64.奇妙なお茶会②
ロイとミコトの自宅にて、第2エラルダ国の国家特別人物兼代表のリオの妻のカーサと、第1エラルダ国の国家特別人物兼騎士団長のロイの妻のミコトの、お見舞いという名のお茶会が開催されていた。
リントは横にいるコランから怒りの気を感じて、ミコトやりすぎだ、と溜息をついた。
コランは素直な性格らしい。
ミコトの話を信じ込んでいる。
というか、全部本当だから、信じるのは当然か。
でも、ロイには悪いが、これでいい。
ロイとミコトは、仲は悪くないが、男女の仲ではないと思ってもらわないと困る。
カーサはリオの企みを知っているのか、協力しているのか、それは分からないが、そう見た方が自然だろう。
リントはカーサとソマイを見る。
相変わらず距離が近く、なんと、カーサはケーキを切り分け、フォークに乗せて、ソマイに食べさせている。
それはさすがにないだろう。
もしかしたら、ミコトのお見舞いは、不倫旅行の口実にされただけなのかもしれない。
ミコトはカーサとソマイから、目を逸らした。
だって、あーんとか、しているのだ!
これもう、絶対に不倫だよ!
確かに、リオは若い女を3番目の妻に迎えたかもしれないけど、自分は年下イケメン騎士団長と不倫ですか!?
壮大な? 愛憎劇がリアルに起きているよ!
「ミコトさんは、騎士団にお勤めで、とてもお強いのですよね」
カーサは何事もなかったかのように、笑顔でミコトに話しかけてきた。
「はい。でも、わたくし内勤で、主に事務をやっているのです。ですから、決して強くはないのですよ」
ミコトは何とか笑顔で答える。
「そうなのですか? あ、それでしたら、ソマイと腕相撲をやってみませんか?」
「えっ!?」
予想外の提案に、ミコトは驚きを隠せなかった。
「い、いいえ、わたくしなどが、ソマイさんに勝てる筈もありません」
ミコトは確かに、一般女性より力は強い。
でも男性ばかりの騎士団内では、腕相撲に関して言えば、勝てる相手もいるし、負ける相手もいるのだ。
ソマイのような体躯の男性に勝てる筈もない。
「あら、ソマイには、誰も勝てませんわ。そういう意味ではなく、ミコトさんの強さを知りたいのです」
なんですって、ロイなら勝てますわよ。
ではなくて、ミコトの強さなんか知って、一体どうするというのだろう。
「いいえ、わたくし、本当に大した事ないんです。この様に、怪我もしておりますし…」
カーサはソマイにコソコソと内緒話をすると、ミコトに向き直り、ニッコリと笑った。
「いいではないですか。ほら」
すると、ソマイはテーブルのお菓子とサンドイッチの皿を隅に移動させ、すっとしゃがむと肘をテーブルについて手を差し出した。
ミコトは目の前に出された、大きな腕に、椅子を引いて後ずさった。
「お戯を、カーサさん。わたくし、旦那様以外の手に触れることなんて、出来ませんわ」
ミコトは笑顔を崩さず、ソマイではなく、カーサを見る。
「ミコトさんは、騎士団にお務めでしょう? 周りは全員男性ではないですか。腕相撲なんて、浮気にもなりませんよ?」
それは、どういう意味なのだろう。
男性ばかりの職場でミコトが浮気をしているということだろうか。
というか、浮気って、浮気はそちらではないか。
ソマイの大きな腕が、ミコトにずいっと近づく。
ソマイの大きな体も視界に入る。
ミコトは背筋にゾッとしたものが走るのを感じた。
ミコトの体が、カタカタと震え出す。
手を振り払って、逃げ出したい。
ダメだ。
そんな事をしたら、失礼だ。
笑って、いやですって言えばいい。
分かっているのに、声が出ない。
すると、ミコトの前に、スッとリントが手を伸ばして立った。
「奥様は度重なる襲撃で、見知らぬ男性への恐怖心がございます。このような事、やめていただけないでしょうか」
ミコトの真後ろには、コランも控えている。
「まあ、そうなんですか。すみません、存じ上げなくて。ソマイ、離れて差し上げて?」
ソマイは無言のまま、後ろに下がる。
ミコトは、ホッと胸を撫で下ろした。
リントたちに感謝である。
リントの顔を見ると、険しい表情をして、ソマイを見ている。
カーサは「それでしたら」と、両手を合わせた。
「ソマイは相手の目を見るだけで、相手の強さが大体分かるのですよ。決して近づきませんので、目を合わせていただくのはどうでしょう?」
ミコトは目を丸くした。
何故そんなにも、ミコトの強さが知りたいのか、さっぱり理解できなかった。
「申し訳ありませんが、奥様は、それも…」
リントは何とか断ろうとする。
すると、カーサはミコトの手を握った。
「ソマイはとても紳士なんですよ。ミコトさんが怖がるような男ではありませんわ。練習もかねて、ね?」
不倫する男が紳士なのかどうかはさておき、これは、絶対に諦めないやつだ。
ミコトはリントに頷いてから、ニッコリ笑った。
「では、もう少し離れていただいて、目を合わせるだけでしたら…」
目を見て相手の強さが分かるのは、構わない。
正直、目なんか見なくても、ソマイの方がミコトより断然強いからだ。
ミコトの強さが分かったところで、何の問題もないだろう。
「ありがとう! ミコトさん」
カーサはソマイに手で後ろに下がるよう指示をする。
ソマイは5歩くらい離れて、花壇にぶつかる形で止まる。
5mは離れている。
これなら、目を見るくらい、大丈夫だ。
「さあ、どうぞ」
カーサは嬉しそうに声をかける。
ミコトは言われたとおり、ソマイの目を見た。
ソマイもミコトの目を見つめる。
これが近かったらドキドキするのかもしれないが、遠いので、なんて事はない……と、突如、重い空気がミコトを押しつぶす感覚に襲われた。
ミコトは歯を食いしばると、両手でテーブルを持ち、耐えた。
「ぐぅっ!」
これは! この技は、ロイの!?
「何をやっているんだ!!」
リントの叫び声に、ミコトを押しつぶす感覚がフッと消えた。
ミコトの心臓がドッドッドッと鳴り、全身から汗が吹き出す。
「今何をしたんだ!」
リントはソマイを睨む。
「あら、何もしていませんよ? もしかして、ミコトさん、ソマイが男前だから、ドキドキしてしまいました?」
カーサは妖艶な笑みを浮かべる。
違う。
リントの言っている事が正しい。
ソマイは、ミコトを、気絶させようとしたのだ。
ロイの様な技で!
「何を言っているんだ! 今…」
ミコトは補助杖を取り、立ち上がって、リントの前に出た。
「私が、話します」
「ミ…分かりました」
リントはスッと後ろに下がる。
何故とか、目的とか、そんな事はどうでもいい。
ソマイは、子どもで、女性で、怪我をしていて、無抵抗な、そんなミコトに攻撃を仕掛けたのだ。
ミコトはソマイを真っ直ぐに見る。
ソマイは少し驚いた表情をしている。
そうでしょうね。
気絶させるつもりだったのでしょうね。
普通の女性なら気絶していただろう。
そういう事を、ソマイはしたのだ。
ミコトは、補助杖でソマイから3m程の距離まで歩き、ソマイを睨みつけた。
騎士団長ともあろう男が、女性の言いなりになって、騎士の本懐を忘れて、弱き者に攻撃をする。
そんな事、絶対に許せない!
「わたくし先程も申し上げた通り、この様に怪我をしております。襲撃の恐怖が消えず、夜も眠れません。そして見てのとおり、取るに足らない子どもでございます」
ミコトはソマイをさらに睨む。
この怒り、絶対に伝えてやる。
「ですので、このような事、二度とおやめくださいませ!」
ソマイは驚いた表情をすると、2歩後ろに下がり、花壇の花をクシャッと踏み潰した。
「も、申し訳、ありませんでした…」
ソマイは低い声で、ミコトに頭を下げて、謝った。
素直に謝るのなら、こちらも許すまでだ。
ミコトはニッコリ笑うと、補助杖でテーブルまで戻り、カーサに頭を下げた。
「場の雰囲気を壊してしまい、大変申し訳ありませんでした」
本当はカーサも許せないが、ミコトも騎士の端くれである。
女性に手荒な真似はしない。
カーサはスッと立ち上がる。
「いいえ。こちらも申し訳ありませんでしたわ。
ミコトさんの怪我にも障りますし、そろそろ失礼させていただきますね」
その後は、何事もなかった様に、お互いの健康を願う言葉を掛け合い、カーサとソマイを乗せた第2の貸切馬車を見送った。
最後に、ソマイは、申し訳なさそうに目を伏せて、ミコトに礼をしていた。




