60.初夜の続き
「ちょっとアンタ何しに来たのよ!?」
お見舞いという名のお茶会を明日に控えた日の夜、聖女の部屋の前で、ロイはセイラに睨まれていた。
「えーと、ミコトに会いにきまして…」
ロイは目を逸らしながら、答える。
本当は聖女のお祈りの時間に来たかったが、明日の準備と通常の仕事で、遅くなってしまったのだ。
時計を見ると、9時を回っている。
「ロイ? どうしたの!?」
ミコトは驚いた顔をして、奥から出てくる。
結婚式後に着ていた夜着を着て、髪の毛をタオルで拭いているので、お風呂上がりのようだ。
「ちょっと話があるんだけど…、出られたりする?」
ロイの言葉に、ミコトは嬉しそうに頷く。
「うん! もちろん!」
今日はもうロイに会えないと思っていたので、ミコトにとっては嬉しい限りである。
「ミコト、そのままだと風邪をひくわ」
マリーは冬用のコートと靴下を出して、ミコトに渡す。
コートにはフードも付いている。
「アンタ、こんな時間にミコちゃんをどこに連れて行く気よ!?」
セイラはさらにロイを睨みつける。
相変わらず、かなり嫌われている。
「ロイ、あの家に行かない? 家具が揃ってきてね、見せたかったんだ」
ミコトはコートと靴下を身につけ、ロイの前に歩いてくる。
怪我は順調に治っており、補助杖なしで歩く練習を始めているのだ。
ロイは頷くとミコトをひょいと抱き上げた。
「ミコちゃん、早く帰ってきてね!」
「うん! 行ってきます!」
ミコトはセイラに笑顔を向ける。
セイラは結局はミコトの望むことを邪魔したりしない。
ロイは1階の夜間護衛たちに出かける旨を伝えると、かなりのスピードで走り始めた。
ミコトはフードを押さえて流れる夜の景色を見た。
季節は冬の初めだから、ちょっと肌寒い。
とは言っても、この世界の冬はそこまで寒くはない。
もう殆ど怪我も痛まないし、この抱っこもあと少しなのだろう。
自宅に着くと、ロイはランプに火を灯した。
薄暗い1階の部屋に、テーブルと椅子が置いてあるのが見える。
「本当だ。大きなテーブルだね」
「うん。でも、明日はお庭でリオさんの奥様をおもてなしする予定なの」
ロイは掃き出しの窓を開けて、庭を見る。
暗くてよくわからないが、花がたくさん植えられていて、テーブルと椅子もあるようだ。
「お見舞いなのに、見舞われる人がこんなに用意するものなの?」
ロイの疑問に、ミコトは頷く。
「なんかね、実質そういうものなんだって。だから、普通にお茶会? なの。でも、準備しているうちに、張り切っちゃって…」
ミコトは頭をかいた。
地球にいた頃の、日本のおもてなし精神かもしれない。
ロイは笑った。
「ミコトは何にでも頑張るからなぁ」
褒められたのかな? とミコトは照れ笑いをする。
「あ、あのね、2階にベッドも入ったんだよ」
ロイは頷くと、窓を閉めて2階に上がる。
2階の一部屋に、大きなベッドが置いてある。
「いや、予想より大きくて、ビックリ…」
そうなんだよね。
このサイズ、地球のキングサイズである。
ベッドを注文したら、このサイズが届いたのだ。
お金持ちと見られているのだろう。
「ごめんね。ロイのお金なのに…」
「それはいいよ」
ロイはミコトをベッドに座らせると、自分も隣りに腰掛けた。
持っていたランプをベッドのサイドテーブルに置く。
「話っていうのはさ…」
ロイが話し始めたので、ミコトはそうだったとハッとした。
そもそも、ロイは話をしに来たのだった。
「何があっても、俺が絶対に助けに行くから、だから、絶対に諦めないで待っていて欲しいんだ」
ロイの青い瞳が真剣にミコトを見つめる。
ミコトは大きく頷いた。
「うん、分かった。絶対に諦めないで待ってる」
そんなに、そんなに、なのだろうか。
第2も、古代魔法の研究がしたくて、ミコトを攫うのだろうか。
明日のお見舞いも、そういう目的なのだろうか。
でも明日来るのは、リオの奥様と護衛の騎士団長である。
公然とミコトを攫えるとは思えない。
それとも、また冒険者や闇組織を雇っているとか?
でもそれなら、わざわざ奥様が来る必要はない。
「ミコト?」
ミコトが少し考え込んでいたので、ロイは心配そうに顔を覗き込んだ。
「あ、ううん。ほら、騎士ってさ、弱者を守ることを理念としてるから、第2の騎士団長のいる前で変な事が起こるのかなぁって…」
騎士養成所でも、騎士団に入団してからも、騎士の目的は、弱者、すなわち子どもと女性を守る事が第一である、と教えられる。
子どもで女性のミコトに、手荒な真似をする騎士団長なんて、想像できないのだ。
ネル情報によると、いい人? のようだし。
ロイは頷いた。
「確かにね。第2の騎士団長は実直な奴だしね」
「会った事あるの?」
ミコトの質問に、ロイは首を横に振った。
「騎士団同士の交流はないから」
そうなのだ。
おかしな話、どの国も手の内を見せたくないのか、騎士団同士の交流は皆無なのである。
そう考えると、第1から第5までのエラルダ国は、完全に仲が良いとは言い難い。
国なんて、そんなものなのかもしれないが。
「そろそろ、帰ろうか」
「え! もう?」
立ち上がろうとするロイの腕を、ミコトは思わず掴んだ。
だって、あまりにも早すぎる。
本当に少し話をしただけではないか。
「まだ帰りたくない!」
ミコトのお願いに、ロイは少し困った表情になった。
「あのさ、前も思ったけど、そういう言い方は誤解するっていうか…」
「誤解…」
「あ、ほら、聖女も早く帰ってきてって言ってたしね」
ミコトは、セイラはともかく、誤解の意味を考えた。
これでも、ナラから嫁教育を受けていたのだ。
旦那様を誤解させるなんて、以ての外である。
ミコトは立ち上がり、ランプの置いてあるサイドテーブルの引き出しを開けて中から布袋を取り出した。
もう一度ベッドに座り、袋の中身をバラバラとベッドに出す。
「これは?」
「避妊具です」
ロイは両手で頭を抱えて、唸った。
「予想外すぎる…!」
「ナラ先生からいただきました。使い方も一通りご教授いただきました」
ミコトのドヤ顔の説明に、ロイは頭を抱えたまま、「いやいや!」と言った。
「こんなもの出して、もうそういう意味じゃなかったとは言えないよ!?」
「そういう意味で出したんだよ」
「なんっ!?」
文句を言いたそうなロイの口を、ミコトは両手で押さえた。
「私ね、ロイの言った通り、攫われても、絶対に諦めないで待ってるよ。どんな目に遭っても、我慢する。でも、それが最初は嫌なの」
ロイは、ミコトの言葉を聞いて初めて、酷な事を言ったのだと気付いた。
いつ来るかわからない助けを待っている間が、先日の襲撃犯と同じではないという保証は全くないのである。
「ごめん、ミコト。ごめん。ただ、自ら命を絶って欲しくなくて…」
ロイはミコトを抱きしめて、謝った。
「分かってる。絶対助けに行くって意味だって、分かってる」
ミコトもロイを抱きしめる。
「ロイを責めた訳じゃなくて、ただ、本当に、最初はロイがいいだけなの!」
ミコトもロイも、お互いを傷付けたくないのに、うまくいかない。
ロイはミコトにキスをする。
これは、最初から、深いキスだ。
ロイはミコトのコートを脱がすと、ふっと笑った。
「この間の、服だね」
「うん。マリーが胸の開きとスリットを直してくれたから…」
「へぇ、それは、残念…」
ロイはそう呟くと、再びキスをして、そのままミコトをベッドに押し倒した。
「やめて欲しかったら、言ってね」
ミコトはロイの言葉に頷いた。
でも絶対に言わないだろうなと思っていた。
だって、やめて欲しくないのだから…。
「…コト、ミコト。」
体を揺すられて、ミコトは目を開けた。
ロイの顔が目の前にある。
「…あれ…?」
ミコトは起き上がって、全裸なことに気付いて、ブランケットで体を隠した。
思い出した。
ここは自宅のベッドで、ロイとそういう事をして、それから、眠ってしまったのだ。
「体、大丈夫? 痛かったりする?」
ロイはとても心配そうだ。
「だ、大丈夫。痛くないよ」
若干違和感はあるが、痛くはない。
「ごめん。もう少し寝かせてあげたかったんだけど、今日、聖女棟にリントとコランさんが迎えに来るよね」
今日? 明日ではなくて?
ミコトは青ざめた。
「い、今、何時?」
「多分、朝の5時くらい。まだ暗いけど」
ロイの言葉にミコトは周囲を見渡す。
確かに暗いけど、朝なのか!
まさかの、朝帰りだ。
「ごめんなさい! 私寝ちゃって…」
ロイといると、どうして寝てばかりなのか。
一緒にいる時間に寝てしまうなんて、もったいないにも程がある。
「いいよ。無理させたのは俺だしね」
ミコトは首を横に振る。
とりあえずは着替えをしなくてはいけない。
ミコトはベッドの隅にある自分の着替えを取って、ハッとなった。
シーツに血が付いている。
ミコトはさらに青ざめた。
今日、キダンは、2階に潜むと言っていた。
そもそも、その前に、リントとコランが部屋のチェックをするかもしれない。
ミコトは高速で服を着ると、コートと靴下を身に付けた。
今日は朝から管理人さんも来てくれるので、朝一でシーツ替えを頼もう。
とりあえず早く聖女の部屋に帰って…、セイラが怒っているかもしれない!?
ミコトとロイは夫婦だし、ここは2人の新居なのに、何故こんなにも焦らないといけないのか。
余韻も何も、あったもんじゃない。
ミコトはロイの方を見た。
「ロイ、今度はもっとゆっくりできる時にしようね」
ロイは微笑んで頷くと、ミコトを抱き上げた。
「とりあえず、帰ろうか。怖いけど」
聖女棟に帰ると、まず1階の夜間護衛の騎士団員たちに見られて気まずく、聖女の部屋では寝ていなかったセイラに怒られて2人で平謝りし、騒ぎで起きてきたマリーにも謝った。
ミコトとロイは、セイラに怒られながら、簡単に朝食を済まし、ロイは政務棟に出勤し、ミコトはマリーが前に購入した水色のワンピースを着てリントとコランを待った。
リントとコランは、夜間護衛の騎士団員と引き継ぎをするはずなので、先程帰ってきたことがきっとバレてしまう。
いやいや、だから、何で、夫婦なのに、一緒にいた事が、バレちゃいけないのか。
ミコトは自問自答で頭を抱えるのであった。




