80.会食に向けて
マリーとリントとキダンが、目的の店の前に着いた時には、すでに、ミコトとセイラを抱えたロイが店前に着いていた。
「マリーたち、おっそーい!」
セイラは上機嫌で手を振る。
「街を一周回って、俺たちより早いって…」
もう何に驚いていいかよく分からず、3人は肩を落とした。
「楽しかった?」
マリーの質問に、セイラは「うん!」と答える。
「めちゃくちゃ速いの! 景色がビューンって! マリーも帰りに乗っていこうよ!」
「わ、私は遠慮しておくわ(恥ずかしい)」
マリーは放心しているミコトを見る。
「ミコトは? 楽しかったの?」
マリーの声に、ミコトはハッとなり、小さく頷いた。
そう、不覚にも、とても楽しかったのだ。
地球の、遊園地の、ジェットコースターみたいだった。
でも、これって、旦那様を乗り物扱いだ。
「た、楽しかったけど、ロイは乗り物じゃないっていうか…」
ロイはセイラを抱えたミコトをそっと下ろした。
「ミコトが楽しかったのなら、いいよ」
「そうだよ、ミコちゃん、いいんだよ!」
ロイの言葉に被せるように、セイラも言う。
「な、なんか2人、仲いい?」
いや、仲良いのなら、それはいい事なんだけど、とミコトは思いながらも、混乱した。
「仲は良くないけど、目的が似てるからねー」
セイラの言葉に、ロイは曖昧に頷いている。
「ほらほら、時間があまりないから、中に入るよー」
キダンが店のドアを開けながら、こちらを手招きしている。
ミコトはセイラを下ろし、混乱したまま、店内に入った。
「ユーリさん、お久しぶりですー!」
店内に入ると、キダンは50歳くらいの青い髪の女性に声をかけた。
ユーリと呼ばれた女性は、キダンを見ると、嫌そうな顔をした。
「うっわ…。今日は厄日だね…」
「アハハ、そう邪険にしないでくださいよー」
ミコトは、店内を見回した。
聖女の部屋程の大きさの店内は、向かって右半分に服やアクセサリーが置いてあり、左半分は鏡と椅子が3セット並んでいる。
美容院に、ショップが併設されているイメージだ。
ユーリの他には、30歳くらいの茶髪の女性店員がいる。
キダンはユーリに何か説明をしている。
ユーリはミコトに目を向けて、「本当に、女の子で黒髪ね」と言った。
やはり黒髪の女性は珍しいのだろうか。
ミコトはペコリと会釈した。
ユーリはミコトの前まで歩いてきて、ミコトを覗き込んだ。
「瞳も吸い込まれそうなくらいの黒ね。これは、下手に明るい髪色にしたら逆に目立つよ」
ミコトはユーリの青い髪を見ながら、青の方が珍しいと思っていた。
「ああ、この青? これは、染めてるの」
ミコトの視線に気づき、ユーリは自分の髪を指差した。
染める技術があるのかと、ミコトが感心していると、ユーリは笑った。
「キダンの連れにしては、いい子そうじゃないの。イケメンも2人いるし、頼まれてあげるよ」
「あれー、僕はイケメンに入ってない?」
ユーリは、キダンを完全に無視し、マリーとセイラをもう1人の女性店員に任せ、ミコトを美容院側の椅子に座らせ、ロイとリントとキダンを待合のベンチに座らせた。
「染めるより、被せるタイプのウィッグがいいと思う。ウィッグが被りやすいように、少し切るね」
ユーリの提案に、ミコトは「はい」と答える。
ミコトの髪が、ハラハラと床に落ちていく。
「ねえ、ユーリさん。若くて胸の大きい女の子、いないかなぁ」
ミコトは、キダンがとんでもない事を言い出したと思い、ロイとリントは、あの話か、と思った。
「へぇ、好みが年下に変わったの?」
ユーリはミコトの髪をカットしながら、キダンを見ずに言う。
「僕じゃなくて、知り合いに紹介する約束しちゃってさ。好みを聞いたら、若くて、胸の大きい女の子って」
ユーリはミコトの肩に手を置いて「この子?」と言った。
「いやいや、ミコトちゃんは、ロイ君の奥さんだから、ダメなんだよー」
キダンは慌てて否定する。
「こんなに若いのに、人妻なんだね。あれ? ロイ君って…」
ユーリが考えこむと、キダンは得意気にロイの肩に手を置いた。
「第1の国家特別人物で騎士団長のロイ君!」
ユーリは「えー!」と驚く。
「なるほど、イケメンだと思ったよ! 噂通りだね」
ロイは「どうも」と苦笑する。
「でも私は、隣の可愛い子の方が好みだね」
ユーリに言われたリントも、「どうも」と答える。
「僕はー?」
キダンの言葉に、ユーリは「論外」と答える。
「相変わらず、つれないなぁ。ずっと口説いてるんだけどね」
そういう仲なのか。
ミコトがユーリを鏡越しに見ると、ユーリは嫌そうな顔をしている。
「いい加減、人妻にそういう事を言うのは、やめなよ。大体、あの子、娘さんでしょう?」
マリーとキダンは髪色が同じなので、親子と分かりやすい。
マリーとセイラは着替えのため別室にいるので、この会話は聞こえていないだろう。
「よく分かったねー。僕に似て…」
「アンタには似てない。ルリさんにそっくりだよ」
キダンは下を向いて「あー、そうだね…」と呟く。
「ルリ、さん?」
ミコトはどこかで聞いた事がある名前だと思い、思わず復唱した。
ユーリはニッコリ笑う。
「私の美容学校の先輩でね。とても綺麗な人だったんだ。もう、亡くなられたけど…」
「そう、なんですね」
ミコトは安易にきいてしまった、と後悔した。
マリーとはもう5年一緒に過ごしているが、お互い家族の話をしたことがない。
マリーのお母さんは、亡くなられていたのだ。
鏡越しに、ロイとリントもうつむいているのが見える。
「ミコトちゃんは、ロイさんのお嫁さんってことなら、結婚式はウミノとネルがヘアメイクしたんだろう?」
ユーリの言葉に、ミコトは顔を上げた。
「そ、そうです! え、ウミノさんとネルさんを知ってるんですか?」
ユーリはアハハと笑う。
「あの2人は、私の弟子なんだよ。どう? うまくやっていた?」
ミコトはコクコクと頷いた。
「すごく、綺麗にしてくれたんです! もう、変装レベルで!」
実際、第4の代表のワカには、同一人物と思われなかった。
「変装って…」
ユーリは苦笑すると、真面目な顔をした。
「メイクはあくまでメイクで、変装じゃないんだよ。メイクで綺麗になったとしても、それはミコトちゃんなんだ。メイクは、綺麗な少し先の自分に追いつく行為だと私は思ってるよ」
「自分に、追いつく…」
「そう。こんな自分になりたいを先に作って、追いついていくんだ」
ミコトはゆっくり頷いた。
あの結婚式のミコトは、別人だから無理、ではなく、追いつくようにする、という事か。
ユーリは店内の棚から、ウィッグを2種類取り出した。
一つは濃いブルーグレーのストレートで、もう一つは濃い茶色のふんわりカールだ。
どうせウィッグを被るのなら、ロイのような金髪かマリーのような銀髪が良かったが、瞳の色が黒だと違和感が出てしまうのだろう。
さすがにカラーコンタクトはないだろうし、仕方ない。
ユーリは二つを順番にミコトに被せ、どう? と何故かロイにきいた。
ミコトは、ロイにきいても、特に反応は同じだろうなぁと思ったが、ロイは首を傾げた。
「俺は、黒髪がいいな」
ロイがキッパリと言うので、リントとキダンはガクッとなる。
「ロイさん、趣旨分かってますか? 黒髪だと目立つから、変えようって話なんですよ?」
リントの言葉に、キダンも頷く。
「でも、どっちも前髪が長くて、目があんまり見えないし、いつもの方が好きなんだけど…」
「だからぁ、目を隠す趣旨もあるんだってば!」
キダンも呆れたように言う。
ユーリはくっくっと笑っている。
相変わらずの天然素直イケメンぶりに、ミコトは赤面した。
「ウィッグなんだから、2人の時は外せばいいんだよ。どちらが、不自然じゃないか、くらいで選んでもらえば」
ユーリがそう言ったその時、別室のドアが開き、セイラとマリーが出てきた。
セイラはエメラルドグリーンのふわふわとしたワンピース、マリーはパープルのタイトなロングドレスに着替えている。
綺麗すぎる2人は、異国のお姫様みたいだ。
「セイラ、マリー、すごく綺麗!」
ミコトは思わず拍手をする。
「ダメ! 綺麗すぎる!」
リントは席を立って叫ぶ。
「このマリーをあのオッサンに見せるの? ダメに決まってるでしょう!」
ミコトも手を上げる。
「私もリントに賛成! こんな綺麗な2人は、あのオッサンには勿体無い!」
ミコトとリントは目を合わせて頷いた。
キダンはベンチの背にダラっともたれた。
「もうこの人たち、面倒臭いよー」
ユーリはミコトの肩に手を置いた。
「残念だけど、2人はメイクでもっと綺麗にするよ。会食なんだよね。主導権は握っておいて損はないよ」
ユーリはロイを指差した。
「イケメンはもっとイケメンにする」
ロイは「俺も?」と驚いている。
「ミコトちゃんもメイクと服で武装する」
武装? 戦うのならいいのか、とミコトは頷く。
「可愛いイケメン君は、私好みにする!」
リントは「は?」と間の抜けた声を出す。
「キダンは、金を出す!」
キダンは「えー!」と大声を出す。
「この中で1番金持ちなのは、ロイ君だよー!」
「アンタが金を持っていても、女を口説くだけなんだから、たまには有意義な事に使いな」
ユーリの言葉に、マリーが頷いている。
かくして、ミコトたちは完全武装して、会食に臨む事になったのだ。




