46.勧誘
キダンは政務棟の資料室で考え込んでいた。
昨夜、ロイとの話で、臨時員制度の話題が出た。
冗談でミコトを諜報に欲しいと言ったが、実際女性の諜報員がいたら良かったという場面は多々あった。
しかし、この国で、というかこの世界で、女性は子どもを産み育てるのに大切にされているので、危険な騎士や諜報員に女性はいない。
なんとなく、興味でミコトの事を調べてみると、養成所を途中で入所したのに、卒所する時は並み居る男子を抑え、実技も座学もトップで卒所しているではないか。
もちろんその年が不作だった訳ではない。
その後も騎士団内で常に現在の副騎士団長のリントの次の実力を誇り、内勤のため目立った功績はないが、襲撃犯を3人捕縛し、昨日もあの手練揃いの黒鳥のメンバーをドレスで2人も斬っている。
しかも化粧映えする顔でスタイルも良い。
こんな逸材、いるだろうか。
ロイと一緒に行動させれば、ロイの壊滅的な記憶力もカバーできる。
臨時騎士団員と冒険者の登録があるが、幸いどちらも臨時扱いになるので、臨時諜報員としても登録出来るのだ。
キダンは壁の時計で時間を確認すると、資料室から出て、聖女棟へ向かった。
ミコトは聖女の部屋で、とても困っていた。
セイラは夜のお祈りの時間で不在、マリーもセイラを送って行き、その後買い物で不在。
1階には騎士団の護衛が3人いるが、それをものともせず、2階の窓からキダンが侵入してきたのだ。
きっと昨日もこうやって侵入したのだろう。
気配は相変わらずなく、ミコトも声をかけられるまでキダンに全く気づかなかった。
「ごめんねー。ミコトちゃんに話があってさ。そんなに警戒しないでほしいなぁ」
何事も無かったように、キダンはテーブルを挟んでミコトの前の椅子に腰掛ける。
警戒するなという方が無理である。
マリーの父親とはいえ、キダンは油断ならない。
「なんだ! やっぱりロリコンメイクをロイ君は気に入ったんだね!」
キダンはミコトの首のアザを見て、ニヤッと笑う。
隠す前に見られてしまった。
キダンを、ついでにロイも殴りたい。
しかし、足の怪我がある。
「何の用ですか? 内容によっては、護衛を呼びます」
ミコトが髪で首を隠しながらキダンに言うと、キダンは「いいねぇ!」と笑った。
「さすがミコトちゃん。本質的に僕がヤバイってわかるんだね。じゃあ、早速本題に入るけど…」
自分でヤバイって言うなんて、相当だ。
「ミコトちゃん、臨時諜報員にならない?」
「……は?」
キダンのかなり意外な言葉に、ミコトは間の抜けた声を出した。
「メリットはねぇ、ロイ君の国外任務についていける! あと、いろいろ秘密を知れちゃう!」
秘密を知れるのは、メリットなのだろうか。
キダンは気にせず話を続ける。
「デメリットは、結構危険。でも、ロイ君がいれば大丈夫!」
デメリットの話が曖昧だ。
これは悪い勧誘によくあるヤツだ。
ミコトが顔をしかめると、キダンは慌てて話を続けた。
「ミコトちゃん、養成所卒所試験、実技も座学もトップでしょ? 騎士団の内勤なんて、もったいないって! 女性進出に一役買わない?」
ミコトは首をかしげた。
「私、座学は10位くらいでした。トップじゃないですよ」
確かに実技はトップだったが。
「え? いやいや…」
キダンはミコトの様子から、嘘を言っている訳ではない事を察した。
しかし、キダンも諜報員として20年以上活動している。
資料捜査で間違った情報を拾うとは思えない。
「ま、いっか。10位も優秀だよ! つまりね、聡いミコトちゃんは、今だに自分が狙われている感覚が抜けなくて、おかしいなって思ってるでしよ?」
ミコトはビクッと身体を強張らせた。
確かにその通りだ。
もう第3には狙われないはずなのに、そんな感じが全くしない。
そして、騎士団も警戒を解いていない。
昨日の今日だから、ミコトが怪我をしているから、と言われたが、緊張が続いているのだ。
「諜報員になれば、いろいろ知れるよ。みんなが隠していることもね」
キダンは真っ直ぐミコトを見る。
ミコトは息を呑んだ。
今度は判断を間違えてはいけない。
ロイと一緒にいられるという、おいしい話にも惑わされてはいけない。
それに、隠していることなら、多分ミコトの方が多い。
「私は、国家特別人物のロイの妻なので、勝手に決めることは出来ません。そして、臨時騎士団員とはいえ、上司に相談せず他の仕事は出来ません」
ミコトの答えに、キダンはつまらなさそうな顔をした。
「優等生な答えだなー。どうしようかなー」
ミコトはゾッとした。
マリーの父親相手に申し訳ないが、手段を選ばない雰囲気がある。
「もう少し、話しちゃうか…。昨日さ、ミコトちゃん攫われたじゃん?」
ミコトはさらに身体を強張らせた。
昨日攫われた事は、正直思い出したくない。
「襲撃犯さぁ、実は凶悪な闇組織なんだよね。僕はアイツらが許せなくってね。捕まえるのをミコトちゃんにも協力してほしいんだ」
ミコトは青ざめた。
アイツらに、また会うことになるのだろうか。
「ロイ君は協力してくれることになってる。闇組織の犯罪は主に女性への強姦、殺人なんだよ。ミコトちゃんも許せないと思わない?」
強姦!
ミコトは椅子から立ち上がった。
が、足に痛みが走り、その場に倒れ込んだ。
「ちょ、ミコトちゃん、大丈夫?」
キダンは椅子から立ち上がると、ミコトを助け起こそうとする。
下から見上げるキダンは、長身で、昨日の男を彷彿とさせた。
ミコトはその手を思い切り振り払った。
「やだ、触らないで!」
「ミコ…」
ミコトの黒い瞳に涙が溢れ、揺らめいている。
キダンはこの怯えた目をよく知っていた。
「ル…リ…」
ミコトは、本当は、よく分かっていた。
キダンは諜報員の勧誘をしているだけで、ミコトに危害を加えようとは思っていない事を。
昨日のことは、ロイが助けてくれたので、足を怪我しただけで、実際には何もなかった事を。
でも、何故か、思い出すと、とても怖いと言う事を。
頑張って、男性よりも強くなったのに、この怖さの前には、何の意味もなくて、本当に嫌になる。
「ミコトッ!?」
ロイは、バンッと聖女の部屋のドアを開けた。
1階にいた護衛の団員たちは、聖女とマリーは出ていて、今はミコト1人だとしか言っていなかったが、ロイには、2階にミコト以外の誰かがいる事は分かっていた。
ロイの見た光景は、立ちすくんでいるキダンと、泣いてしゃがみ込むミコトだった。
「どういう事ですか! 事と次第によっては、キダンさんでも許しませんよ!?」
ロイはミコトを抱きしめて、キダンを睨みつけた。
キダンはハッとなる。
「ご、ごめん、ちょっと、いろいろ、間違えた…」
先程まで、調子よく話していたキダンは、目を泳がせて謝った。
「ロイ、違うの! キダンさんは、悪くなくて…」
いや、2階から気配を消して入ってきたから、不法侵入だし、悪いかもしれない。
「キダンさんも侵入の仕方が悪いんだけど、あの…」
何でもないで、通じるだろうか。
キダンは優秀な諜報員で、ロイは勘がやたら鋭い。
というか、これからずっと、昨日の襲撃犯に怯えて生きるなんて、理不尽だ。
ミコトはロイにしがみついた。
「こ、怖くて! 昨日攫われた時、すごく怖くて! 怖すぎて、そんな目に遭うなら、死のうと思って…」
涙が溢れて、これ以上は、うまく喋れない。
「ミコト…っ!」
ロイも泣いているのだろうか。
声も、抱きしめる腕も、震えている。
ミコトはしばらく、ロイの腕の中で、わんわん泣いたのだった。




