79.お互いを思う気持ち
マリーが部屋の入り口で、誰かと話しているのを聞いて、ミコトはうっすら目を開けた。
隣には、スヤスヤと眠るセイラがいる。
マリーはドアをパタンと閉め、ベッドから起き上がっているミコトに気付いた。
「ミコト、起きたのね」
「うん、今何時?」
「もうすぐ、お昼よ」
お昼か、とミコトは納得した。
尋問はとっくに終わっている時間だ。
「どうりで、ロイがいっぱい話してくれると思った……」
ミコトの言葉に、マリーはふふっと笑った。
「あら、昨夜はお話だけだったの?」
ミコトの顔が赤くなる。
「は、話だけじゃなかったけど、殆ど、話だったの。なんか、寝かせないようにしてるなって思ったけど、ロイの昔の話とか、つい聞いちゃって……」
マリーはミコトの隣に座った。
「尋問なんて、聞かせたくなかったのよ」
ミコトは頷いた。
「私は、言ってくれれば、ちゃんと聞き入れるのに……」
マリーは、「そういうところかもね」と言った。
ミコトは首を傾げる。
「ミコトは、人の背景や考えを読んで、行動するところがある。我慢を我慢とも思ってないのよね」
「そう……かな……」
「ロイは、ミコトに我慢を強いるより、自分が悪者になった方が、いいと思ってるのかもしれないわね」
ミコトは下を向いた。
「私は、ロイが悪者の方が、嫌なのに……」
マリーは、ふと、思い出した。
「ところで、腰が痛いって言ってたけど、何かあったの?」
ミコトの顔が、再び赤くなる。
「え、えーと……」
「殆ど、お話だったのでしょう?」
ミコトは頷いた。
「なんというか、ロイの力が、強い、というか……」
マリーは微笑んだ。
「そうね。ロイは馬鹿力だものね」
ミコトは首を横に振る。
「あのね、ロイはすごく気を使ってくれてるの。大切にしてくれてるって、よく分かってるの」
マリーは「なるほどね」と言った。
「2人がすれ違う訳が、なんとなく分かったわ。お互いを大切に思いすぎてるのね」
そうかもしれない、とミコトは頷く。
「でも、それは言った方がいいわね。毎回我慢していたなんて知ったら、ロイも辛いわ」
マリーは言いながら、ロイの相手がミコト以外の女性なら、壊れてしまうのでは、と思っていた。
ミコトはずっとセイラを背負っていても平気だし、男性からの攻撃にも、けろっとしているのだ。
「うん、そうだよね」
次の時には伝えてみよう、とミコトは頷いた。
すると、コンコンとノックの音が響いた。
ミコトが「ロイたちだ」と言うと、マリーはドアを開けに行った。
ロイとリントとキダンが部屋に入ってくる。
「ああ、ミコト、起きた?」
ロイは少し居心地悪そうに聞いてくる。
別に怒ってはいないが、ミコトは頬を膨らませた。
ロイはふっと微笑むと、ミコトのそばに来て、ミコトの頭を撫でた。
「ごめんね」
「……うん」
これでいいのだろうか。
でも、ロイはこの方が良さそうだ。
マリーはミコトとロイの様子を見て微笑むと、リントとキダンに座るように促した。
「さっき来客があってね、ちょっとその話を先にいいかしら」
そういえば、マリーは誰かと話していた。
ロイはそのままベッド上のミコトの横に座り、リントとキダンは椅子に腰掛けて頷いた。
「昨夜中止になった会食を、今夜行いたいそうなんだけど、ぜひ代表の名代の私と、国家特別人物夫妻も一緒にって言われたのよ」
マリーの話を聞いて、ミコトは嫌だな、と思っていた。
ふと、リントを見ると、ものすごく嫌そうな顔をしている。
「それさ、あの代表のオッサンが、マリーと話したいだけだよね? 俺は反対」
リントはあっさり反対する。
マリーの事になると、リントは前後関係どうでもいいのだ。
「私も、あの代表の人、嫌」
ミコトは、言っちゃえとばかりに、リントの意見に乗っかってみる。
「ミコトが嫌なら、俺も反対」
ロイは元々、前後関係はどうでもいいので、ミコトの意見を、すんなり取り入れる。
「ちょっとぉ、ロイ君もリント君も、さっきのキレはどこいったの?」
キダンは苦笑する。
マリーは肩をすくめた。
「私も嫌だけどね。関係性は保った方がいいかなとは思ってるの」
マリーは大人である。
リントは溜息をついた。
「俺、マリーの護衛で」
「リントがマリーの護衛なら、私は、セイラの護衛やる」
ミコトとリントは顔を見合わせて頷く。
「こらこら、話がおかしいよ! 2人とも冷静になってよ。ミコトちゃんは、出席する方! そもそも怪我人でしょ?」
キダンが呆れたように言う。
ミコトは怪我をしている右手を上げた。
「会食なんて、この右手じゃ上手く食べられないけど、護衛だったら、左手一本でいけます」
「ちょっと、ロイ君! ミコトちゃんが何言ってるのか分からないよ!」
ミコトとキダンのやり取りに、ロイは笑った。
「俺がミコトに食べさせてあげるよ」
「そうじゃないでしょ! このバカップルが!」
キダンは珍しく声を大きくした。
キダンにまで、バカップルと言われてしまった。
「とにかく、会食は出席ね。リント君は、聖女の護衛! 僕はその間に探ることがあるから外す。今からは、さっき言ってたミコトちゃんの髪色について提案があるから、会食の準備も兼ねて出かけるよ。マリーも会食用の服はないでしょ。全員で行くよ!」
話が進まないと思ったのか、キダンはさっさと話をまとめてしまった。
仕方なく、ミコトとリントは頷く。
ミコトは自分の黒髪を手に取って見た。
確かに、大体、黒髪の女という認識で襲われている。
黒髪の人なんて、他にもいるのに……。
あれ、男性の黒髪はいるけど、女性の黒髪の知り合いはいないな。
ミコトが首を傾げると、ロイはミコトの髪を手に取った。
「あんまりいないよね、黒髪の女性は」
「そうなんだ? 男性はいるのに?」
ロイは頷いた。
「それもあって、みんな、最初、男の子だと思ったんだよ」
なるほど、とミコトは頷いた。
日本では殆どの人が黒髪だから、珍しくも何ともないのに、不思議である。
「そういえば、文献には、初代聖女は黒髪だったって書かれてたよー」
キダンの言葉に、ミコトは「そうなんですね」と言った。
初代聖女は、もしかしたら日本人かもしれない。
「初代聖女……ね……」
ロイが呟いたのを、その時は、誰も気にも止めていなかった。
「わぁ、高い! すごい高い!」
セイラを前に抱っこしたミコトを、ロイが抱き上げた状態で、セイラは嬉しそうに叫んだ。
「何この絵面……」
リントは、かなり呆れていた。
セイラがミコトに抱っことねだり、ミコトは腰が痛いと言い、それならと、ロイがセイラを抱っこしたミコトを抱き上げたのだ。
「確かに、こんな抱っこは初めて見るわ……」
さすがのマリーも呆れている。
「ねえねえ、バビューンって速く走ってよ!」
セイラの言葉にミコトは驚く。
「セイラ、ロイは乗り物じゃないんだよ! それにこんなの恥ずかしいよ!」
キダンは手をヒラヒラさせた。
「ロイ君、行ってきていいよー。一緒にいるの恥ずかしいし」
街道を歩く変な一団を、街行く人々がじろじろと見ている。
マリーとリントも頷く。
「じゃあ、街を一周したら、キダンさんの知り合いのお店に行きますね」
ロイの言葉に、ミコトは「ホントに走るの!?」と驚いている。
「しっかり捕まっててね」
そう言うと、ロイは走り出した。
「速い! すごい! 楽しいー!」
セイラの声が遠ざかる。
マリーとリントとキダンは、3人を見送った後、溜息をついた。
「リント君が聖女ちゃんを背負えば良かったんじゃない?」
キダンの言葉に、リントは首を横に振った。
「俺は聖女に触れた事はありません」
「あ、そうなの? じゃあミコトちゃんがいない時は、聖女ちゃんは歩いてるんだね」
マリーとリントは頷いた。
キダンは考える仕草をする。
「そういえば、歴代聖女も、人嫌いっていうか、変わってる子が多かった気もするなぁ。今回の聖女ちゃんは明るい子だなと思ったけど、ミコトちゃんがいるからなのかなー」
マリーは「そうね」と言った後、キダンとリントを見た。
「ミコトは、命を狙われているのね」
キダンとリントは目を伏せる。
「マリーは僕に似て、察しがいいなー」
「似てないわ」
マリーの睨みに、キダンは「僕に似なくて、察しがいいなー」と言い直した。
「尋問で、何か分かったの?」
リントは「いや……」と言い、マリーを見つめる。
「ミコトを必要としている、ということしか……。今回の奴は、ミコトの命を狙った訳じゃない」
マリーはリントを見つめ返す。
「命を狙ってないなんて、嘘かもしれないじゃない」
「尋問はロイさんがやったから、嘘はつけない、というか、奴は一言も話してない。俺も、あんなの、初めて見たけど……」
リントは再び目を伏せた。
マリーはふぅと息を吐く。
「ミコトに何も言わず、守りきるつもりなのね。本当に、お互いを思いすぎよ……」
リントも「本当にね……」と呟いた。




