66.調子の良いロイ
政務棟の一番大きな会議室で、謝罪のために訪れていた、第3エラルダ国代表のヒジリは、汗をダラダラと流していた。
ヒジリは黒髪黒目の50歳前後の中肉中背の男で、国家特別人物のサンドの父親である。
どうやらサンドのする事に逆らえないようで、先日の懇親会でもいたのだろうが、全く存在感はなかった。
ロイは襲撃犯から尋問で得た情報の調書を次々とヒジリに叩きつけていた。
「次は、闇組織、黒鳥のメンバーのコードネーム、ハヤブサの自白ですが…」
「ロ、ロイ! ちょっと待て!」
アレンはロイを引っ張る。
見ると、ヒジリは、机上で失神している。
ヒジリのお付きで来た事務官たちも、机に突っ伏している。
ロイは溜息をついて、調書をバサッと机に置いた。
「それでは、1時間休憩とします。それまでに起こしておいて下さい」
ロイはスタスタと歩いて、会議室を出て行った。
「ロイ!」
アレンとゼノマは、必死にロイを追いかけた。
ロイは歩みを止め、ロイに追いついたアレンとゼノマは、はあはあと息を整えた。
「お前、お前、本当にロイなのか!?」
アレンの言葉にロイは驚く。
「え? ロイですけど、別の人に見えますか?」
アレンは首を横に振ると、政務棟の休憩スペースになっているベンチに腰掛けた。
ゼノマも隣に腰掛ける。
「ロイにしか見えないが、おかしいじゃないか! お前がこんなに冴えているなんて!」
アレンの言葉に、ゼノマも「そうだ、おかしい!」と言う。
「ああ、今日なんか調子いいんですよ」
ロイはヘラっと笑う。
「調子の良し悪しの範疇を超えてるんだよ、お前のは!」
アレンは吐き捨てる様に言う。
「ロイ、あんなに第3を締め上げて、賠償金を釣り上げるつもりなのか?」
ゼノマはロイに尋ねる。
ロイは腕を組んだ。
「まあ、それもありますけど、とにかく許せないんですよ。騎士団員とミコトがどんな目にあったか! アイツの父親で代表でしょう? 知りませんでした、じゃすみませんよ」
アレンとゼノマは呆然とする。
「お前、本当に誰なんだよ…。お前いつも、忘れただの、知らなかっただの、言ってるだろうが…」
ロイはふと横を向く。
廊下を走るリントの姿が見える。
「ロイさん! 報告があるんですけど、まだ会議中ですか?」
ロイは口を開こうとしたが、アレンは「いや、今日はもう終わりだ」と言った。
「アレンさん!?」
ロイは非難するようにアレンを見る。
「お前の威圧感がすごすぎるんだよ! あれは1時間では回復しない。明日また時間を取るからそのつもりでいろ」
ロイは肩をすくめた。
リントの報告も気になるので、仕方なく納得する。
「リント気をつけろ。今日のコイツはロイではない!」
アレンはリントにビシッと忠告する。
「は? 誰なんですか?」
「……ロイだ!」
「……えーと?」
リントはロイを見る。
「その報告は、第2のお見舞いのことだろう? 一緒に聞いた方がいいか?」
アレンはリントに尋ねる。
「とりあえずは、ロイさんだけでいいです。キダンさんが戻ってきたら、改めて報告します」
キダンは第2の馬車を尾けている。
一応事前に国立宿泊所を案内してあるが、あの様子だと、第2に帰るかもしれない。
「分かった。キダンが戻ったら、そちらに伝える。騎士団で待っていてくれ」
アレンとゼノマは、ベンチから立ち上がると会議室の方へ歩いて行った。
「ロイさん、何かしたんですか?」
リントはいぶかしげにロイを見る。
「ちょっと、ね。とりあえず騎士団で話そうか」
ロイとリントは、騎士団長室に戻ってきた。
いつもの様に、ロイは団長席に、リントは事務席に座り、リントは先程の、カーサとソマイの訪問について、出来る限り詳しく話した。
「そっか。どいつもこいつも…」
ロイは表情を変えずに、呟いた。
「それで、ミコトが怒って、ソマイを睨みつけたんですが、その時ちょっと、出来ていたというか…」
リントは言い淀む。
実は角度的に、ミコトの表情は見えなかった。
ただ、ミコトが怒ったからと言って、ソマイが花壇の花を踏み潰すほど、動揺するなんてあり得ない。
リントから見て、ソマイはそれ程の実力者だった。
「別に不思議じゃないかな。リントだって出来るよね」
ロイの言葉にリントは顔をしかめた。
「俺は結構練習しましたよ。でも使い所が無いんですよ、この技」
ロイは「あー、確かに」と言う。
5秒は相手の目を見つめなくてはいけない上に、効果は相手の動悸を少し早くする、相手によっては気絶まで持ち込めるかもしれない程度なのだ。
「戦闘中に5秒も見つめ合うなんて不可能なんですよ。そもそも、男同士で気持ち悪いんです!」
リントは心底嫌そうに言うので、ロイは思わず笑った。
「結局この技は、落としたい女性に使う、非道徳的な技なんですよ!」
ロイは大きく頷く。
そういう認識が強い技のため、騎士団で公式に教える事はない技なのだ。
「リント、カーサとソマイは不倫関係かもって言ってたけど、多分違うよ。あの2人、イトコ同士だから」
リントは驚いた表情でロイを見た。
「何で、教えておいてくれないんですか! ていうか、イトコでも恋人って、普通にありますよね!」
ロイは苦笑した。
「ごめん、ごめん。何も情報がない方が2人を観察できるかなって。あと、イトコで恋人もあるけど、今日の話を聞いたら、やっぱり違うかなって…」
リントは「かなりイチャイチャしてましたよ!」と怒ったように言う。
ロイは頷いた。
「国家特別人物の妻の不貞は重罪でしょ? わざわざ人前でそんな危険を冒さないと思うんだよね」
ロイの言葉にリントはハッとした。
忘れていたが、そういえばそうだ。
あの2人があまりにも、絵になっていたというか、雰囲気があったというか、とにかく、騙されていたということか。
「あー、もう!」
リントは事務机に突っ伏した。
でも何でそんな演技が必要なのだろうか。
リントが疑問に感じたところで、ロイは口を開いた。
「ミコトさんも、私のソマイと、どうですか? ってところかなー?」
ロイは笑顔で、とんでもない事を言う。
「ちょっとロイさん! そうだとしたら、ミコトには、これっぽっちも伝わってないですよ!」
「ね。カーサとソマイも伝わらなくてガッカリだろうね」
リントは呆然とする。
このミコト誘惑説を正しいとしていいのか甚だ疑問なのに、ロイの中ではそうなっているからだ。
「ただ、今回の動きだけだと、カーサはリオの企みを知っているか否かの判断が出来ないんだ」
「判断…とは?」
ロイは人差し指を立てる。
「カーサはリオの企みを知っていて協力しているとする。ミコトにソマイを好きになるように仕向け、第2エラルダに会いに来させる。当然ミコトは内緒で行くので、殺害しやすい」
リントはごくんと唾を飲み込む。
ロイは中指も立てる。
「カーサはリオの企みを知らず、ただ、俺とミコトの仲を探るようリオに頼まれたとする。もしくは、リオがミコトについて調べているのを知ったとする。カーサは、リオがミコトを気にかけているのでは? と思う。実際リオは最近20歳の美女を3番目の妻にしているので、俺たちの結婚式で見たミコトを気に入ることもあり得る、と考える。とにかくミコトが気に入らないので、ソマイを好きになったミコトをこっぴどく捨ててやろうと考える」
ロイの発言に、リントは目を丸くしている。
「ロイさん、どうしたんですか?」
「どうもしてないけど、それ、アレンさんにも言われたよ」
リントはアレンが言っていた事を思い出した。
確かに、ロイではない。
「失礼を承知で言いますけど、いつものロイさんは、もっとバカなんです。話の内容の考察とか、しません」
「本当に失礼なんだけど…」
よもや部下にまでバカ呼ばわりされた。
ロイは溜息をつく。
「強いて言えば、今日は何故か調子が良くて、いろいろ思い浮かぶんだよ」
「調子が良いっていうレベルなんですかね。でも俺的に、ミコト誘惑説? はまだ疑問なんですけど」
「そう? 俺的には確定だな」
リントはふっと笑った。
「今日のミコトを見たら、とてもそう思えないですよ? メイクだか変装だかで、12歳くらいに見えましたから。アレを誘惑する気にはなれないですよ」
ロイもふっと笑う。
「ミコトはどんな格好をしても、可愛いんだよ」
リントは席を立った。
「いろいろ、いたたまれないので、帰ります」
「待って、待って! ちゃんと話すから!」
リントは、仕方なく、もう一度座った。
「えーと、ミコトは子どもっぽく見えたけど、ちゃんと妻をやっていたんだよね?」
リントは頷いた。
「正直、驚きましたけど、堂々とカーサと話してましたよ」
ロイも頷く。
「それなら、カーサとソマイには、子どもに見えなかったと思うよ。もっと適当で良かったのに、ミコトは何にでも一生懸命なんだよね」
確かに、とリントは腕を組んだ。
「そもそもさ、腕相撲とか、目を見つめてとか、おかしいよね。人の奥さんにやる事じゃないよ」
ロイは少し怒ったように言う。
「不倫を装ったのは、ハードルを低くするため。私もやっているから、大丈夫と思わせるため。目を見つめた時、ソマイは本気だったのに、ミコトを怒らせただけになったのは、ミコトが俺の似たような攻撃技を見たことがあったため。俺のは根本的に違うんだけど、咄嗟に攻撃されたと思ったんだろうね」
ロイはリントを真っ直ぐ見る。
「どうかな? 誘惑説、ありじゃない?」
リントは溜息をついた。
「あり、ですね…」




