3.異世界の事情
エラルダの歴史は戦いの歴史だった。
魔物が生まれやすい世界のため、人間と魔物は長い間ずっと戦ってきた。
しかし魔物の強さと数の前に、人間は今にも滅びようとしていた。
それを何とかするために、神様たちは人間の何人かに特別な力を与えた。
その特別な人間たちは、魔物を抑えてくれたが、エラルダで絶対的な権力を誇ることになり、特別な人間たち以外を迫害し、さらに特別な人間同士でも争い始めた。
町は焼かれ、草木は枯れ果て、人間の数が100人以下になり戦争が無力化したところで、神様たちは特別な人間をエラルダでは創造しないという禁止事項をつくった。
しかしそれでも魔物は生まれてきてしまう。
強い魔物が多くなれば、結局エラルダは滅亡してしまう。
そこで神様たちは考えた。
異世界の人間に特別な力を与えて、魔物の強さを抑えてもらうというのはどうだろうかと。
異世界の人間に短期間エラルダのために働いてもらい、きちんと労働に対する報酬を与えて帰ってもらう。
そうすれば、エラルダで権力を持つこともない。
この提案を唯一受け入れてくれた地球の神様は、不幸な子どもを幸せに導いてくれるのなら…という条件を出してきた。
しかし、あまりに小さい子どもでは、エラルダの神様が与える力に耐えられない可能性があり、何より仕事をこなせない。
精神構造上、魔物を抑える聖力は女性の方が強いので、出来れば女性を召喚したい。
10歳以上の女性でなくては……。
エラルダと地球の神様たちは話し合いを重ねた結果、
・10〜13歳の不幸基準を満たした女性の魂を転移させる
・エラルダ転移時に女性の希望を一つ叶える
・聖女の任期は10年
・聖女のエラルダでの結婚は禁止
・地球の知識を用いてエラルダに大きな影響を与えることは禁止
・任期終了後はエラルダの記憶を削除し、神様の加護を与え、転移した当時の体に魂をもどす
などの協定を取り決めた。
神様の加護は強力で、加護を与えられた女性は二度と理不尽な不幸には遭わない。
エラルダと地球間の聖女転移システムが、協定を元に50年かけて何とか構築され、200年以上たった今も、魔物による極端な人間の減少や、力を持った人間による虐殺や自然破壊は起きていない。
現在までに、21人の聖女が見事に仕事を終えて地球に帰り、幸せに暮らした、もしくは暮らしている。
ミコトは、うーんと唸った。
神様や歴代聖女たちには悪いけど、これでは聖女というより、派遣社員だよ。
しかも、聖女は美少女関係ないし、結婚禁止だから、イケメン王子と結婚もできない。
なんだか夢がないな、と思いつつも、ミコトは一番聞きたかったことをきくことにした。
「あの、私は何故転移したんですか? 話を聞く限り、転移するのは聖女だけでいいですよね?」
今までの聖女云々は、すべてセイラの話だった。
「エラルダ転移時に女性の希望を一つ叶えるとあっただろう? セイラの希望が、『ミコトと一緒にいること』だったのじゃよ」
「そうか! それで……」
セイラってば、そんなに私といたかったのかぁ。
ミコトの口角は自然に上がっていた。
「そしてミコトの転移こそが、聖女転移システム史上初めて起こった大問題なのじゃ」
「だ、大問題!?」
嫌な予感しかしないけど!?
「結論からはっきり言おう。セイラが10年後、地球の元いた場所と時間に戻る時、ミコトは一緒には戻れないんじゃ」
「……え?」
神様は今なんて言ったのだろう。
ミコトの放心をよそに、神様は続けて言った。
「ミコトはこのエラルダで一生暮らすことになる。二度とパパとママ、戻った後のセイラには会えないのじゃよ」
ニドトアエナイ、パパトママトセイラニ……?
「セイラは聖女転移システムで魂だけこちらにきているのに対し、ミコトはセイラの希望でこちらにきているのじゃ。聖女転移システムは『ミコトと一緒に』という言葉をそのまま処理してしまい、本当にミコトのままこちらに転移させてしまったのじゃ」
それの何がダメなのか、ミコトには理解できない。
「人間が異世界間をそのまま移動することは、ほぼ不可能なのじゃ。だから複雑な神力を用いて聖女となる女性の魂だけを転移するシステムを構築したのに、まさかその中に組み込まれている希望を叶えるシステムが人間の魂が入った肉体の異世界移動を成し遂げてしまったのじゃ!」
神様は早口で興奮気味に言った。
つまり、バグった? ということだろうか。
「あの、それで、何で帰れないのか……は?」
「つまりな、偶然、たまたま、奇跡的にミコトは肉体持ちでこちらに転移したのはいいが、帰りは希望を叶えるシステムがないから、その奇跡は起こせないということじゃ。もし、この10年の間に何とかそのシステムが作れたとしても、ミコトの肉体は10年の年月が経っている。それで帰されても困るじゃろう。それにな、肉体持ちの場合、狙った場所と時間に無傷で行ける保証が全くないのじゃよ」
ミコトの頭の中に、20歳のミコトがランドセルを背負って小学校に通う図が浮かんだ。
いやいやいや、あり得ないし!
しかも無傷で帰れないとか言ってるし!!
「あの、今までに、同じ様に一緒に来て欲しい人を希望した聖女はいなかったんですか?」
今までに聖女は21人いたと言っていた。
1人くらいはそんな希望をした聖女がいてもいい。
「いなかったよ。イジメや虐待を受けている女性だからかもしれないが……」
「じゃあ、今までの聖女は何を希望していたのですか?」
「一番多かった希望は、容姿を良くして欲しい、じゃな」
「容姿って……え、美少女で聖女やりたいってことですか?」
「ワシには理解できんが、エラルダの肉体は入れ物だから、容姿変更はシステム的には楽にできた様だなぁ……」
美少女になりたい……か。
ミコトには少し、いや、結構理解できる。
「誰にも殴られないようにして欲しいとかもあったが、もちろん、聖女を殴る様な奴はこの国にはいないから安心せい」
なるほど。
この世界の第1エラルダという国にいれば、聖女、つまりセイラの安全は保障されているということか。
だとしたら、日本より全然いいのではないか、とミコトは思ってしまっていた。
このまま日本にいても、セイラは目立つ見た目でもっと理不尽な目に遭うかもしれないのだ。
でもこの世界では、聖女は特別な存在で、誰も聖女であるセイラを害したりしない。
そして、聖女の仕事を10年やれば、幸せになれる加護がもらえるので、日本に戻ってからも安心・安全である。
「つまり、私は聖女のオマケで転移してしまい、私だけ地球に戻れないけど、セイラは聖女の仕事さえすれば、この先ずっと幸せで安全ということですか?」
ミコトが自分のことをオマケと言ったので、神様は少し驚いたような顔をしたが、「そうじゃ」と頷いた。
地球に戻れないのは、パパとママにもう会えないのは、とても悲しい。
きっとパパとママも悲しむに違いない。
でも、その代わりでもないけど、セイラは幸せに暮らせる。
熊崎一家はセイラを幸せにすると決めていたのだから、これはいいことのはずだ。
「わかりました! 私は、この世界で何をしてもいいんですか?」
「切り替え早いな!? まあ、何をしてもいいが、この世界を変えるような事は禁止じゃ。ミコトを消すような事はこちらもしたくないから気をつけるんじゃよ」
ミコトが世界を変えるのは無理なので、そこは考えなくてもいいだろう。
「じゃあ、私、聖女の護衛をします! セイラをいじめる奴をやっつけることは、私が一番やりたかったことなんです。そして、10年後はスローライフを目指します! 知ってますか? スローライフは最高らしいです!」
「す、すろーらいふ……。まあ、それなら、いい、じゃろ」
神様は少し呆れたように、許可を出したのだった。




