52.家を買おう
ミコトの作成した請求書や申請書が全て通り、騎士団の財政は何とか安定した。
一番の難関、決算報告会議も無事に乗り切り、ミコトは、騎士団長室で、次なる難関の予算案に手をつけていた。
今日はロイは不在である。
キダンと共に、尋問部門のお手伝いだと言っていた。
先日の、闇組織の捕虜の尋問だろうか。
「ミコト、予算案は出来そう?」
騎士団長の椅子に座っているリントは、ミコトが悩んでいるとみたのか、話しかけてきた。
今日のミコトの護衛は、リントである。
「あ、はい、予算案の案なら」
ミコトは書類を持って、補助杖でリントのところへ行く。
と、ドタドタという複数の足音が騎士団長室に近付いてきて、ドアが激しくノックされた。
「うわぁ、イヤな予感…、どうぞー」
心底嫌そうなリントの返事を待たない勢いで
ドアはバーンと開き、アレンとキダンとロイが入ってきた。
「大変なんだ! ミコト!」
アレンはミコトを見て、大声を上げる。
「あっ! リント君! この間はよくも…」
キダンはリントを見て、先日の恨み言を言おうとする。
「ミコト! また立ってる! 足が治らないよ!」
ロイは素早くミコトを抱き上げる。
ああ、これ、またぐちゃぐちゃになる予感がする。
結局、リントが事務机の椅子に座り、アレンとキダンが来客時の簡易的な丸椅子に座り、ロイが騎士団長の椅子に座り、ミコトはロイの膝の上に座ることになった。
「なんで、また、膝…」
ミコトが下を向いて呟くと、ロイは「椅子もうないし」と言う。
「それで、大変なんだ、ミコト!」
アレンは、もうロイの行動はどうでもいいというように、ミコトに手紙を差し出した。
「第2のリオの奥様が、ミコトを見舞いに来るんだよ!」
ミコトが手紙を開くよりも先に、アレンは手紙の内容を簡潔に言う。
「見舞い? 足の?」
ミコトは首を傾げた。
リオの奥様なんて、会ったことはあるが、話したことはない。
「実は元々ミコトに会いたいという手紙をもらっていたんだが、度重なる襲撃と怪我で臥せっていると返事をしたところ、ぜひお見舞いにって…、ああー!」
臥せっているのなら、部屋、もしくは病院? で寝てればいいのだろうか。
それにしては、アレンの困惑ぶりがすごい。
「私、どうすると一番いいですか?」
相手は第2の代表の妻で国家特別人物の妻でもある。
きっと国賓扱いだろう。
「今回リオ…さんは、同行しない、個人的な訪問になるんだ。そういう国家特別人物の妻同士の交流は、自宅に招待するのが通常なんだよ」
アレンの言葉に、ミコトは頷いた。
そういえば、ナラから習った気もする。
「自宅……、私、聖女の部屋に住んでるから、私の自宅はないですね。ロイの自宅? あれ? ロイってどこに住んでるの?」
ミコトはロイを見る。
アレンもキダンもリントも「あー」と言った。
「俺、家はないんだよ。あまり寝なくてもいいからさ。適当に、仮眠室とか、宿泊所とか?」
「え! そうだったんだ!」
ロイの言葉にミコトは驚いた。
国一番のお金持ちのロイは、住所不定有職だったのだ。
「今、そこ?」
リントは呆れ顔だ。
「そう、そこなんだよ! 2人とも、家がないんだよ! 国家特別人物夫妻は家無しなんだよ!」
アレンは叫んだ。
言葉にすると、なんだか切ない。
「それでだ、ロイ。この機会に家を買え」
アレンの提案に、ロイは顔をしかめた。
「えー、家買っても、管理できないし…」
アレンは席を立つと、ロイの前に来た。
「そんなのは、人を雇えばいいんだよ。お前に経済の話をしても分からんだろうが、金を持ってる奴は消費、雇用して経済をまわすんだよ! ある意味、義務だ義務!」
アレンの言葉に、キダンとリントは頷いている。
アレンはカバンから通帳を取り出した。
この世界にも、銀行があるのだ。
ロイのお金の管理は、アレンがやっていたらしい。
「お前、この無駄な大金をどうするつもりなんだ!」
アレンは通帳で、ロイをパシパシ叩く。
「普通に使ってますよ。食べたり、飲んだり?」
ロイの主張に、アレンは「増えてく一方なんだよ!」と言った。
「そんな訳だから、家を買え。もう不動産屋も呼んである」
「いや、住まない家を買っても…」
アレンはロイを睨んだ。
「住めばいいだろう? 別に毎日じゃなくても、週1でも住めば。大体迷惑なんだよ! 人目も気にせずイチャイチャしやがって! そういうのは、家でやれ!」
イチャイチャ!?
ミコトのショックをよそに、キダンとリントは先程より大きく頷いている。
ミコトは膝に乗っていることが急に恥ずかしくなり、降りようとした。
すると、ロイはミコトをギュッと抱きしめた。
「そういう事なら、買います」
どういう事なの?
アレンは「よし!」と頷いた。
「それでだ、このロイの金の管理も、ミコトに任せていいか? ミコトは自分の支給分は全て護衛雇用に使用しているんだ。今回のような妻同士の交流にはいろいろ準備が必要なんだよ。お前が買ってやれ」
え!? 大金の管理?
ロイは頷いて通帳をアレンから受け取ると、ミコトに差し出した。
「ミコト、好きに使っていいよ」
好きに使っていいとか言っちゃったよ!
ミコトは首を横にぶんぶん振った。
「無理!」
「無理じゃないだろう? 騎士団の決算報告書も政務棟の事務官は褒めていたぞ。計算も早いしな」
アレンは褒めてくれたが、それは違う。
足りないお金を何とかやりくりすることは出来るが、ありすぎるお金をうまく使うことは出来ないのだ。
経済の知識はないのだ。
どう言えばいいのか。
ミコトはリントを見た。
「リント、助けて! 私の出来る管理は大金には通用しないの!」
リントは話を振られて、ニヤッと笑った。
「別にいいんじゃない? ロイさんのお金で豪遊でもすれば?」
ごーゆう?
豪遊してもいいのか?
ずっとセイラとマリーと行きたかった、町のケーキのお店で食べ放題とか、そんな事をロイのお金でやっていいのだろうか。
それはちょっと財布的にもお腹的にもおいしい…?
「ミコトちゃん、何する気なの?」
ミコトの顔色が変わった事に気付いて、キダンはニヤニヤしながら聞いてくる。
「ケーキの食べ放題…」
「ぶふー!」
キダンは思い切り、吹き出す。
「確かに、大金は、無理かも…」
リントは肩を振るわせながら笑っている。
「ミコト、ケーキいっぱい食べていいよ」
ロイは笑顔で言う。
完全にバカにされている。
「まぁ、そういうことで、よろしくな。ミコト」
アレンも苦笑している。
ミコトは流れで通帳を受け取ってしまった。
でも、確かに、リオの奥様に会う時の、服やメイクやおもてなしを無一文では出来ない。
ロイに出してもらうしかない。
「それで、当日の護衛なんだが、ロイはダメだから、リントともう1人、小隊長以上の奴でやってくれ」
アレンの言葉に、ロイは驚いた。
「え! 俺は何でダメなの?」
アレンは溜息をつく。
「あのなぁ、奥様同士の交流の場に旦那がいたらダメなんだよ。リオもいないんだ」
確かに、横で旦那様が聞いている女子会は女子会ではない。
「基本、国家特別人物やその妻の護衛は、騎士団長クラスがやるんだ。おそらく今回の見舞いの護衛には、第2の騎士団長が来る。こちらもそのクラスで当たらなくてはならない。だから、リントは必ずだ。あとは、小隊長以上で、品がある奴にしてくれ」
リントは頭を抱える。
「品のある奴なんかいないですよ。まさかこっちに面倒な話がくるとは…」
ミコトを笑った罰である。
ミコトがふっと笑うと、リントは顔を上げてミコトを睨んだ。
ミコトはサッと目を逸らす。
今回の話は、別にミコトのせいではないのだ。
コンコンとドアがノックされる。
「不動産を管理しております、デルタと申します」
アレンは「来たな」と言って、ドアを開ける。
歳は50歳くらいだろうか。少し小太りの男が入ってくる。
「あれっ? ハリーの?」
ロイは声を出す。
「はい。ロイさんお久しぶりです。ご立派になられて…」
膝にミコトを乗せている状態の騎士団長を立派と言えるなんて、大人である。
「ハリーのお父さんなんだよ」
第2小隊の副小隊長のハリーは、ロイの同期だ。
ミコトとリントは会釈をする。
ロイはミコトを抱えたまま立ち上がる。
「今回は、ハリーにも怪我を負わせてしまってすみませんでした」
ロイは頭を下げる。
デルタは両手を前に出して横に振る。
「いいえ、いいえ。息子の怪我はとても軽いものでした。それより、奥様をお守り出来なかった事を息子は悔やんでおりました。大変申し訳ございませんと」
そんな事、全然いいのに。
ミコトの勝手な行動がいけないのだ。
「不動産の管理をやってるんですね。知りませんでした」
ロイの言葉に、デルタは苦笑した。
「息子が後を継ぎませんので困っていますよ。そうそう、新居でしたね。いくつか、候補がございまして、早速見に行きませんか?」
アレンは頷く。
「行ってこい。キダンも行ってアドバイスしてこい。コイツは各国の国家特別人物の家を知っているからな」
キダンはそれでここにいたのか。
キダンのアドバイスは当てになるのだろうか。
「ちょっと2人とも信用してないよね?」
ミコトとロイの疑いの目に、キダンは不満そうに言った。




