37.結婚式直前の襲撃
新郎の控室は、国立宿泊所の1階にある、お風呂完備の従業員用仮眠室だ。
何故ここかというと、今朝帰ってきたロイが、髪も髭も伸び放題で酷く汚れていたからだ。
ギリギリまで諜報活動を行なっていたからなのだが、このロイの行動は、各方面から非難を浴びていた。
そして今も、新婦控室に忍び込んだキダンを連行してきた第2小隊長のコランから説教を受けている。
「私の娘も昨年結婚しましたが、嫁ぎ先が隣町の町長の息子だということもあって、結婚式までは不安が大きくてよく泣いていました。その度に妻や婿が慰めていましたよ」
コランの話を聞きながら、ロイとキダンは顔を下に向けたまま頷いた。
「それが、あんたたちは何なんですか? こんなに大きな結婚式と国家特別人物の花嫁教育? しかも襲撃されるし、天涯孤独の15歳の少女に何を背負わせてるんですか?」
同室にいたカイルは、少し離れたところに座り、言葉を挟めずにいた。
「数日前から、ミコトの表情は結婚前の娘と一緒でしたよ! この結婚が訳アリなのは理解していますよ? でも、放っておいていい訳ないでしょう?」
キダンは恐る恐る手を上げる。
「あのう、この説教、僕、関係あるかなぁ…?」
コランはキダンを睨む。
「お前が団長を連れ回していたんだろうがっ!」
「僕は早く帰った方がいいってロイ君に言ったよ!」
コランはロイを睨む。
「団長っ!?」
ロイはコランから目を逸らす。
「ちょっともう少し、調べたい事がありまして…」
ロイが言い淀んだ隙に、カイルは席を立った。
「コラン、その辺でいいだろう? お前もミコトの護衛に戻らないと」
コランは、ハッとした表情になった。
「そうですね。戻ります。失礼します」
バタバタと部屋を出ていくコランを見送って、ロイとカイルとキダンは息を吐いた。
「キダン、何で新婦控室に忍び込んだりしたんだよ?」
カイルは心底呆れたように言う。
「そう、それ! ミコトちゃん、全然筋肉ゴリラじゃないじゃん! 可愛いじゃん!」
キダンはロイに向かって言う。
「俺、筋肉ゴリラなんて、一言も言ってないですけど」
「しかもさぁ、巨乳だよね!」
「きょっ!?」
ロイとカイルは目を見開く。
「僕、羽交い締めにされたんだけどね、すっごい胸当たってるの! アレ、本人分かってやってるのかなぁ? 強くて可愛くて巨乳! 諜報に是非欲しい人材だよー。ハニトラ要員で…」
ゴッ!
鈍い音が部屋に響き、キダンはドッと倒れた。
カイルのゲンコツがキダンの頭を直撃したようだ。
「ま、まあ、コイツは放っておくとして…」
「あー、そうやれば良かったんですね…」
ロイは倒れたキダンを見て、苦笑した。
カイルは式典用の騎士服をロイに渡す。
「ロイお前さ、ミコトの事、実は嫌いなのか?」
「えっ!?」
ロイは、本当に驚いた。
ミコトを嫌いと思う訳が無い。
「嫌いな訳ないですよ! 何でそんな事…」
「いや、コランの話じゃないけど、ミコトに何も言わずに国外に行ったろう? その上、帰国は今朝だ。ミコトも数日前からお前の話をしても無反応だし、騎士団内では、何らかの事情で結婚するけど、団長には全くその気がない、むしろミコトを避けている、形だけの結婚だともっぱら噂なんだよ」
ロイは受け取った騎士服をバサバサと落としていた。
確かに何も言わずに、出国した。
キスしたことを怒っている感じがしたし、もうしなくていいとも言われた。
送ることも断られて、若干気まずいと思っていた。
とはいえ、ロイの中でミコトの存在はいつも感じ取れたし、あまり離れている気がしなかった。
「嫌いじゃないなら、いいんだ。実際、形だけの結婚というのは、本当だしな」
カイルは騎士服を拾ってもう一度ロイに渡す。
「え、と、ミコトは、無反応?」
「あー、いや、正しくは、ミコトが反応する前に、聖女が怒るか、マリーが、ロイって誰でしたっけ、と冷ややかに言い返すか、だな」
「怖い!」
ロイはその場にしゃがみ込んだ。
「だから、形だけの結婚でも、嫌ってはいないことを言っておいた方がいいんじゃないかと思ったんだが…。すまん、俺もこういうのは、正解がわからないんだ。というか、いい加減着替えろよ」
カイルは溜息をついた。
ロイも溜息をつくと、渋々、騎士服に袖を通した。
結婚式の40分前に、ミコトの全ての準備が整った。
ドレスを着て、ヘアメイクをしたミコトは、20歳くらいの美人に見える。
「す、すごい! 大人っぽい! 別人すぎる!」
ミコトは自分の姿に興奮した。
馬子にも衣装のスペシャルバージョンである。
「旦那様とは年齢差がありますし、来賓も多いので、大人っぽくしてみました!」
ウミノはドヤ顔をした。
「髪もすごい…! コレ、全部地毛とは思えない!」
アップされた髪は、斜め横からクルクルとカールしながら垂れ下がり、髪の中にもパールや宝石が散りばめられ、頭上の高価そうなティアラはキラキラと光を反射している。
「メイクとドレスに合わせてみました!」
ネルもドヤ顔をしている。
ウミノとネルの技術はとてもすごいものだった。
こんなに大人っぽい美人なら、ロイの隣に並んでも何とかなるだろう。
もしかしたら、ロイもちょっとは女性として見てくれるかもしれない。
「2人ともありがとうございます! なんか、もう、弟子入りしたいです!」
ミコトの言葉に、ウミノとネルも笑顔になった。
「さあ行きましょう。とりあえず、教会の裏口から入るのでしたよね」
ウミノはミコトの手を取り、ネルはドレスの裾を持つ。
聖女棟の入り口を出ると、ニアとソル、第2小隊のみんなが振り向いた。
うわぁ、という歓声があがる。
恥ずかしいけど、なんだか嬉しい…。
と、その時、6人の腹面をした男たちがバラバラと飛び出してきた。
「襲撃だ! ミコトを守れ!」
コランは大声を上げる。
ニアとソルはミコトの前を堅める。
こんな、こんな時に!
6人もどこに隠れていたのか。
何故誰も気が付かなかったのか。
答えはすぐにわかった。
先日の夜中の襲撃の連中とは、実力が全然違う。
キダン並みの気配遮断、リント並みの身のこなし。
第2小隊10人と、ニアとソルで、12人もいた護衛が次々と倒されていく。
ウミノとネルは悲鳴を上げる。
「ミコト、下がれ!」
「ミコトは死んでも守る!」
ニアとソルは、ミコトを狙ってきた腹面の大男に斬りかかる。
「ダメ! 待って!」
ミコトは叫んだが、大男の体に似合わない素早い剣捌きで、ニアとソルはドサッと倒れ、赤い血が地面に広がっていく。
「ニア! ソル!」
「いやぁぁー!」
「きゃぁぁー!」
ウミノとネルの叫び声が遠くに聞こえた。
ミコトはふらりと前に出てニアの剣を拾う。
「ミコト! ダメだ!」
コランの声も遠くに聞こえる。
「……さない」
大男は笑った。
「なんだぁ? お嬢さん、剣なんか使えないだろう? こちとらお嬢さんだけ来てくれればいいんだよ。しっかし、国家特別なんとやらの妻は、美人ばかりなんだなぁ!」
「許さないっ!」
大男がミコトを捕まえようと手を伸ばした瞬間、ミコトはそれを避け、剣を横に薙いだ。
大男から血が吹き出し、倒れ、ミコトの純白のドレスが赤く染まる。
あと、何人残ってる?
コランさんに2人がかりか!?
全員ぶった斬る!
ミコトは走り、コランに斬りかかろうとしていた細身の男を斬りつける。
「ぐあっ!」
もう1人やってやる!
すぐさま隣の男に足払いをかける。
中肉中背の男が倒れたところを、ミコトは剣で突き刺そうとする…
「そこまでだ! 止まれ! この女がどうなってもいいのか!?」
振り向くと、ウミノが腹面の長身の男に捕らえられ、首元に剣を突きつけられている。
「なっ!?」
ウミノはボロボロと涙を流しながら、ガタガタ震えている。
しまった!!
「とんでもねぇ女だな! まず武器を捨てろ! 男2人もだ!」
よく見ると、味方はコランと第2小隊の副小隊長のハリーしか残っていない。
敵は、ウミノを捕らえている長身の男と、ミコトが足払いをかけた中肉中背の男、ハリーと戦っていた大男だ。
ミコトはすぐさま剣を捨てる。
「コランさん、ごめんなさい。剣を捨てて」
「ミコト…!」
本当はコランの指示に従わないといけない。
でも、ウミノを見捨てるなんて、絶対にダメだ。
「アイツらは、私さえいればいいはず。私は言う事をきくから、今すぐその子を離して! 他の人にも手を出さないで!」
長身の男はチッと舌打ちをした。
「2人もやりやがったくせに、手を出すなぁ?」
長身の男はミコトを上から下までジロジロと見た。
その間に、中肉中背の男と大男は長身の男のそばに行った。
大男が長身の男に「すげぇいい女だぜ」と小突く。
長身の男は頷く。
「わかった。アンタさえ来てくれれば、他はどうでもいい」
「ミコト! ダメだ! お前だけは…グァッ」
ミコトを引き止めようとしたコランを、大男が蹴り飛ばす。
「コランさんっ! 手を出さない約束でしょう!?」
長身の男は、ニヤリと笑う。
「アンタはかなりの手練れだなぁ? 動きでわかる。悪いが少し眠ってもらうぜ」
大男が布に染み込ませた薬をミコトに嗅がせる。
コレ、吸引タイプの眠剤だ!
ミコトの頭がくらりと揺れる。
服用タイプの眠剤より効果は軽いが、10分くらいで深い眠りに落ちるものだ。
眠ってはいけない!
自力で脱出出来なくなる!
「ぐっ…」
ミコトの足がふらつく。
「おっと!」
大男はミコトを支える。
ウミノを捕らえている長身の男が叫ぶ。
「まだ動くな! お前らは縛る!」
中肉中背の男が素早くハリーを縛り、腰を抜かしていたネルを縛る。
長身の男がウミノを縛り地面に放り出す。
「きゃあ!」
「ウミノ…さん…、ネル…さ…」
眠い…
でも、絶対に眠るもんか…!
「この女、まだ起きてるぜ」
大男は呆れた声を出す。
「大した精神だ。だが、眠った後が楽しみだなぁ! こんな美人と楽しめるなんてなぁ!」
「スタイル抜群だぜ? たまんねー!」
な、に、コイツら、攫うだけじゃないのか…。
ミコトは長身の男と大男に担がれ、かなりのスピードで運ばれていった。
聖女棟がどんどん遠ざかる。
教会とは逆方向の街外れに向かっている。
眠るもんか!
こんな奴らに絶対に好きにさせるもんか!!




