39.聖女の歌
結婚式場である、教会はざわついていた。
開始予定時刻をすぎており、祭壇の下で、第1エラルダ国代表のアレンは必死に何かを説明をしている。
しかし教会は広く天井も高いため、ざわついている教会でアレンの声は来賓には届いていない。
「聖女の出番のようね!」
セイラは特別席から、スッと立つ。
「聖女様!?」
「セイラ、何かするの?」
ゼノマは驚き、マリーはセイラの祈祷服を引っ張った。
襲撃とミコトの負傷の報告は、すでにセイラたちの耳にも入っている。
誰もが、セイラはミコトの元へ行くと大騒ぎすると思っていたが、実際にはそんなことはなく、「アイツがミコちゃんの側にいるのなら、行かなくていい」と落ち着いて座っていたのだ。
「このままだと、ミコちゃんが悪く思われるでしょ? 私はミコちゃんのためだったら、聖女みたいに振る舞って見せるのよ!」
まるで聖女ではないかのような言い方をするセイラに、特別席にいた全員は溜息をついた。
「セイラ、歌います!」
セイラは右手を上げると、ツカツカと祭壇まで歩いていく。
「は、はい?」
「聖女って歌えるの?」
ゼノマは間抜けた声を出し、リントはマリーに尋ねる。
マリーは首を傾げた。
「お風呂で、ミコトと一緒に歌っていたりはするけど…」
「それ、鼻歌でしょ…」
リントは溜息をつく。
しかし、この場は仕方ない。
セイラがミコトのためにならないことをするとは思えない。
セイラは祭壇に上がると、驚くほど澄んだ声で話し出した。
「皆様、お待たせして大変申し訳ありません。本日は、第1エラルダ国の国会特別人物のロイと、私の筆頭護衛のミコトの結婚式にお集まりいただき、本当にありがとうございます」
よく通る澄んだ声と、光り輝く様な外見で、教会は静まり返り、全員がセイラに注目した。
聖女とは名乗っていないのに、誰もが聖女だと認識していた。
「新婦のミコトは私の護衛であり、私の大切な友人です。この晴れの舞台を私はどうお祝いするべきなのか、ずっと考えておりました。どうか、私の祈りの詩を、皆様に聴いていただき、この場にふさわしいか教えていただけないでしょうか」
教会にいた全員が、おお! と感嘆し、拍手を贈る。
セイラは全員に笑顔を向けると、息を吸った。
歌はアヴェマリアだ。
セイラは歌が得意とは思ったことはないが、ミコトが声が綺麗だと褒めてくれるので、お風呂ではよく歌っている。
「な、なに、この歌…。すごく綺麗…」
マリーは震えた声を出した。
「…何語なんだ…」
リントは呟く。
知らない言葉で歌うセイラは、紛れもなく美しい聖女だった。
ゼノマは涙を流しているし、来賓も感動に打ち震えている。
教会中がセイラに釘付けになっていた。
アヴェマリアを歌い終わり、セイラは少し悩んだ。
他の歌はほとんど知らないのだ。
教会だし、クリスマスソングでもいいだろうか。
特に何も言わず、もろびとこぞりてを歌ってみる。
ファン(セイラの中で来賓はそうなった)も喜んでいる様だし、OKということにした。
救護班でのミコトの着替えとヘアメイクが終わった。
先程と同じ髪型、同じメイク、ドレスは多少デザインが違うようだが、純白だ。
美人が戻ってきた。
「どうですか!」
ウミノとネルは、自信満々にロイに見せる。
「うん、ミコトすごく綺麗だよ」
ロイは微笑む。
これの崩れた姿をすでに見られていたせいか、ロイの反応はいつもとあまり変わらない。
まあ、ロイなので、美人のミコトだろうが、いつものミコトだろうが、こんなものかもしれない。
「旦那様を少し整えてもいいですか?」
ウミノはロイを凝視する。
ロイとしては、自分なんてどうでもいいのだが、何故かミコトが「お願いします!」と乗り気だ。
「剃り残しが気になりますし…」
ウミノは慣れた手つきで、髭を剃っていく。
「後ろ髪、かなり長いですね」
ネルはロイの髪をとかしながら、ポケットから結び紐を出す。
「切ってもいいんですけど、こういうのはどうですか?」
ネルは式典用の騎士服と同じ、深緑の結び紐でロイの長い後ろ髪をくくった。
ミコトの顔が、パァッと輝く。
「コレ、これにします!」
ミコトは拍手をする。
どうやらロイの意思は関係ないらしい。
「すごくいい! ロイ、カッコいいよ!」
「ミコトがいいなら、コレでいいよ」
何にせよ、ミコトが笑顔ならいいか、とロイも笑った。
「じゃあ、ミコト運ぶね」
ロイはそう言うと、ひょいとミコトを横向きに抱っこした。
これは、かの有名な、お姫様抱っこ!
「あ、あの、こういう感じの抱っこ?」
ミコトがきくと、ロイは頷く。
「うん。いつものおんぶや抱っこだと、ドレスがくしゃっとなるし、ミコトの顔も見えないから」
いつものって、1〜2回したことがあるだけのおんぶと抱っこを、いつもしてるみたいに言った!
しかも、顔が見えないとか言った!
ミコトは顔が赤くなるのを、必死に呼吸で抑えた。
これだから、天然素直イケメンは困る。
ふと見ると、ウミノとネルがニヤニヤしている。
絶対に、愛されてると勘違いをしてそうだ。
違うんです、この人、このノリで、1ヶ月一言もなく放置するんです! と、言いたい。
「急ぐよ」
ロイは言うと、通常の男性の2倍くらいのスピードで走り出した。
「は、はやっ!」
ミコトは思わずロイにしがみつく。
人を抱きかかえて、こんなに速く走る人間なんているのだろうか。
ロイって、本当に何者なんだろう。
想像以上のスピードで走っていくロイを呆然と見送って、ウミノは、我に返った。
「私たちも行かないと! 介添なんだから!」
ウミノはネルを引っ張る。
「なんか、ちょっと、不満じゃない?」
ネルはウミノに言った。
何が? とウミノは首を傾げる。
「旦那様は、明らかにミコトさんが好きなのに、あんなに綺麗な姿を見ても、あまり態度が変わらないというか…」
隣できいていたシーマは苦笑した。
「団長はあんな感じの人なんですよ」
「違うんだな! ロイ君の好みは、ああじゃないんだよ!」
ネルとシーマの間に、キダンがぐいっと割り込んだ。
「キ、キダンさん!?」
シーマは驚きの声を上げる。
「シーマ君、久しぶりー」
キダンは手をヒラヒラと振る。
ウミノとネルは、かなり引いている。
「さっきの頭おかしいオジサンだー、みたいな反応、傷つくなぁ!」
ウミノとネルは、さらに一歩下がる。
シーマはキダンの肩に手を置いた。
「問題起こすのはやめてください」
「ちょっと、シーマ君まで、そんな事言うのやめてよ! 僕は、ロイ君の好みを伝えにきただけなんだから」
ネルは一歩前に出た。
「教えてください」
キダンはニッコリ笑う。
「ロイ君はね、ロリコンなんだよ!」
シーマはガッカリした。
キダンという男は、冗談しか言わない。
ネルとウミノは顔を見合わせている。
「ロイ君は、いつもの、あどけないミコトちゃんが好きなんだよ。いつも抱っこしたりしてるんだよ?」
ネルとウミノは、ハッとした表情になる。
先程の、ほんの少しの情報から、間違った方向へ、人の思考を導いていく。
キダンはシーマの一つ上で、騎士養成所で一緒だった。
キダンはその頃から問題児で、養成所を出た後は騎士団には入らず、諜報部門に入った。
その後は人妻に手を出したり、尋問部門で問題を起こしたり、とにかく、困った人物なのである。
「だからね、初夜のメイクは、そういう感じがいいと思うんだよね!」
シーマは天井を見つめて溜息をついた。
初夜は形としてあるのだろうが、ロイが怪我人であるミコトに手を出すとは思えない。
「ほら、もう2人とも行ってください。キダンさんは、本当は何しに来たんですか?」
シーマはウミノとネルを救護班から退出させ、キダンに向き直った。
「シーマ君は相変わらず真面目だなぁ…」
キダンは笑うと、声を落とした。
「敵の容体について教えて?」
シーマも声を落とす。
「敵はこちらでは診ていません。容体と言われても…」
「誰が死んでいて、誰が生きてたの?」
シーマはキダンを見つめた。
「まさか、知り合いなんですか?」
キダンは手を横に振った。
「勝手にこっちが知ってるだけだから、知り合いではないなぁ」
シーマは溜息をついた。
「名前は知りませんが、特徴なら…」
シーマは先程ミコトを襲った腹面の男たちの特徴と生死を教えた。
ミコトを攫った3人はロイに殺されている。
特徴を教えたいが、顔も潰されていたので、体格だけだ。
ミコトが斬ったという2人はかろうじて生きている。
コランが気絶させた1人も生きている。
「ロイ君はホント怖いなぁ。ミコトちゃんもあのレベルを2人か…」
シーマはキダンをじっと見る。
「そんな目で見ないでよー。最強夫婦には何にもしないよ?」
キダンは、ヘラヘラと笑う。
「それじゃ、シーマ君ありがとー」
キダンを見送って、シーマは溜息をついた。
最強夫婦以外には、何かをするという事なのか、と。




