30.ロイの不在
ロイが第2エラルダ国に諜報活動に行ってから、1週間が経過していた。
ミコトは第1エラルダ国の政務棟会議室で、相変わらず、国家特別人物の妻教育を受けていた。
今日からは、なんと、妻の夜のお勤めについての勉強である。
ミコトは10歳で転移してきたこともあり、この方面の知識が皆無である。
先日娼館についてリントが説明してくれた時も、エッチな話だと思っただけで、実は理解はしていなかった。
そのため、ナラの説明に食い気味でミコトは頷いていた。
「ミコトさん、今日はとてもやる気がありますね」
ナラが少々引き気味であることに、ミコトはハッとなった。
「えっと、知らない事が多くて、勉強になるなぁって…」
これはミコトの本心である。
「そうですか。ミコトさんはご両親を亡くされてるのでしたね」
ナラは涙ぐむ。
どうやら、こういう話は、両親から伝え聞くもののようだ。
ミコトの両親は地球で元気にしていると思うが、ミコトは聖女の護衛のために連れてこられた辺境の村の少女、という設定である。
今回の結婚式に村の両親を呼ぶ事は不可能なので、亡くなったという設定になったらしい。
こんな嘘を重ねた結果、田舎の薄幸の少女が、イケメン国家特別人物に見初められ嫁ぐという、シンデレラストーリーが出来上がってしまったのだ。
その実は、聖女のオマケで転移した少女の偽装結婚ストーリーなのだが。
「承知しましたわ! 私が、責任を持って、しっかり教えて差し上げますね!」
ナラは使命に燃えている。
「お、お願いします!」
ミコトは、この講義が一番ロイとの結婚生活に必要ないと分かってはいたが、好奇心に勝てず、一番しっかりときいてしまった。
講義が終わった後、ホワーンとした頭で会議室のドアを開けると、護衛のニアと目が合った。
この脳内状態で男性に会うのは、ちょっと気恥ずかしい。
「あ、あの、午後の講義は先生の都合で無くなって…」
ミコトが顔を赤くしたからか、ニアまで顔を赤くする。
「知ってる! さっき聞いた!」
ニアのこの反応!
講義の内容が外にまで聞こえていたのだろうか?
だとしたら、気恥ずかしいどころではない。
ミコトはあまりにもバツが悪くて、下を向いて歩き出した。
「ミコトも、そんな格好するんだな…」
今日のミコトの格好は、先日国家特別人物懇親会に行った時の白いワンピースに赤いパンプスである。
帯剣していないと落ち着かないので、腰にはロイから貰った短剣を先日と同じように付けている。
「ああ、これ? なんかね、私があまりにもガサツだから、普段からスカートを着用しろと言われてしまって…」
確かに、騎士団でスカートを履いたことはないから、ニアからすると見慣れないだろう。
そういえば、朝の護衛時にソルも驚いていた。
「その短剣は、団長が…?」
ミコトと同い年のニアにも、この短剣の意味が分かるようだ。
分かっていないのは、ロイだけだ。
「うん」
ミコトは赤い顔のまま、ニッコリ笑った。
これで、シンデレラストーリーに溺愛の追加である。
かなり虚しいので、ミコトはハァと溜息をついた。
その様子を見て、ニアは顔を曇らせた。
「やっぱり寂しいよな。仕事とはいえ、式までずっと団長がいないのは」
ミコトは、歩きをピタッと止めた。
「え? ロイ、いないの?」
ニアは驚いた顔をする。
「聞いてないのか? 団長、重要任務で式まで国外にいるって…」
聞いていない。
式までって、あと3週間いないってことだろうか。
「いつから、いないの?」
ミコトの問いに、ニアは少したじろぐ。
「い、1週間前から…」
「いっしゅうかん…?」
そんなに前からいなかったなんて、全然気づかなかった。
仕事でいないのは、仕方ない。
でも、何故ミコトに一言もないのだろう。
ああ、そうか。
これが、嘘の結婚だからか。
ロイからすれば、ミコトに何かを言う必要なんて、ないのだ。
リントも毎晩護衛に来るくせに、そんな事一言も言ってなかった。
リントはこの結婚が偽装だと知っている。
リントからしても、言う必要はないってことだ。
ミコトだけが、ロイのことばかり考えているのだ。
あの、5年間と同じだ。
「ミコト…」
ニアの心配そうな声に、ミコトは我に返った。
ニアの前で、泣く訳にはいかない。
「ニアは、隠し武器って持ってる?」
唐突な質問だったが、ニアは頷いた。
「持ってるけど…」
「じゃあ、その武器を買ったお店に連れて行って」
「え!?」
驚いたニアに、ミコトは詰め寄った。
「午後の講義はないんだし、ちょっとくらい買い物してもいいじゃん。ニアが一緒に来てくれないなら、勝手に一人で行く。リントに何か言われたら、私がワガママ言って脅してきたって言っていいから!」
実際、今のこの状態は脅しである。
「わ、分かった。連れて行くから、怒るなよ」
「怒ってなんか…」
いや、怒っているのか。
ロイに勝手に期待して、挙げ句の果てに、ニアに八つ当たりをしているのだ。
ミコトは何も成長していない自分に愕然とした。
「ミコトも毎日勉強じゃキツイよな。同期のよしみで付き合ってやるよ」
ニアは笑う。
こんなミコトを同期の仲間だと言ってくれるなんて、ニアはとてもいい奴だ。
「ありがとう…」
ミコトはニアと一緒に行った武器屋で、隠し武器として使用するナイフを6本購入した。
武器屋の店員に、お試ししますか? ときかれたが、ミコトは断った。
ミコトが隠し武器を持つ事を、ロイは禁止していた。
俺が守るからって言っていた。
でも、国外にいるロイがミコトを守れるとは思えない。
やっぱり自分の事は、自分で守らなくてはいけないのだ。
聖女の部屋に帰ると、セイラがベッドで寝息を立てていた。
マリーは出かけているようだ。
ミコトはベッドに腰掛けて、セイラの寝顔を眺めた。
セイラを見ていると、日本の事を思い出す。
パパとママ、元気だろうか。
ミコトが結婚すると知ったら、きっと驚くだろう。
偽装結婚だとバレたら、ウチの可愛い娘を愛してない奴には渡せない! とパパなら言いそうだ。
セイラもずっと怒って…。
ミコトは目を開いた。
そうだ。
セイラはずっとロイの事を怒っているんだ。
この世界に来た時から、セイラはずっと、ミコトが過ごしやすいように振る舞っている。
あえて話した事はないが、セイラはミコトが戻れないことを知っているのだろう。
だから、ミコトがこの世界で不利にならないように、ミコトが大事だと言い続けているのだ。
ワガママな聖女と思われても、ミコトのやりたい事を最優先し、ミコトがこの世界で人脈を作れるようにしてくれている。
そして、ミコトを泣かせたり怪我させたりするロイを、まるで親のように怒っているのだ。
「すごい、すごいなぁ、セイラ…」
ミコトはセイラに何をしてあげただろうか。
護衛なのに、殆ど側にいない。
ミコトは自分のことばかりだ。
セイラの横に、ミコトは寝転がった。
情けなくて、ありがたくて、涙が出てくる。
何をしたら、いいのだろう。
セイラに、ロイに、優しい人たちに。
少なくとも、ロイへの反抗心で、隠し武器を買う事では、ないはずだ。




