74.森の中の駐屯地
ミコトたち聖女一行は、3回程休憩を挟み、今夜宿泊予定の、第2エラルダ国の騎士団駐屯地に到着した。
ものすごく残念なことに、ここまで、魔物に一切出くわさなかった。
ロイとミコトは不満気に黙り込んでいる。
「ロイ君とミコトちゃんが、魔物と戦えなかったからって不機嫌なんだけど!」
キダンはリントに言いつける。
リントとマリーは顔を見合わせる。
「2人とも、本当に脳筋ね」
マリーの言葉に、リントは頷く。
でもリントには、いや、ロイにもミコトにも分かっている。
ロイの威圧感で、魔物が近寄れなかった、という事を。
「ミコちゃん! おんぶ!」
セイラがミコトに向かって手を広げる。
ミコトは朝と同じく、セイラをおんぶした。
「ミコちゃん、よしよし」
セイラはミコトの頭を撫でる。
セイラは何でもお見通しだ。
リントは先に歩いていくと、駐屯地の第2の騎士たちに挨拶をする。
聖女が疲れていると説明しているようだ。
「あっちのコテージを使っていいって」
リントは数十メートル先のコテージを指す。
ミコトは、丸太作りの2階建のコテージを見て、家族で行ったキャンプを思い出していた。
キャンプ初心者の熊崎一家は、テント泊は諦めて、コテージ泊にしたものの、バーベキューでなかなか火がつかずに、すごく大吾が焦っていた記憶がある。
「ミコちゃん?」
セイラの呼びかけに、ミコトはハッとなった。
どうやら懐かしさで、足が止まっていたようだ。
ロイたちは、もうコテージの前まで進んでしまっている。
慌てて追いつこうとミコトは一歩を踏み出した。
と、出した右足がズルッと滑る。
マズイ! 後ろに転ぶ!
ミコトはセイラだけ無事なら、と、咄嗟にセイラを前に抱き直した。
ドサッ!
……あれ?
尻もち確定だったはずなのに、痛くない!?
後ろを振り向くと、ミコトを支えたソマイと目が合った。
「ソマイさん!?」
「大丈夫ですか? ミコトさん」
何故ここに、ソマイがいるのだろう。
突然のことに頭が回らず、ミコトはコクコクと頷いた。
「ミコト!」
ロイはミコトの隣に来て、セイラを抱えたミコトを抱き上げ、ソマイから引き離した。
「ミコトを助けてくれて、ありがとうございます」
ロイはソマイに頭を下げる。
ミコトも慌てて頭を下げる。
「いえ、不用意に触れてしまい、申し訳ありません」
ソマイも頭を下げた。
ロイはミコトを地面に降ろすと「行こう」と言ってミコトを促した。
ミコトはソマイに軽く会釈して、セイラを抱えたまま、マリーとリントのところへ歩いて行った。
ソマイに触れられても、怖くなかったな、とミコトは思っていた。
丸太のコテージの中に全員入り、マリーが暖炉に火をつけてくれた。
暖炉周りのソファや椅子に、各々腰掛けると、全員、ハァーと息をついた。
「何でソマイがいるんだよー」
キダンが天井を見上げて言う。
「また、カーサに勧められたとかで、馬鹿正直に来ただけじゃないですか?」
リントは暖炉の火を見ながら言う。
「あの人が、馬鹿正直イケメンなのね……」
マリーが呟くと、リントは焦ったように叫んだ。
「マリーは、アイツと話したら、絶対ダメだよ!? 見るのもダメ!」
「え? ええ」
マリーは驚いたようにリントを見て頷く。
「あー、変な力出てたもんね、あの馬鹿正直イケメン」
セイラの言葉に、全員がセイラを見る。
「せ、聖女ちゃんは、わかるの!?」
キダンはセイラを見て、かなり驚いているようだ。
「聖女だからね! 今のコイツと同じで、力が垂れ流し状態だよ、馬鹿正直イケメンは!」
セイラはロイを指差した。
「抑える練習を結構したんだけど、やっぱりダメか……」
ロイが落ち込むと、セイラは「これくらいなら、いいんじゃない」と言った。
確かに、みんなダウンしたりはしていない。
「ソマイさんの力が何なのか、セイラは分かるの?」
ミコトがセイラにきくと、セイラは「うーん」と唸った。
「攻撃系じゃないけど、人を惑わすような力だよ。力を声に乗せると強まってたね」
全員が、なるほど、と頷いた。
だから、話すと女性を惚れさせてしまう、ということか。
「ミコトは話してたけど、大丈夫なの?」
マリーは心配そうにミコトを見る。
「うん。前に話した時も、今も、別に……」
ミコトは、触れられたのに怖くなかったことを思い出して、言い淀んだ。
「ミコト!」
突然、ロイはミコトの両肩を掴んで叫ぶ。
ミコトは、ロイの真剣な目を見て、変なところで言い淀んでしまった事に気がついた。
「あ、違うよ! ただ、触られたのに、怖くなかったなぁと思って……」
「そ、それ、違わないんじゃ……?」
ロイは両肩に置いた手に力を込める。
誤解されている?
本当に惑わされてはいないのに、どう言ったらいいのだろうか。
「大丈夫だよ。ミコちゃんは、馬鹿イケメンには惑わされないから」
見かねたのか、セイラが口を開いた。
「正直」を抜いて、馬鹿イケメンって言ってるのが気になるけど。
「でも、咄嗟にミコちゃんを支えられたのは、ミコちゃんをずっと見てたってことだから、注意はしといた方がいいかもね」
それでは、フォローしているのか、煽っているのか分からない。
ロイはミコトの両肩においた手を緩めてくれない。
「あ、あのね、ロイ。私、惑わされてないよ」
「ああ、う……ん」
ロイの曖昧な返事に、ミコトはうつむくしかなかった。
おそらく夜中の2時頃なのだろう。
ロイが火の消えた暖炉の前のソファに座って、力を抑える練習をしていると、階段を降りてくる音が聞こえた。
この足音は、セイラである。
「ホントに寝ないんだ……」
セイラはロイを見て呟いた。
「聖女も、本当に夜は寝られないんだな……」
ロイも呟く。
セイラは、ロイから一番遠い椅子に腰掛けた。
「アンタ、随分余裕ないんだね」
セイラの言葉に、ロイは少し顔を上げた。
ロイに話しかけてくるなんて、珍しい。
「アンタは何でも持ってるじゃん。力も見た目も地位もお金も。その上、ミコちゃんの気持ちも……」
「………」
ロイが何も言わないので、セイラは「あーあ!」と叫んだ。
「しっかりしてよね? アンタに疑われると、ミコちゃんが落ち込むの! ミコちゃんは、絶対に誰にも惑わされない。アンタ以外の誰にもね!」
ロイはセイラを見る。
「何で、そんな……」
「さて、何ででしょう! 3択にしてあげる!」
ロイはガクッとなる。
セイラは気にせず、指を1本立てた。
「1番! ミコちゃんは異世界人なので、この世界特有の力とは無縁だから」
それはあり得る、とロイは頷いた。
「2番! アンタがミコちゃんを、あの馬鹿イケメンより強い力で、惑わしているから」
そんなことはしていない、とロイは首を捻る。
「3番! ミコちゃんは、この世界に選ばれた女の子だから」
いきなりファンタジーな話になったな、とロイは苦笑した。
セイラの3本の指を見て、ロイは「1番かな」と言う。
セイラはニヤリと笑う。
「ざんねーん! 正解は、全部でした!」
ロイは、「それはない!」とハッキリ言う。
「俺は惑わしてないし、大体、1番と2番は同時に成り立たないよね?」
セイラは、両手を祈るように合わせた。
「2番は、いわゆる、恋の病ってヤツなのだよ」
ロイは、セイラとキダンは何か似ていると思い、呆れた。
「3番は、俺には分からないけど、ミコトは偶然来てしまった、という感じで話してたよ」
ロイの言葉に、セイラは頷く。
「確かに、ここに来ちゃったのは偶然なんだけど、ミコちゃんは、初代聖女の子孫なんだよ。これって本当に偶然で済ませられる?」
「……え?」
「初代聖女の子孫が、たまたま? 奇跡にも近い偶然でこの世界に来ちゃって、偶然、特別な力を持った子孫のアンタと結婚したんだ? すごい偶然だねー」
笑顔のセイラを見て、ロイは「ミコトは、知っているの?」と呟いた。
「ミコちゃんは知らないよ。ていうか、この事が判明したの、つい先日なんだよね。私もビックリ! ミコちゃんのパパ側の先祖なんだよ。私はミコちゃんのママ側のイトコだから、気が付かなかったんだよねー」
「そっか、イトコだっけ……」
ロイの言葉に、セイラは「そこ?」と言った。
「まあ、因果関係はよく分かんないけど、私の中では、ミコちゃんは、もう選ばれし女の子なんだよ! その方が、カッコイイでしょ?」
「うん? まあ、そうかな……?」
そういう軽い感じでいいのだろうかと、ロイは思っていたが、ミコトに重い何かを背負わせる気はないので、とりあえずいい事にした。
「あのさ、聖女は俺のこと、嫌いなんだよね? 何でいろいろ教えてくれるの?」
セイラはロイの質問に、顔をしかめた。
「嫌いなのは、ミコちゃんを放ったらかして泣かせたから。いろいろ教えるのは、アンタが無知だと、やっぱりミコちゃんを泣かせるから」
「なるほど。わかりやすい……」
軸が全てミコトということだ。
これは、ロイの思考にも似ている。
「そろそろ戻ろうかなー。ミコちゃんの寝顔でも見ながら寝ようっと」
セイラはそう言うと、立ち上がった。
「寝顔……」
「そう、寝顔。ミコちゃんの寝顔、かわいいんだよね。あ、しばらく見てないんだっけ? それは残念だね!」
セイラはふふふと笑うと、階段を上がって行った。
ロイは「あー、もう!」と言って、大きな溜息をついた。




