61.お茶会当日の朝①
お見舞いという名のお茶会の日の朝、ミコトは、迎えに来たリントとコランと共に馬車に乗り、先程までいた自宅に向かった。
迎えに来た時も、馬車内でも、リントもコランも特に何も言わない。
ミコトは2人が何も言わないことに、ホッとしていた。
もしかしたら、夫婦なのだから、こんなことは当たり前のことで、誰も気にしないのかもしれない。
ミコトだけ恥ずかしがるのも変な話だ。
それに、こんなに浮かれていては、取るに足らない妹を演じられない。
しっかりしなくては、とミコトは気合いを入れ直した。
自宅に到着すると、管理人のヨリがすでに掃除を始めていた。
ヨリは50歳の白髪混じりの女性で、週に2回掃除に入ってもらっている。
ミコトはヨリに「おはようございます」と挨拶をした後、すすっと近づいた。
「あの、実は、ベッドのシーツを替えて欲しいんですが…」
極小声で言うミコトに、ヨリも極小声で「承知しました。すぐやりますね」と言った後、微笑んだ。
やっぱり、夫婦だから、当たり前なんだ。
ミコトはホッとして、庭に続く窓を開けた。
今日は天気もいいし、暖かいし、絶好のお庭でお茶会日和である。
1階と庭のチェックをリントがやることになり、コランは2階のチェックのため階段を上がった。
何も家具が置いていない部屋は昨日の通りだが、念の為、窓やドアをくまなくチェックする。
続いてベッドの置いてある部屋に入って、立ち止まる。
昨日あんなに生活感がなかったのに、ベッドに明らかな使用感がある。
すると、管理人の女性が部屋に入ってきて、コランに一礼すると、素早い手際でシーツを剥がし、くるくるとまとめ、新しいシーツを取り付けた。
管理人は再びコランに一礼すると、部屋を出て1階に降りて行った。
そういう事か、とコランは頷いていた。
実は、リントとコランは、夜間護衛の騎士団員から何も聞いていなかった。
だが、騎士団員たちは、何もありませんでしたと言いながら、目が泳いでいた。
ミコトも馬車内で珍しく黙っていた。
緊張しているのかもと思ったので、コランは何も言わなかったし、リントも黙っていた。
コランは心の底から、ホッとしていた。
昨日、キダンからミコトの話を聞いてしまって、罪悪感があった。
ミコトを守れなかったのは、コランも同じなのだ。
夫婦仲が良い事は、きっと一番の回復薬になる。
コランは寝室も一通りチェックし、階下に降りた。
「コランさん、どうでした?」
リントに尋ねられ、コランは「大丈夫でした」と答えた。
「こちらも、1階も庭も大丈夫です…って、コランさん、なんで笑ってるんですか…」
「あ、いえ、何か新婚の頃を思い出しまして…」
リントは、ああ、と呟く。
「副団長、結婚はしないんですか?」
「しますよ。5年後に」
意外にも即答だったので、コランは驚いた。
「内緒にして下さいね」
リントは少し照れた様に言った。
リントは昨夜11時頃、マリーのところへ行っていた。
11時なら、ミコトは寝ているだろうと思っての訪問だったが、ミコトはロイに連れ出されていて不在だった。
マリーに何を言ってもらいたかったのか、リントにもわからなかったが、どうにも心の整理がつかなかった。
機嫌の悪い聖女に、「鬱陶しいから、マリーの部屋で話してよね」と言われ、実は入ったことがなかったマリーの部屋で話すことになった。
マリーの部屋はベッドと物書き用の机と椅子があるだけだ。
「ごめん、こんな時間に…」
リントの謝罪に、マリーは首を横に振った。
「大丈夫。来るような気がしていたから…」
さすが、マリーだ。
しかし、リントの目に映ったマリーは、思いのほか悲しげな表情をしていた。
「マリー…」
「ごめんなさい。何も出来なくて、歯痒くって…」
マリーはリントにベッドに座るよう勧めて、リントの隣に座った。
「お祖父様も父も、私には何も言わないの。明らかにミコトが狙われているって分かるのに」
リントはうつむいた。
ミコトの命が狙われている事は、リントも先日知ったばかりだ。
それさえも、リントがアレンを問い詰めた形だった。
「言えってことじゃないの。言えない事もあるのは理解してる」
リントは頷く。
「でも、あんなに強いミコトが、夜中に泣きながら起きて、セイラに慰められているのよ。助けたいって思うじゃない?」
マリーの言葉に、リントは自分もそう思っていることに気付く。
「俺も、ミコトもロイさんも、どっちも助けたいんだ…」
マリーはクスクスと笑う。
「私たち、2人の親みたいね」
リントも笑う。
「ホントそうだよ。ミコトはともかく、ロイさんなんか年上なのに、天然ボケばっかりかまして…」
マリーはニヤッと笑った。
「そこで私は、影ながら手を回したのよ」
リントは「手?」と首を傾げる。
「講義でいただいたとかいう避妊具を自宅のベッドサイドに置くように勧め、運良くお風呂上がりだったミコトに、初夜の夜着を着せて、コート1枚羽織らせてロイに託したの」
マリーは悪い顔をしている。
リントはこの顔もかなりお気に入りだ。
「今日はもう帰って来ないと思うわ」
「だね」
結局は、マリーの手のひらの上なのかと思うと、渦中の2人なのに、笑ってしまう。
「俺も、自分の出来る事をするよ。とりあえずは明日の護衛を」
マリーは頷く。
リントはマリーにキスをして、聖女棟を後にした。
夜間護衛の騎士団員たちには、明日の報告は、何もありませんでした、でいいと言付けて。




