48.それぞれの言い分②
「不本意だけど、次は、お父さん」
マリーは嫌そうな顔でキダンを促す。
「不本意って! 僕はミコトちゃんを臨時諜報員に勧誘に来たんだよ。癖で2階からコッソリね! 途中でロイ君が来て、騎士団も忙しいって断られていたところで、皆が帰って来たの」
癖でコッソリ?
全員は呆れた表情になる。
「でも僕は諦めないよ! ミコトちゃんは、難関と言われている騎士養成所を実技、座学ともトップ卒所、その後は優秀なのに、何故か地味な内勤。もったいないよ!」
「あの、だから、座学は10位ですって…」
褒めてくれるのは嬉しいが、過大評価は困る。
キダンはニヤリと笑う。
「それ、何でそうしたのかな。リント君」
「え?」
全員、リントを見る。
リントは、ハァーと息を吐いた。
「それ、私が頼んだの」
セイラはそう言うと、ベッドから立ち上がった。
今度は全員がセイラを見る。
「ミコちゃんに目立って欲しくなくて、私がリントに頼んだの」
ミコトはセイラの言葉で、また、分かってしまった。
セイラは知っているんだ。
ミコトが世界を大きく変えることを禁止されている事を。
でも、この場にいる皆には、それは分からない。
「ごめん、ミコト。聖女から頼まれたのもあるんだけど、カイルさんと相談して、そうしようって決めたのは、俺なんだ」
リントは気まずそうに、ミコトに頭を下げた。
「え、何で?」
ロイはリントを見る。
「いや、だから、目立つと良くないっていうか…」
「目立つと良くない?」
首を傾げるロイをリントは睨んだ。
「だから、ミコトは女の子なんですよ。ダブルトップ卒所なんて目立ってしまったら、目をつけられるかもしれないでしょう? 騎士団は全員男です。俺の目の届かないところで、何かあったらどうするんですか! だから成績詐称してカイルさんの事務補佐にしたんですよ!」
心なしか、リントの顔が赤い。
「リント、実は優しいんだな…」
ロイがリントを褒めると、リントは両腕を組んだ。
「ロイさんは知らないと思いますけど、ダブルトップ卒所は歴代でセタさんしかいなかったんですよ! 目立つなんてもんじゃないんです!」
「え!? セタ兄と一緒! すごいね、ミコト!」
ミコトは、ロイに褒められるとすごく嬉しいのだ。
満面の笑みで頷く。
「うん! 結構頑張ったの!」
その様子を見たキダンは、怪訝な顔をした。
「いやいや、なんかちょっといい話風になってるけどさぁ。結局それって、リント君自身が面倒にならない為にやったって事でしょ。それでいいの? ミコトちゃんは?」
なるほど。
外側から見ると、そういう風にとられてしまうのか。
「私、セイラの言う通り、本当に目立ちたくなかったんです。それに、リントは私を養成所に入れた後、しょっちゅう様子を見に来ました。実は、騎士団員は、講師を依頼されない限り、養成所には来ないんですよ。だから本当に心配してくれてたんだと思います」
ミコトはキダンに言った後、リントを見た。
リントは何故か呆れた表情をしている。
「見に行くたびに、ミコトにやられた男子たちに泣きつかれたけどね…」
それでは、ミコトがいじめたみたいである。
ちゃんと練習試合形式でやっつけているから、問題はないはずだ。
「目立ちたくないなら、何でそんなに努力したの? そもそも、ロイ君の妻ってだけで目立ってるよ?」
キダンはまだ疑問が抜けないようだ。
キダンには、嘘は通じないだろう。
「ロイの妻で目立つのは、ロイがすごいのであって、私じゃないから、いいんです。努力したのは、別に一番が欲しかった訳じゃなくて、その…、褒められたくて…」
ミコトは下を向いた。
隣にいたマリーはふふっと笑う。
「ロイに褒められたかっただけなのよね」
ミコトは下を向いたまま、頷いた。
実際、実技はその思いだけで頑張っていた。
座学は、日本の勉強より簡単だったから、あまり苦にならなかった。
ただ、それだけなのだ。
チラッとロイを見ると、ロイも下を向いているようだ。
「もう、分かったよ! リント君にはいろいろ言いたい事があったんだけど、いい奴みたいだし、今日はもういいや!」
キダンは天井を仰いで、手をヒラヒラとさせた。
どうやら、マリーと仲良くするリントをいじめるつもりだったらしい。
「じゃあ次は、リント」
マリーは目線をリントに向ける。
リントは頷いた。
「単刀直入に言いますが、ミコトを臨時諜報員に勧誘するのは、今はやめて下さい」
キダンは真顔になる。
「何でかな? 臨時員制度は、本人の意思が重宝される制度で、臨時で雇用している側には口出し出来ないはずだよね」
リントも真顔で頷く。
「承知しています。だけど、騎士団の今年の決算報告書と来年の予算案が、出来ていないんです。」
キダンは驚いた表情をした。
ミコトも顔を上げた。
「度重なる襲撃で今年の決算報告書が大幅に変更しました。どう見繕っても赤字ですが、何とか体裁を整えて提出したいんです。そこで、ミコトです」
キダンはゴクリと唾を飲む。
「何故、ミコトちゃん…?」
「ここ3年くらい、私が作成してるんですよ。決算書も予算案も」
ミコトは横から口を出した。
リントは頷く。
「俺では、もう、国債しか、思いつかないんだ」
ミコトは首を横に振った。
「国債は返済期限までに返す目処が立たないよ。それは本当に最後の手段にしたい。明日考えてみる」
「よろしく」
リントはキダンを見た。
「そういう訳なんです。本当に、引き抜くのやめてください」
キダンは「えー?」と叫んだ。
「事務員は? 雇ってないの? 騎士団は?」
ミコトはふっと笑った。
「キダンさん、騎士団はギリギリなんですよ。他部門より怪我も備品も桁違いに多いんです。食堂の食費もすごいんです。夜間勤務手当もバカになりません。ぶっちゃけ事務員を雇う余裕がありません!」
ミコトは、自身満々に言い切った。
女性の憧れの的の騎士団の内情は、こんなものなのだ。
ミコトはさらに続ける。
「予算を増やす算段を昨年から取り入れているんです! それを今年の予算案にも組み込まないとといけません! 私、決算報告書と予算案を作成します!」
「良く言った! 移動にはロイさんを使っていいから、本当によろしく!」
リントはそう言うと、ロイにも「よろしくお願いします!」と言った。
「えーと、俺は、ミコトの護衛と移動でいいの? ちょっと2人の話が分からなくて…」
騎士団の予算の話が分からない騎士団長である。
「ロイさんは、3日後の決算報告会議に書類を持って出て下さい。ミコトを事務官として付けますので」
「ああ、それなら、了解」
リントは、フーと息をついた。
これで、ミコトの護衛問題と最難関の決算報告は何とかなりそうだ。
キダンはリントをジロリと睨む。
リントもキダンを睨み返す。
何をやっているんだかと、マリーは笑ってしまっていた。
ミコトは特に話すことはなく、マリーは一言だけ言いたいと言って、キダンの前に立った。
「今後、お父さんは、聖女棟に立ち入り禁止です。今日も、これで出て行って下さい!」
「マリー…」
泣きそうなキダンをマリーは睨む。
この親子の溝は深そうだ。
ふと横を見ると、セイラはいつの間にか、横になってスヤスヤ寝ている。
きっと話が面白くなかったのだろう。
「俺らも行きましょうか」
リントの言葉に、ロイは頷いた。
「リント、お父さん連行して」
リントは頷くと、キダンの腕を持った。
「おとーさん、行きましょうか」
「リント君のお父さんじゃないから! そう呼ぶの本当にやめて!」
なんか、キダンとリントは、結構気が合うのでは…とミコトが思っていると、ロイがミコトの前にきて、しゃがんだ。
「明日朝、迎えにくるから、待っていて」
「うん…んっ!」
ロイはミコトにキスをする。
みんないるのに!
「じゃあ」
ミコトは頷いた。
ロイは歩いていって、キダンをひょいと担ぐ。
ロイにかかると、キダンでも子ども扱いである。
「ちょっと! ロイ君!」
「帰りますよ。キダンさん」
「マリー、また」
マリーは3人を見送ってドアを閉めた。
なんか、大変な日だった…?
それにしても、ロイは、人がいても、こういう事できちゃうんだな。
マリーはミコトの隣に来て座る。
「仲がいいのね」
マリーはミコトを見て、微笑んでいる。
やっぱり、見られていた!
ミコトは赤くなって下を向いた。
「マ、マリーは、リントと、その…」
「うん。付き合ってるの」
やっぱり!
でも、そうか。
リント、良かったなぁ。
「ちょっと、ミコトたちが羨ましくなっちゃってね」
ミコトは顔を上げた。
「私は、マリーが羨ましかったよ。一途に思われていて、いいなぁって」
ミコトとマリーは顔を見合わせて笑った。
ずっと、優しいみんなと一緒にいたい、とミコトは切に思うのだった。




