8.模擬戦
聖女が召喚されて2日目の午後、第1エラルダ国の中央広場では模擬戦の準備が行われていた。
「何で広場? 騎士団の練習場でいいのに」
ロイは広場の準備を見て、面倒くさそうに言った。
広場には椅子が並べられ、直射日光が当たらないように日除けの布が貼られている。
「聖女が観戦したいとおっしゃっている。練習場では座るところも満足に設置できないのだから、仕方がないだろう」
代表のアレンは淡々と答える。
「え!? 聖女が…」
そう言いかけたところで、ロイはアレンに肘でつつかれた。
「ほら、来たぞ」
白い祈祷用の衣装を着た聖女と騎士養成所の制服を着たミコトが、侍女のマリーに連れられて広場に入ってきた。
(アレンの孫娘のマリーが聖女の侍女なのか)
ロイはアレンをちらっと見た。
「聖女様とミコト様をお連れしました」
マリーは猫を被ったお淑やかな声で言う。
「ご足労いただき、ありがとうございます。こちらが対戦相手の、我が国の副騎士団長、ロイでございます」
アレンはロイを紹介して、先程の様に肘でロイをつつく。
「ロイと申します。本日はよろしくお願い…っ」
ロイは思わず言葉に詰まってしまった。
それも仕方ない。
セイラがロイをものすごい形相で睨んでいるからだ。
(聖女が、すでに、俺をめちゃくちゃ睨んでいるんですけどっ!)
ロイは目線でアレンに助けを求めたが、アレンは無視である。
「ちょっと、セイラってば。あの、今日はよろしくお願いします」
(この人、昨日庇ってくれた人だ)
ミコトは少しホッとして、改めてロイを見た。
ミコトの父の大吾並みの長身で程よく筋肉がついた体、ボサボサとした金髪に青い瞳。
無精髭を生やしてはいるが、顔つきはとても整っている。
この人、間違いなく、イケメンだ!
やっぱり、この世界の人たちは、顔の良い人ばかりなのかもしれない…。
ミコトは心の中で溜息をついた。
「審判を務めます、騎士団長のカイルです」
ミコトとロイと審判のカイルを広場の中央に残して、セイラを含む全員が、急遽作られた観客席に移動した。
セイラはもちろん日除けのある特別席で、セイラの横にはアレンとゼノマが座っている。
マリーはセイラの後ろで立って観戦するようだ。
ロープで簡易的に観客席と試合場が分けられており、観客席の方はたくさんの人が立ち見をしている。
「何でこんなに観客がいるんだよ…」
ロイがボソッと言った言葉に、ミコトも大いに同感している。
こんなにたくさんの人に見られることなんて今までなかったので、正直恥ずかしい。
大勢の観客と、目前の赤くなっているミコトを見て、何とか穏便に素早く終わらせなくては、とロイは思うのだった。
「模擬戦は10分で行いますが、気絶、まいったという宣言、その他審判である私が勝敗を判断した場合、そこで試合は終了とします」
ミコトとロイは頷く。
「試合には、この模擬戦用の木剣を使用します」
カイルは、ナイフよりは長いが、かなり短い木剣をミコトとロイに渡した。
「ちょっと! そんな木の棒でミコちゃんを叩くつもりっ!? ケガするじゃん!」
セイラは特別席から立ち上がり、大声を上げる。
「せ、聖女様、落ち着いて下さい! これは模擬戦ですので!」
「ロイ副騎士団長は手練ですので、ミコト様に怪我などさせませんからっ!」
アレンとゼノマは必死にセイラをなだめている。
(コレ、おそらく何やっても俺は聖女に殺される…)
ロイがなるべく聖女を見ないように努めていた時、ミコトは短い木剣に目を落としていた。
実はミコトは剣術の経験があまりない。
(でも、この木剣、おそらく子ども用だ。私には丁度良いが、この人には扱いにくいはず)
ミコトはロイを見上げる。
(手も脚も長い。子どもだと油断している試合開始直後に間合いに入ることができれば、何とかなるかも…)
ミコトの心臓がバクバクと音を立てている。
楽しみなのか、怖いのか、ミコトにもよく分からない。
「それでは、試合を始めます」
ミコトとロイは、一定距離離れて構えた。
カイルが上げていた手を、一気に下に下ろす。
「始めっ!」
カイルの声と同時に、ミコトは一気に全力で駆け出した。
(間合いに入れたっ!)
もしくはロイが入れてくれたのかもしれないが、どちらでもいい。
(休みなく打ち続ける!)
ミコトは間髪入れずに木剣で攻撃をするが、ロイに全て受けられている。
(離れたら二度と間合いには入れない。休まず打て!)
木剣のカンカンというぶつかり合う音が、ものすごい速さで鳴り響き、観客席からドッと歓声が沸き起こった。
ロイはミコトの打撃を全て受け流しながら、内心驚愕していた。
(速い!)
ロイの予想を遥かに超えている。
3〜4回受け流した後、ミコトの剣を落として終わりにしようと思っていたが、このスピードで打ち続けられては、ケガなく剣を落とすことが難しい。
(いや、少しスピードが落ちてきたか。これなら…!)
ロイが反撃に出ようとした瞬間、ミコトはバッとロイから離れた。
(離れた!? 殺気を感じ取ったのか!?)
(しまった、つい間合いから出ちゃった!)
ミコトは肩で息をしながら、木剣を持っている右手を左手で押さえた。
右手がプルプルと震えている。
(剣を持つための腕の筋力も手の握力も全然足りない…)
加えて体力もない。
スピードを維持できなかった。
(あんなに打ち込んだのに、一回も当てる事が出来なかった。体格差も実力差もありすぎる。こんな時、どうしたらいいの? パパ!)
大吾はミコトにいろいろな格闘技を教えてくれたが、戦うことを推奨していた訳じゃない。
「ミコトは女の子だからな、悪漢や変態の大きな男に襲われたら、まずは大声を出して逃げるんだ。もしどうしても逃げられないなら、攻撃するところは、ここ一択だ。物を投げるか、警察だ! とでも言ってスキをつくり、全力で叩け!」
大吾の声が頭に響いた。
「全力で、叩く」
ミコトは呟いて、ロイに向かって走った。
(来るか? 今度は間合いに入られる前に終わらせる!)
子どもだし、軽くあしらってから…と思ってさっきは間合いに入らせたが、ミコトはかなりの実力者だ。
もう十分だ。
ロイがそう思った時、突然目の前に木剣が飛んできた。
「なっ!?」
慌てて飛んできた木剣を叩き落とす。
(コイツ、木剣を投げやがった! 武器無しでどうするつもり…)
ロイが驚いたほんの少しの間に、ミコトはロイの足元にまできて…。
木剣をロイに投げつけたミコトは、ロイが木剣を叩き落とすスキをついて、間合いに入ることが出来た。
木剣は、マトモに扱えていないのだから、要らない!
(思いっきり殴る! 狙うは、股間、一択!!)
「この…っ!」
ロイはミコトの右腕を左手で掴んだ。
(股間を狙ってきやがった!)
間髪入れず、掴まれた腕をそのままに、ミコトの左脚がロイの股間を蹴り上げようとする。
(この野郎っ!)
ロイは左手に力を込めて、ミコトを文字通りぶん投げた。
ロイのバカ力で、あまりに軽いミコトの体は宙を飛んで観客席に思い切り突っ込んだ。
ガラガシャーンッ!!
椅子がぶつかり合う大きな音と、キャーッという観客たちの声で騒然となる。
「ミコちゃんっ!!」
セイラは真っ青になり、駆け寄る。
「し、終了だ! 勝者はロイ! 至急騎士団の救護班を呼べっ!」
カイルは慌てて試合を終わらせる。
「しまった…」
ロイは自分の左手を見ながら呟いていた。
掴んだミコトの腕は、あまりに細かった。
それなのに投げてしまった。
「ミコちゃん、ミコちゃん!」
セイラの泣き声に、観客席に埋もれたままミコトは手をひらひらとさせた。
「だ、大丈夫、大丈夫だから…」
頭がふわふわと揺れている以外は特に痛むところはない。
観客の人たちには申し訳ないが、結果的にクッションになってくれたようだ。
(審判の人が、勝者ロイって言っていた。分かってはいたけど、負けちゃったんだなぁ)
カイルと観客たちに助け起こされて、到着した担架のような布に乗るように言われる。
「あ、ちょっと待って下さい」
ミコトはロイの方に向き直り、
「ありがとうございました!」
と言って深々と頭を下げた。
大吾から、試合前と後の一礼は絶対! と言われているからだ。
ロイも何か言って一礼をしてくれたような気がした。
気がした、というのは、ミコトがそこで気を失ってしまったからだ。
頭がふわふわしていたのに、その頭を深く下げたのが良くなかったようだ。
すごく遠くに、セイラの罵声を聞いたような気がした。




