の飲み屋」改め、「女性と楽しめる飲み屋カラス」の2階に潜入して、ロイは、しまった、と思っていた。
2階の広さが、どう見ても1階より狭いのだ。
しかし、どう調べても、壁があるばかりで、これ以上の部屋が見当たらない。
どうやら、1階からしか行けない部屋があるようだ。
そして、ロイが調べた2階の他の部屋は、従業員用の仮眠スペースや、食事スペースといった、何でもない部屋だった。
1階の店舗は、店員やお客で人が溢れている。
もう一度お客のフリをするのも、体調不良で帰った経緯を考えると、不自然だ。
そもそも、お客で行くのは、もう避けたい。
仕方ない。
今夜は諦めて、キダンの情報を待とう。
ロイは外に出て、先程の物陰に入って、ふう、と息を吐いた。
キダン、は待たなくてもいいだろう。
あのチェコという女性に入れ込みすぎなければいいが…。
ロイは無性にミコトに会いたくなり、国立宿泊所まで、小走りで帰った。
キダンは、さすがにこれ以上は飲めない、とグラスを置いた。
「チェコさん、めちゃくちゃお酒強いねー」
顔色の全く変わらないチェコは、うふふと微笑む。
「コランさんも、お強いですよ?」
「いやいや…、これ以上は、醜態を晒しちゃうなぁ」
キダンは、テーブルに片肘をつき、頬杖をついて、チェコを見つめる。
「綺麗な黒髪だね…。僕、黒髪の女性って初めてかも…」
チェコは「そう?」と言いながら、お酒のボトルの口を閉める。
「私の父が黒髪だったから、遺伝かしらね」
「そうなんだねぇ…」
だとしたら、黒髪の女性は、もっと多いはずである。
でも、これ以上の髪色の話題は不自然だ。
キダンはお店を見回した。
「いいお店だね。女の子たちに、無理をさせていない」
チェコもお店を見回す。
「女の子たちは、私たちの大事な娘なの」
私たち、か。
キダンは目を伏せる。
「明日、チェコさんはいる? 別の男の子誘うから、また来てもいい?」
チェコはニッコリと笑う。
「ぜひ、いらしてくださいな。お待ちしていますね」
これは、完璧な営業スマイルである。
キダンは少し残念に思いつつ、席を立った。
チェコも席を立ち、キダンの腕に手を回す。
「本当に、いらして下さいね」
これは、完璧な営業だろうか?
騙されてみたくなる。
「本当に、明日も来ますね…」
キダンは、義理や調査を横にやり、本気で答えていた。




