49.決算報告書
一夜明けて、騎士団長室の事務席で、ミコトは悩んでいた。
机上には、今年の騎士団の決算報告書(作成中)と各種領収書と請求書が置いてある。
これは、何ともしようがない。
全然、お金が足りないのである。
無い袖は振れぬと言うが、まさに、無いので、節約のしようもないのだ。
リントが、国債と言った意味がよく分かる。
ミコトは、一昨日の襲撃にかかった費用を見た。
治療費にお見舞金。
この辺りを減らす事は絶対にしたくない。
そもそも、第3エラルダ国のせいなのに、何故騎士団負担なのか。
全部第3に払わせたい。
というか、前回の襲撃の賠償金は入ったのだろうか。
それを、全部欲しいくらい…。
いや、待てよ。
襲撃にあったのは、国家特別人物の妻である。
妻がそれを請求してもいいのでは?
そういえば、国家特別人物の妻は、毎月金貨30枚を申請式でもらえるはずである。
ミコトが護衛を騎士団に依頼したことにすれば、どうだ?
「もしかして、いける?」
ミコトは机の引き出しから、白い便箋を取り出した。
まずはミコトへの賠償金の請求である。
前回の襲撃で、ひどく心を痛めた事にしよう。
シーマを説得して、心労の診断書を作成してもらい、添付すれば完璧である。
次は国家特別人物の妻の金貨30枚を、全て護衛を雇う事に申請する。
遡っての申請も1ヶ月以内なら出来ると聞いている。
こう見ると、金貨30枚は決して大金ではない。
護衛代としては、全然足りない。
あとは、今回の襲撃だ。
実際に怪我をしているし、心にもダメージが大きかった。
これも、第3から賠償させてやる。
こうすれば、まずミコトに賠償金が入り、そのお金と金貨30枚で、騎士団から護衛を雇うという図式が出来上がる。
それとは別に、騎士団からも、第3に賠償金を請求しよう。
騎士団は国立だし、怪我人が多いのだから、当然の権利である。
「ふふふ、見てろよ〜」
ミコトはニヤニヤと笑いながら、書類を次々に作成していく。
その様子を見て、ずっと騎士団長室にいたロイと、先程書類を持ってきたリントは顔を見合わせた。
「ミコトが、怖い…」
「全然、俺が入ってきた事に気づいてないな…」
ミコトは突然立ち上がった、が、足の痛みで事務机に突っ伏した。
「ふぎゃっ!」
「ミコト!大丈夫?」
ロイはミコトを助け起こす。
「どうして怪我してる事をすぐ忘れちゃうの?」
そうなんだよね。
これ、何回もやっている。
「ごめん…。あれ? リントいたの?」
リントは肩をすくめた。
ミコトは丁度いいとばかりに、リントに書類を見せて、先程の流れを説明した。
「あー、なるほど。いい案だけど、ミコトのお金なんじゃないの? これは」
リントはあまりいい顔をしない。
「私に貯金に使えない金貨30枚は要りません。しかもこう見ると、金貨30枚では全く足りません!」
「まあ、毎日騎士を雇うには、少ないけど…」
ミコトは次の書類をリントに見せる。
「3週間前のあの襲撃で、私は大変心を痛めました!」
「え? あっという間に3人やっつけてたじゃん」
リントのツッコミは気にしない。
「ご飯も喉を通らなくなり、怖くて眠れなくなりました!」
「いやいや、めちゃくちゃ食べて寝てたじゃん」
「アイツらを思い出して恐怖に泣く日々…!」
「アイツらが、ミコトを思い出して恐怖に泣いてたって聞いたけど…」
ミコトは書類を机にバサッと置く。
「もう! リント! いちいちツッコミいらないよ! とにかく、そういうことなの。だから、心労で賠償金を私にいただくの! そして今から、シーマさんを説得して、診断書を書いてもらうの!」
ミコトは補助杖をガチャガチャと用意する。
ロイは見かねてミコトをひょいと抱き上げる。
先日と同じ、子どもにする抱っこである。
「連れてくよ。でも、シーマさん、偽造? やってくれるかな…」
ミコトは頷いた。
「完全に偽造じゃないから、それを言うの。ね、リント、私、襲撃の日、泣いてたよね?」
リントは考えて、ああ! と言った。
「泣いてたけど、あれ、怖かった訳じゃないよね」
「怖かった事に、今、なりました」
ミコトはドヤ顔をする。
リントは呆れた表情でロイを見た。
「ロイさんがいなくて泣いてたんですよ」
なんで言っちゃうのかな…。
ミコトはロイから目を逸らす。
「ち、ちょうどあの日にロイがいないって知って、落ち込んでいて…」
「ミコト…」
ロイはミコトを抱き上げたまま、ギュッとした。
「いや、ミコトは、その涙さえも利用する気なんですよ? ロイさん騙されてますって」
そんな悪女みたいな言い方されても…。
「とにかく、リントも来て! 証人だから」
確かにうまくいけば、決算報告は国債を申請しなくてもよくなるかもしれない。
リントは仕方なく2人について行った。
シーマへの診断書の依頼は、案外すんなりとOKがもらえた。
3週間前の襲撃も、リントの下手な証言で、すぐに診断書を書いてくれた。
一昨日の襲撃の診断書は、言わずもがなである。
「診断書、すぐもらえたね」
救護班から騎士団長室に戻ってきて、ミコトは抱っこされたまま、呟いた。
ロイは笑った。
「いや、バレてたよ。嘘も意図も」
ロイがそう言うのなら、そうなのだろう。
「シーマさんは、最初から、ミコトに甘いんだよ」
リントはそう言うと、差し戻しの箱から書類を取り出した。
「俺もう行きますね。2人は次はアレンさんのところに行くんですよね。アポ無しで大丈夫ですか?」
ロイは頷いた。
「元々、今日来いって言われてたんだよ。さっきまで忘れてたけど」
リントは「また怒られますね」と苦笑すると、騎士団長室を出て行った。
「元々って、私も行って大丈夫?」
ミコトの心配そうな声に、ロイは首を傾げた。
「ミコトと一緒で、アレンさんが怒る訳ないよ」
ミコトは「そうじゃなくて」と言った。
「内緒の話かもしれないよ」
ロイはふっと笑った。
「そうだとしても、ミコトはそれを知りたいと思ってないから、聞かないようにするよね」
ミコトは頷いた。
確かに、そうすると思う。
人が隠していることを、わざわざ知りたいとは思わない。
これは、ミコト自身、隠し事を知られるのが嫌だからだろうか。
「アザ、消えた?」
ロイはミコトの首筋を見て言った。
「ううん。消えてないんだけど、マリーがファンデーションで隠してくれたの」
「へえ…」
ロイは自分の椅子に腰掛けると、ミコトを膝の上に乗せた。
アレンのところに行くのではないのだろうか。
「ロイ?」
「ミコトも俺に付けて欲しい」
ミコトは赤面した。
突然何を言い出すのだろう、この天然素直イケメンは!
「ダメ?」
「ダ、ダメじゃないけど、今、ここで?」
騎士団長室である。
誰か来る可能性もあるし、何より職場だ。
ロイは「うん」と言うと、騎士服のボタンを外し、左の鎖骨を出した。
「この辺に」
「…っ!」
無理だ!
イケメンの鎖骨の破壊力が凄すぎる!
ミコトが固まっていると、ロイはミコトの騎士服のボタンを外し始めた。
「え、ちょっ…」
そして躊躇なくミコトの鎖骨にキスをする。
「こんな感じで」
なんかズレてる!
やり方が分からなくて、固まっていた訳ではないよ!?
しかも、どさくさに紛れて、キスマーク増えたし!
ロイの青い瞳がミコトを見ている。
もう、やるしかない!
ミコトは意を決して、ロイの鎖骨に口をつけた。
どれくらい吸ったらいいんだろう?
おそらく5秒ほど吸ったのだと思う。
離れて確認すると、かなり濃く付いている。
やりすぎた!
ミコトは顔を覆った。
ロイは「ありがとう」と言うと、ミコトの騎士服のボタンを留めて、自分の騎士服のボタンを留めた。
「じゃあ、行こうか」
切り替え早い!
ミコトはまだ全然赤面状態だ。
「あ、あの! 何で付けさせたの?」
ミコトは引き止めるように言った。
「昨日、聖女に怒られたから、ミコトにだけ付けたの悪かったなぁと思って」
ミコトはガッカリした。
先に理由を聞けば良かった。
そしたら、お互いに付け合ったら大丈夫って事ではないと教えてあげられたのに。
やっぱり、天然素直イケメンだ。
ミコトだけ無駄にドキドキしてしまった。




