32.襲撃後
ミコトとセイラとマリーの、騎士団生活が始まった。
リントの迅速な対応により、応接室にベッドなど必要なものが運び込まれ、急遽、聖女の部屋となった。
講義は、騎士団の会議室(狭いためあまり使用されていない)を利用する事になった。
とりあえず、緊急臨時朝会を開くとのことで、騎士団員はほぼ全員朝会に出ている。
ミコトは騎士団長室で、カイルとシーマに見守られ、留守番である。
「しかし、ロイは本当にバカだなぁ。ミコトに一言もなく発っていたとは…」
カイルはしみじみと言う。
ミコトもそれはそう思うが、ロイの事をあれこれ考えても、無駄だと考えることにした。
これはもう、アレンの心境だ。
「ミコトさん3人捕縛したそうで、さすがですね」
シーマはニッコリと笑う。
「リントが減らしてくれたからですよ」
ミコトもニッコリと笑う。
事実、大男7人が同時に襲いかかって来たら、ミコトでも無理である。
「雇われたBランクの冒険者だったんだろう? Bランクといえば、小隊長クラスの奴も多い。しかも、奴ら尋問中に、黒髪の女が恐ろしいと呟いているそうじゃないか?」
カイルはニヤニヤしながらミコトを見る。
ミコトはサッと目を逸らした。
太腿を刺した男は、あの時点で実力差に気付いて抵抗をしなかったらしい。
薬を最初に飲ませた男は、ミコトが床に叩きつけたことで、顔の骨が折れてしまったと聞いた。
少々やりすぎたのかもしれない。
「朝会、参加したかったなー」
ミコトが話を逸らすと、カイルは真面目な表情になった。
「リントに任せておけ。アイツもいい機会だろう」
騎士団の練習場で、騎士団員ほぼ全員の前に立って、リントは叫んだ。
「もう知っている者も多いと思うが、昨晩遅く、ミコトが襲われた」
練習場がザワザワとする。
「襲撃者はBランク冒険者7人、6人捕縛、1人逃走。ミコト、聖女、侍女に怪我はなかった。6人捕縛の内、3人はミコトが捕縛した」
練習場がさらにざわつく。
すげぇとか、やっぱりなぁなどの声が聞こえてくる。
「ここで全員に考えを改めてもらいたい。ミコトは護衛対象であって、戦闘に参加する者ではないということを」
少し、しんとした後、イワンが口を開いた。
「参加させたんだろう? 捕縛してるんだからさ」
リントはバッと頭を下げた。
「俺の失態だ。ミコトがただの女性なら、攫われていた。護衛対象の国家特別人物の妻を攫われていたんだ」
練習場が静まり返る。
「今から見直した護衛案を発表する。意見はその都度言って欲しい。もう一度言う。我々が護衛するのは、我が国唯一の国家特別人物の唯一の妻だ。団長が戻るまで、ミコトに傷一つ負わせてはいけない!」
「了解!」
練習場がウワァと活気に溢れた。
この様子を応接室から盗み見ていたマリーとセイラは顔を見合わせた。
「ミコちゃんを騎士団長室に追いやった意味がわかったよー。マリー、惚れ直しちゃったんじゃない?」
セイラが言うと、マリーは微笑んだ。
「やっと、というところね」
「うわぁ、さすがマリー」
2人はクスクスと笑った。
騎士団の会議室で、ミコトの花嫁教育が再開された。
護衛を室内に配置する案があったが、丁重にお断りした。
その代わり、護衛は外に3人である。
講義の内容が聞こえない事を祈るしかない。
「ミコトさん、ご無事で良かった。襲われたなんて、怖かったでしょう!」
ナラはミコトを抱きしめる。
怖くはありませんでしたが、怖がられました。
とは言えない…。
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
ナラは、優しくて、おばあちゃんみたいだ、とミコトは思っていた。
「今日の講義は避妊についてです」
ナラはそう言うと、6〜7人しか座れない騎士団会議室の机上に、バラバラと何やらグッズを置いた。
「これは…」
「避妊具です」
やっぱり会議室内に護衛いなくて良かった!
ミコトは少し声のトーンを落とした。
「あの、避妊って、必要なんですか? たくさん子どもを産むのが仕事だと思ってますが…」
実際はロイとの間にそういう事はないのだが。
「妊娠、出産には命の危険が伴います。連続の妊娠は避けなければなりません。でも、旦那様の性欲を抑える訳には参りません。その為の避妊です。」
「性欲…」
ミコトの顔が赤くなる。
「ミコトさん、国家特別人物の妻にとって一番大切な事は、子どもを産むことではありません。健康で暮らし、旦那様より1日でも長く生きる事です」
「え? そうなんですか?」
意外である。
国家特別人物の結婚は、子どもを産む為のものだと思っていた。
ナラは頷いた。
「大切な人の死はとても悲しいものです。旦那様にその悲しみを与えてはならないのです。ミコトさん、あなたはロイさんより先に死んではなりません。酷な事を言うようですが、ロイさんが亡くなった悲しみの方を、ミコトさんが背負うのです」
ミコトは言葉を失った。
大切な人より、長く生きることが、大切?
そもそも、ロイはミコトが死んだら悲しいのだろうか。
ミコトはロイが死んでしまったら、すごく悲しいが、そんな世界を選べということだろうか。
「ごめんなさいね。混乱するかもしれませんが、子どもを産む妻の代わりはいても、ミコトさんの代わりはいないのです」
「ええと? ハイ…」
偽装結婚だから、この部分、関係ない、よね。
ナラの目がとても真剣なので、関係ないと思いつつも、心に重く響く。
「騎士団の皆様も、ミコトさんを本気で守る事にしたようですね」
ナラは真剣な目のまま、ミコトに言った。
「何だか、申し訳ないです。私のためにこんなに人材をとってしまって…」
ミコトは騎士団長の事務補佐をしているので、騎士団の仕事がそれなりに多い事を知っている。
1人のために、こんなに人材を使っていては、町の見回りや町の出入り口の警護が疎かになってしまう。
「いいえ。申し訳なくないのです。むしろ今までが手薄すぎました。ミコトさんは、感謝を忘れずに、堂々と警護されて下さいね」
「は、はい」
ナラに押される形で、ミコトは返事をした。
感謝…、ありがとうって言うことか。
国家特別人物の妻は、自分を一番大切にして長生きをし、周りの守ってくれる人に感謝をする。
なんだか、今までの生き方とあまりにも違う。
今までは、自分のことは自分で守れるように強くなって、自立するために、危険な職業と言われる騎士団をやっていた。
誰にも迷惑をかけずに、自分だけでしっかりやっていくことが、最善だと思っていた。
「さあ、ミコトさん、避妊について、一つ一つ説明いたしますね!」
そうでした!
でも、これも、命を大切にする、大事な知識だ。
「はい!」
ミコトは大きな声で返事をした。




