72.ミコトの告白
政務棟の代表室で、涙を流すミコトを見て、アレンは席を立ち、ロイにミコトの隣に来るように促した。
アレンはリントの隣に座り直し、ロイはミコトの横に座ると、ミコトを抱き上げて、膝に乗せた。
膝に乗せてもらった事で、ミコトは妙に安心して、涙を袖でゴシゴシと拭いた。
「ミコト、俺、聖女から、夫婦ならミコトと話してと言われたんだ。今までは、ミコトの事はきいたらいけないと思っていて、別にそれでもいいと思っていた」
ロイの言葉に、ミコトは鼻をすすった。
「セイラが……」
ロイは頷いた。
「本当に話せない事は話さなくてもいいんだけど、不安な事があるのなら話して欲しい。俺は絶対にミコトを守るから」
ロイの青い瞳に、ミコトが映っている。
きっと、本当に守ってくれるのだろう。
「ロイにだけ話せそうなら、あっちの部屋を使うといい」
アレンは、代表室の続きの部屋のドアを指差した。
ミコトはアレンとリントを見て、首を横に振った。
アレンもリントも、この世界に来てから、ずっとミコトを守ってくれている。
時間でいえば、ロイより断然長いのだ。
ミコトは、ロイをもう一度見て、頷いた。
「私、古代魔法の事は、本当に何も知らなくて、ただ、神様から、この世界を変える事を禁止されているんです」
アレンとリントは、驚いたように、「神様!?」と言ったが、ロイだけは「うん」と頷いた。
「5年前に、セイラが聖女としてこの世界に召喚された時、私、セイラのオマケ? みたいな感じで一緒に来ちゃったんです」
「オマケって……」
リントは呟く。
ミコトはエヘヘと笑った。
「神様も驚いてて……、こんな事、初めてだって。それでね、私とセイラは、存在が全然違うっていうか……」
ミコトは少し言い淀む。
ロイはふっと笑った。
「俺とリントは、知ってるんだ。ミコトが5年後、聖女と一緒に元の世界に帰れないことを」
「そうなのかっ!?」
大声を上げたのは、ミコトではなく、アレンだった。
「お前たち、知っていて、何で黙って……、あっ! だから簡単に手ぇ出したのか!」
「あの、アレンさん、その話は、今は……」
アレンとロイを見て、ミコトはぷはっと吹き出した。
リントを見ると、リントも2人を見て笑っている。
リントも知っていたという事は、きっとマリーも知っているのだろう。
ロイもマリーもリントも、知っていて何も言わずに見守ってくれていたのだ。
「なんか、安心しました……。1人でこの世界に残される事が、すごく寂しくて、不安だったんです。そんな異世界人、みんなに迷惑だろうなぁって……」
「迷惑な事なんて、あるか!」
アレンは席を立って叫んだ。
「ミコトが残ってくれるなら、俺の心配事の半分は無くなったも同然だ! ああ、本当に良かった! ありがとう、ミコト!」
そ、そこまでなんだろうか?
ミコトは首を傾げながらも、「どういたしまして?」と言った。
「いつ言ってくれるかなと思ってたんだけど、結局、俺が言っちゃったな」
ロイは苦笑した。
「5年後も、ロイのそばにいてもいいの?」
ミコトはロイの瞳を見つめる。
ロイは頷いた。
「当たり前だよ。俺さ、ミコトがいなくなったら、寂しくて死んじゃうんだ」
ミコトは「嘘だぁ」と笑った。
アレンとリントは、嘘じゃないけどな、と目配せをする。
「ロイって、時々そういう事を言うよね。私がどこにいても分かるとか……」
いわゆる、重めの言葉だ。
アレンとリントは、それも本当だけどな、と再び目配せをした。
ロイは、驚くほど通じてないけど、ミコトが自分の事を気持ち悪いと思っていないならいいか、と思うことにした。
「他は、不安な事、ある?」
ロイの質問に、ミコトは頷いた。
「私ね、何の力も無いんだ。セイラやロイみたいに、特別なものは、何も無いの」
「ミコトってだけで、特別だよ」
リントはアレンに「なんか、もう、嫌になってきました」と耳打ちした。
アレンも「やはり2人で話させるべきだった」と言い、頷いた。
「あとね、5年後に、セイラとお別れかと思うと、悲しくて、すごく悲しくて……」
「……うん」
ロイと一緒にいられる事は嬉しいが、セイラと別れる事は、悲しすぎて、ミコトの中でも、どうしたらいいのか、全く分からない事なのだ。
ロイに不安を打ち明けることができたその日の夜、聖女の部屋で、ミコトは、セイラとマリーの前に立ちはだかった。
夜のお祈りから帰ってきたばかりのセイラとマリーは、怪訝な顔をした。
「あ、あのね、2人とも、えーと……」
ミコトは、少しためらうと、後ろ手に持っていた花のブーケ2束をバッと2人に差し出した。
「いろいろ心配かけてごめんなさい! いつも見守ってくれて、ありがとうございます!」
ミコトは、花を女性に渡すのって、めちゃくちゃ勇気いる! と若干後悔していた。
「ミコちゃん! 愛の告白だね!」
セイラは嬉しそうにブーケを受け取る。
「ありがとう、すごく綺麗ね」
マリーも嬉しそうに受け取ってくれた。
ミコトはホッとした。
世の中の花を贈る男性を少し尊敬してしまうミコトであった。
マリーは、ブーケを窓際とテーブルの上に飾り、温かい紅茶を淹れてくれた。
「それにしても、お花をくれるなんて、珍しいわね」
マリーの言葉に、ミコトはエヘヘと笑った。
「いつもみたいに、お菓子か果物にしようかと思ったんだけど、昨日たくさん食べたし、太るし(私が)、お花にしたんだけど、ちょっと恥ずかしかった……」
セイラは紅茶を一口飲んで、頷いた。
「恥ずかしがりながら、お花を渡すミコちゃんが良かったよ」
「えー?」
ミコトも紅茶を一口飲んで、2人を見た。
「セイラ、マリー、私ね、ロイに5年後に元の世界に帰れない事、言ったんだ」
実際は言ったというよりは、言われて認めた、だけど。
マリーは「そっか」と微笑み、セイラは「やっとかぁ」と目を逸らした。
「私、自分の事を話すのが怖くて、ずっと避けてた。みんなが心配してくれている事に、全然気付かなかった」
ミコトはセイラを見た。
「セイラとも、この話をしなかった」
セイラは逸らしていた目をミコトに向けた。
「私も、避けてたよ」
セイラの言葉に、ミコトは頷いた。
お互い、別れを思うと悲しすぎて、避けていたんだ。
「セイラ、ギュッてしていい?」
セイラは小さく頷く。
ミコトはセイラを抱きしめた。
こんなに、全てがセイラなのに、魂だけなんて、嘘みたいだ。
「アイツの匂いがする……。あれだけ言ったのに……」
セイラの嫌そうな言葉に、ミコトはふふっと笑った。
「光るセイラとロイ、見たかったなー」
「もうヤダなー。アイツの力、強すぎて抑えるの疲れる……」
そんなに、強いのか。
やっぱり規格外なんだ。
「冴えてるロイも見たかったなー。今日はもう、いつもよりダメなロイだったから……」
セイラはミコトから離れると、ニヤリと笑った。
「そんなダメダメなアイツを、振った?」
ミコトは笑った。
「振らないよ。でも、ケンカはしちゃった」
「殴った?」
セイラは、どうあってもロイを酷い目に遭わせたいようだ。
「殴らないよー。あ、でも、突然、ソマイさんが来てね、すごい殺気で、『ミコトさんを放っておいて捨てるつもりなら、許さない』なんて言って、ロイと決闘しようとして、ちょっと、物語のヒロインみたいだったよー」
ミコトが笑って話すと、セイラとマリーは「えー!」と大きな声を出した。
「な、なにそれ! ミコちゃん、その展開、面白すぎる! アイツのライバル登場じゃん!」
「ミコト! ちょっと、詳しく教えて!」
セイラとマリーがグイッと詰め寄ってくる。
まさか、こんなに食いつきがいいとは、ミコトもビックリである。
ミコトは仕方なく、ソマイ登場から退場の辺りを、かいつまんで話した。
結局は、ただ、馬鹿正直に、謝りに来ただけだということを。
話を全部聞いて、セイラは呆れ顔になった。
「ミコちゃんさぁ、何でそこで、ミコちゃんと馬鹿正直イケメンが戦うことになるのー? そこは、私の為に争わないで! って、見守るところだよー」
「あんなに強そうなのに、見守るなんて、もったいない。今から楽しみだよ、試合するの!」
ミコトが笑顔で答えると、マリーは苦笑した。
「ミコトはやっぱり脳筋なのね」




