41.初夜
国立宿泊所のひと部屋で、ミコトはベッドに座り、そわそわしていた。
本当は歩き回りたいくらいだが、右足が痛いので、そうもいかない。
あどけない少女風? というヘアメイクと夜着を着せられたせいだ。
メイクは普段のミコトの素顔に近く、チーク強め、瞳を大きく、と言った感じだ。
こんな素顔風で、可愛い顔に出来る技術は本当にすごい。
髪型もカールさせ、ハーフアップにしてある。
不器用なミコトでは、真似できない。
夜着は、少女ということなので、透けない素材のシンプルな白いロングワンピース。
ただ、少し胸の開きが広いのと、スカート部分のスリットが深い。
ウミノとネルは、偽装結婚ということを知らないから仕方がないのだが、これでは、初夜やる気満々である。
ミコトは初夜より、とにかくロイと話がしたい。
偽装結婚ではあるが、ちゃんと気持ちと感謝を伝えたいのだ。
1ヶ月、何の音沙汰がなくても、騎士団の皆に若干哀れまれても、ロイがミコトの予想を大幅に下回っても、ミコトのロイへの気持ちは変わらなかった。
助けに来てくれた、あの一瞬で、全部報われてしまったのだ。
「我ながら、ちょろすぎる…」
ミコトは自虐的に呟いた。
この状態から、どん底に突き落とされるのは、本当に避けたい。
ミコトは気持ちを伝えた後の、ロイの言動について、いろいろなパターンを考えていた。
①迷惑だ
②そうなんだね(何も言わない)
③妹のように思っている
①はないと願いたい。
今日の感じだと、嫌われてはいないだろう。
②はあり得る。
ロイは質問していない事を答えたりしない。
ミコトが好きと伝えても、ロイは? ときかなければ、そっか! で終わりそうだ。
③は一番あり得る。
むしろ③なら良しとしよう。
妹と言われたら、ありがとうと言って、さっさと寝てしまおう。
そして、どのパターンがきても、どんな事を言われても、絶対にロイを責めないでおこう。
コンコンとドアがノックされる。
「ハイッ!」
「俺。開けていい?」
ロイの声がきこえる。
「ど、どうぞ! いっ!?」
ミコトは立ち上がろうとして、右足に痛みを感じて、ベッドの前にベシャッと転んだ。
ドアを開けたロイは、驚いてミコトに駆け寄る。
「ミコト、大丈夫!?」
ロイは、ひょいとミコトを持ち上げて、ベッドに座らせようとしたが、そのまま抱き上げて、立ち上がった。
「ロ、ロイ?」
ロイはいつもの騎士服に着替えていたが、髪は深緑の結び紐で結ばれたままだ。
ロイは自分の右肘にミコトを乗せる。
これは、小さい子どもにする抱っこだ。
長身のロイに抱っこされて、天井が近くなる。
「ミコト、すごく可愛いね!さっきの綺麗な感じもいいけど、こっちの方が好きだなぁ」
「あ、え、と…」
さすが、天然素直イケメンだ。
可愛いとか、好きとか、どうして簡単に言えてしまうのだろう。
それに、こっちの方が好きということは、ロイはロリコン認定されてしまう。
いや、どちらかというと、ロリコンというより、コレ、親?
父親目線ではないだろうか。
そういえばこの抱っこは、ミコトの父、大吾がよくやってくれていた。
やっぱり予想を下回ってきた!
④に、娘と思っている、パターンも追加しなくてはいけない。
「ミコト?」
ミコトが呆然としているので、ロイは首を傾げた。
ミコトはハッとなる。
「あの、話が、あって…」
「いいよ。このまま聞くよ」
ロイはニコッと微笑む。
何でこのままなのだろう。
せめて、娘より、妹がいい。
「ちゃんと、話したいの! ロイも座って!」
ミコトはベッドを指差した。
ロイは渋々ミコトをベッドに座らせ、ミコトの隣に腰を下ろした。
少女風ヘアメイクは失敗してしまった。
娘では、女性として見てもらえない。
結婚しているのに、嫁に出されそうだ。
「あ、そうだ、披露宴! 出られなくてごめんなさい。どうだった?」
ミコトが思い出したようにきくと、ロイは少し考えて答えた。
「…人が多かった」
まあ、ロイだし、こんなものだろう。
「第3の人、来てた?」
「あの2人はいなかったよ。第3の代表は、結婚式にはいたらしいけど、披露宴にはいなかった」
ミコトは、腕を組んで頷いた。
「出られる訳、ないよね」
「リオはいたなぁ。ミコトに会えなくて残念とか言ってた」
ロイの視線は壁を見つめている。
リオって、年上の人を呼び捨てで呼ぶの、珍しい。
「披露宴のことは、またアレンさんも含めて話をするよ。ミコトの話をきかせて?」
ミコトは頷いた。
今、このチャンスを逃してはいけない。
ロイはすぐにどこかへ行ってしまうのだから。
「あの、お礼を言いたくて!」
「お礼?」
ミコトはウンウンと頷く。
「私を守るために、結婚してくれて、ありがとう! あと、今日、助けてくれて、ありがとう!」
ロイはふっと微笑む。
「そんなの、当たり前だよ…」
ミコトは首を横に振った。
「当たり前じゃないよ。だって、結婚なんて、人生の一大事だし、今日だって…」
ミコトは少し息を呑んだ。
「もっと、怪我してたかも、だし…」
ロイには、言えない。
そういう目に遭いそうだったとか、死のうとしたこととか。
「ミコト…」
「そ、それでね、私、あの…」
ミコトは緊張で汗ばんだ自分の両手をぎゅっと握りしめた。
「私、ロイのことが好きなの!」
ロイの顔を見ることが出来ない。
でも、ロイには、これだけでは伝わらない。
もっと、ちゃんと、言わなくては。
「兄とか、上司とか、そういうのじゃなくて、男の人として、好きなの。だから、結婚できて、嬉しかったの」
言えた!
ロイの顔を見ることは怖くて出来ないけど、何とか言えた。
後は、もういい。
何を言われても、何も言われなくても、ちゃんと受けとめる。
ロイはミコトをぎゅっと抱きしめた。
これ、やっぱりロイのクセなのだろう。
「俺も、ミコトが好きだよ」
ロイの腕の中で、ミコトは頷いた。
しばらく、時間が経つ。
これは、妹か娘として好きってことだろう。
予想通りだ。
ミコトは、ロイの背中に腕を回した。
「ありがとう…」
そういえば、ロイを抱きしめるのは、初めてだ。
やっぱり、大きいなぁ。
ふと、ロイの手が、ミコトの顔に触れたので、上を向くと、ロイの顔が近づいてきた。
ミコトとロイの唇が重なる。
あれ? キスされている?
この国は、妹や娘にキスするのだろうか。
いや、ミコトの都合の良い夢だろうか。
唇が離れる。
ミコトは咄嗟にロイの背中に回していた手をロイの顔にあてる。
「もう一回、お願いします!」
まさかもう一回と言われるとは思わなかったのだろう。
ロイは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「うん」
もう一度、唇が重なる。
さっきより、少し長い、気がする。
再び、離れる。
ミコトがぼーっとしているので、ロイは顔を覗き込んだ。
「もっとする?」
ミコトの顔が赤くなる。
イケメンがそういう事を言ったら、ダメだと思う。
「そ、その前に、ロイは、私のこと、その、好きなの?」
「あれ、俺そう言ったよね?」
ロイは不思議そうな顔をする。
「あの、妹とか、娘として好きなのかと…」
ロイは「えー」と苦笑した。
「ミコトの事、妹とか娘? とか思った事ないよ。昔、弟と思った事はあるけど」
今度はミコトが苦笑する。
「弟って…」
「5年前ね。再会してからは、女の子だと思ってるよ」
「そっか…」
ロイから見て、ミコトはあまり納得していない様に見える。
ロイは信用されるためにはと、意を決した。
「俺は、ミコトがどこにいても、絶対に見つけられるよ。それぐらい、好きだから!」
この感覚は、ロイの家系だけのものなので、実はミコトには伝わらないのだが、ミコトは嬉しそうにロイを見つめた。
「本当?」
「本当だよ!」
「嬉しいな。じゃあ、いなくなったら、ちゃんと見つけてね。絶対ね」
ミコトは5年後、異世界に帰ったフリをしていなくなっても、ロイがすぐに会いに来てくれる想像をした。
そんな幸せなことはない。
ロイは「いなくなったら」という言葉に強い不安を感じて、ミコトをベッドに押し倒した。
「もっと、する?」
ロイの真剣な表情に、ミコトはベッドに横たわった状態で頷いた。
今度のキスは、さっきのとは違っていた。
海外の映画みたいな、深い、キス。
何回もした後に、今度は首筋や胸元にも何回もキスをしてくれる。
もしかして、ロイと、そういう事ができるのだろうか。
そう思った時だった。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
ロイはミコトからスッと離れて、ベッドに置いてあったブランケットをミコトに掛けると、ドアの方へ歩いていった。
いわゆる初夜の時にドアをノックするなんて、余程の緊急か、初夜がないことを知っている人だけだろう。
ドア越しでは話しにくかったのか、ロイはドアを開ける。
ドアの向こうにいたのはアレンだ。
ミコトはブランケットにくるまった状態で、ベッドの上で体を起こした。
初夜がないことを知っている人で、さらに緊急のようだ。
話はよく聞こえないが、アレンの表情が固い。
ロイは「分かりました」と言うと、ミコトの方に戻ってきた。
「ごめん。ちょっと緊急で行かなくちゃいけなくて」
ミコトは頷いた。
分かっていた。
ロイはすぐにどこかへ行ってしまうって。
「次は、いつ会える?」
ミコトの問いに、ロイは目を伏せた。
「俺、本当にミコトを悲しませてたんだね。明日、また会えるよ。会いに行くから」
そう言うと、ロイはミコトにキスをした。
アレンがいるのに、いいのだろうか。
「マリーと聖女に来てもらおうか?」
ミコトは再び頷いた。
ロイも頷くと、ドアの方へ歩いていき、片手を上げると、外に出て行った。
足音がどんどん遠ざかる。
「はぁー…」
ミコトはベッドに突っ伏した。
キス、いっぱいしてくれたし、好きだよって言ってくれたし、珍しく予想を上回ったから、良しとしなくてはと思いつつも、寂しさが込み上げる。
「緊急って何だろう…」




