73.第4エラルダ国へ
第2エラルダ国のカーサとのお茶会から2週間が経っていた。
ミコトとセイラとマリーとリントは、第4エラルダ国に、聖女の地方巡礼とセタに会いに行くために、馬車の停留所にいた。
ロイが聖女専用の公務用馬車を、朝9時に停留所まで持ってきてくれる事になっているのだが、9時を10分程回った今も、まだ姿が見えない。
「ロイさん、遅いな……」
リントが呟くと、マリーも「そうね」と言った。
ミコトは半分眠っているセイラをおんぶしたまま、頷いた。
「ミコト、ずっとセイラを背負っているけど大丈夫?」
マリーは心配そうだが、ミコトにとっては、セイラを背負うことは、大して苦にならない。
「セイラは軽いから、平気だよ」
「あ、きたきた……」
リントはホッとしたように言ったが、「えっ!?」と大きな声を出した。
御者席に、ロイとキダンが座っているのだ。
「キダンさん!?」
ミコトは驚いて声を上げた後に、マリーを見た。
マリーの顔が鬼の様な表情になっている!
「マ、マリー……」
マリーが無言なのも、また怖い!
「みんな、おはよー! あれ? 僕、歓迎されてない?」
キダンの無駄に元気な挨拶に、全員一言も返せない状態だ。
「ごめん、断れなくて……」
ロイは、もう謝っている。
「みんな、ロイ君を責めないでね? 僕もちょっと第4に仕事があってさ、ほら、コレ見てよ」
キダンはいつもの調子で話しながら、一通の手紙の様なものを、リントに渡した。
リントは嫌そうな顔のまま、手紙に目を落とす。
「これ、密告書、ですか?」
リントの言葉に、ミコトとマリーも手紙を覗き込む。
手紙には、簡単な地図に印が付けてあり、黒い鳥の絵が描かれている。
「そうかもしれないから、真偽を確かめにね。その地図の場所、第4なんだ」
キダンは、「黒鳥」という闇組織を追っている。
その手掛かりなのだろうか。
「罠の可能性は?」
リントは手紙を裏返しながら、キダンに質問する。
キダンは「めちゃくちゃある!」と元気に答えた。
「だからさー、ロイ君がいてくれたら、心強いなぁって!」
キダンの言う事は、よく分かる。
ロイがいれば、大抵の危険は危険ではない。
しかし、ロイもリントもミコトも大きな溜息をついた。
「あれ? 騎士団員は元気なさすぎだね」
キダンは御者席から、ヒラリと降りた。
「この2週間、かなり忙しかったんですよ。みんな、キダンさんに対抗する元気がないんです」
ミコトの説明に、キダンは「あー」と言った。
「騎士団、編成変えしたって聞いたけど、それ?」
そう、まさに、その編成変えで、この2週間、死ぬほど忙しかったのだ。
騎士団は、トップに騎士団長、次に副騎士団長、その下は小隊長となる。
現在、小隊は10隊あり、小隊長は10人いる。
この編成、人口が少なくて、団員も少なかったから仕方なかったのだろうけど、かなり無理があるのだ。
これでは、副騎士団長に、全て集中してしまうのである。
セタが副騎士団長の時は、セタが一人で背負い込む形で何とかしていたのだろう。
ロイは副騎士団長だったが、殆ど北の大地勤務だったので、その苦労を知らない。
リントは小隊長の頃から、ロイの代わりに副騎士団長代理を務めているが、事務を殆どミコトに任せたりと、何とかうまく回していた。
でも、ロイとミコトが結婚した事で、ミコトは妻としての公的な仕事がこれからもっと増えることになり、ロイはその規格外な能力の便利さで、他に引っ張られることが多くなってしまった。
来年の予算案に、編成変えの案を盛り込んだのは、ミコトである。
ロイとリントは、来年1年かけて、編成変えをするのなら、その方がいいだろうと承認をした。
ところが、カーサとのお茶会以降、各国の国家特別人物の奥様から、ミコトにお茶会の申し出が殺到してしまったのだ。
ミコトがお茶会をする度に、リントが護衛として出張らなくてはならない。
しかも、軽い気持ちで約束した、ソマイとの試合が、第1の騎士団と第2の騎士団との交流戦になってしまったのだ。
これは、もう、騎士団を回していく、別の誰かが必要だ! ということになり、急遽、編成変えを行う事になったのだ。
「何が、忙しかったんですよ、だよ! 殆どミコトのせいだからな!」
リントはミコトを睨む。
ミコトは、サッと目を逸らした。
「お茶会のお誘いは、仕方ないと思う!」
「いや、お茶会を豪華にやりすぎなんだよ!」
リントが叫ぶ。
アフターヌーンティーがやりたかっただけとは言えない。
「あと、ソマイとの試合だよ! 何勝手に約束してんの!?」
「ロイとソマイさんが戦うより、マシだと思ったの!」
ミコト的には、2人の私闘が止められた上、ソマイと戦えるので、好手だと思ったのだ。
リントは、御者席のロイを睨んだ。
「今後は公衆の面前で、夫婦喧嘩しないで下さいね! 変な噂が立ちまくりなんですから!」
噂とは、国家特別人物夫妻、ロイとミコトの不仲説と、隣国の騎士団長の横恋慕説である。
「あの噂、全部嘘なのに、ねぇ?」
ロイはミコトに笑いかける。
ミコトはウンウンと頷いた。
「この、バカップルが!」
怒るリントを、マリーは、まあまあと言ってなだめる。
とはいえ、ロイとミコトの不仲説は、願ってもない噂だ、と、リントとキダンは目配せして頷いた。
「で、結局、どんな編成になったの?」
「中隊長職をつくりました。それに2人任命し、臨時員制度に倣って事務もやる団員を2人選出して、あとは、カイルさんを顧問にしました」
キダンの質問に、リントが答える。
「中隊長って、誰にしたの?」
「コランさんと、イワンさんですよ」
ロイも御者席から降りると、リントの代わりに答えた。
「コランかぁ! いいね、僕、コラン好きだよー」
「ああ、仲良いですよね」
リントはお茶会の時の2人を思い出しながら言う。
ロイも馬車の入り口を開けながら、頷いている。
「僕とまともに口をきいてくれる同期は、コランだけだからね」
キダンはアハハと笑っているが、女の子5人に手を出した連帯責任のことだとしたら、笑い事ではない。
ミコトが冷ややかな目でキダンを見ていると、ロイはミコトの肩をトントンと叩いて、「聖女を中へ」と言った。
ミコトはロイに促されるままに、馬車に乗り込んで、眠っているセイラを馬車の後ろの簡易ベッドに寝かせた。
「ロイは御者をやるの?」
ミコトがきくと、ロイは頷いた。
「俺とキダンさんでやるよ。俺がいると聖女の機嫌が悪くなるし、キダンさんがいると、マリーの機嫌が悪くなるからね」
「そっか。確かに……」
この2週間、仕事の引き継ぎで忙しく、あまりまともにロイと話せなかったが、この旅でも、無理そうである。
「ミコト……」
ミコトのシュンとした顔を見て、ロイは、忙しくて助かったと思っていたことを少し反省した。
少しというのは、この、辛い感覚が、ロイとミコトでは、全然違うからだ。
ミコトは会って話をすれば、それだけで満足しているが、ロイはそうもいかない。
お互い気持ちは通じているのに、この差というのは、男女の違いなのか……
「ロイ?」
ミコトの呼びかけに、ロイはハッとなった。
ミコトの黒い大きな瞳がロイを見つめている。
これに、抗える訳がない。
ロイはミコトに顔を近づけて、唇を重ねる。
馬車の外から、キダンの「実力順なら中隊長はミコトちゃんでしょ」という言葉が聞こえて、ロイはミコトからパッと離れた。
「ごめ……」
「ううん!」
ミコトは嬉しそうに微笑む。
やっぱり、ロイとミコトの差は大きいと感じ、ロイは馬車の外に出たのだった。
第4エラルダ国までの道のりは、第2エラルダ国を通るルートが普通である。
整備された街道を通れば、魔物に出くわすことは、まず無い。
「今回は、ロイさんがいるので、森を突っ切ろうと思う」
馬車内で、リントはミコトとマリーに説明をする。
ミコトとマリーは、地図を見ながら、頷いた。
確かに、第2の街道を通るより、早く到着するだろう。
「休憩は? どこでとるの?」
ミコトはリントに質問する。
セイラとマリーに10時間もかかる旅路を、無理させる訳にはいかない。
「森の中に騎士団の駐屯地があるから、そこで。街中より不便だけどね」
リントは地図を指差す。
「ここの駐屯地は第2の管轄だよね。いいの?」
「騎士団は聖女を守る義務があるから、滅多な事はない、という判断、だよ」
確かに、そうだ。
地方巡礼時は、その国の騎士団も総出で聖女の護衛に当たるのが普通である。
「森の中、か」
ミコトは地図を見ながら呟いた。
これは、念願の魔物に出会えるかもしれない。
聖女の護衛以外の外勤がないミコトは、騎士団員だというのに、魔物と戦ったことがないのだ。
セイラのお祈りと騎士団員や冒険者のおかげで、街中や街道は平和なので、出くわすこともない。
「もし魔物が出たら、ミコトは馬車内で聖女とマリーを守ること。魔物倒したさで外に出てくるなよ」
リントはミコトの様子を見て、呆れた様に言った。
「ぐっ……」
読まれている……。
マリーはクスクスと笑っている。
「ま、ロイさんがいれば、一瞬で終わると思うけど」
リントの呟きに、ミコトとマリーも頷くしかなかった。
御者席で、キダンは気持ち悪そうにうめいている。
「酔いました?」
ロイは心配そうにキダンの顔を覗き込む。
キダンは首を横に振った。
「ロイ君、また、威圧、出てる……」
「あ、すみません……」
ロイは謝ると、呼吸を整える。
キダンは2〜3回深呼吸をして、はぁ、と息を吐いた。
「自分で、抑えられるんだ?」
「ちょっと、練習はしました。完璧には無理ですけど」
聖女の力が体を巡った感覚を、自分の力を巡らせる感覚で呼吸を整える。
同じ力ならば、出来るのではと思ったが、少し効果はあるようだ。
しかし、と、ロイは溜息をついた。
あんな軽いキスでもダメなのか。
もしくは、そういう気持ちがダメなのか。
「ロイ君も難儀だね。ま、男はみんなそうだから、気にしなくてもいいよ!」
キダンはロイの背中をバンバンと叩く。
ロイはキダンと一緒は勘弁だと思った。
「キダンさんは、結構、女性と……ですよね? 俺はそこまでじゃないですよ」
「あ、聞きたい? 僕の武勇伝!」
ロイは「遠慮します」と言って、周りを見回した。
「魔物、近寄って来ないな……。憂さ晴らししたかったんだけど……」
ロイの言葉に、キダンはゾッとした。
「近寄って来ない方がいいじゃん!」




