29.アリアン家
明朝、ロイはキダンと共に第2エラルダに向けて出発することになった。
馬で駆けていくのかと思いきや、公務用馬車である。
諜報活動なのに公務用馬車で行ったら、目立つのではないだろうか。
それに先程から馬車内でのキダンとの距離が近いような…。
「あの、キダンさん。なんでそんなにくっついてくるんですかね?」
ロイは、キダンに恐る恐る尋ねる。
キダンはアレンよりもマリーに似ている。
いや、マリーがキダンに似ているのか。
銀色の髪に紫に近い瞳。
ロイと同じくらいの身長だが、騎士ではないため、体格は細めである。
とはいえ、40歳のオジサンである。
オジサンにピッタリくっつかれても、困るだけだ。
「ロイ君、本当にいい男になったなーと思って」
キダンは紫の瞳をロイに向ける。
いや、気持ち悪い!
ロイは咄嗟に離れて向かい側の席に移動した。
「な、なんで公務用馬車なんですか!?」
「そりゃあ、ロイ君と2人でゆっくり話したいなと思って?」
ロイの顔が青ざめる。
キダンはクックッと笑った。
「やっぱりオジサンは趣味じゃないかぁ。ロイ君はロリコンだもんね」
「ロリ…?」
どうやら、からかわれているだけと分かったが、ロリコンとは一体何だろう。
「あれ、知らない? 今、結構問題になってるんだよ。成人したばかりの15歳の少女に求婚する25歳以上のオジサンが多いことが!」
「え?」
「僕には理解できないけどね。女性の魅力は30歳からじゃない? 15歳なんて子どもすぎて考えられないよ。でも、あの子どもな感じ? がいいっていう変態オジサンの多いこと! そういう人をロリコンって言うんだよ。気持ち悪いよねぇ?」
「ぐはっ…」
ロイは馬車の座席から崩れ落ちた。
よもや、オジサンからも気持ち悪い呼ばわりされるとは。
そもそも、25歳はオジサンだったのか。
ミコトから見ると、オジサンなのか。
確かにミコトの顔つきはまだまだあどけない。
それも可愛いと思っていたが、それは変態だからなのか。
「あ、言い忘れてたけど、15歳のミコトちゃんと結婚おめでとう、ロイ君!」
「……っ!」
キダンと5時間も馬車で一緒とは…。
ロイはあまり感じたことのない疲労を感じ始めていた。
「ミコトちゃんを一目見たかったんだけどさ、マリーにミコトに近づいたら殺すって言われちゃって、諦めたんだよねー」
キダンの向かいの席に座り直したロイは、マリーが本気なのを知っているので、ただ頷いた。
「あの、これから5時間もこの話するんですか?」
キダンはニッコリと笑う。
「それでもいいんだけどさ。正しくは、あと3時間かな。途中の町で馬に乗り換えて第2に向かう」
ロイはホッとした。
3時間も長いが。
「あ、今安心した? まだまだ話し足りないんだけどなぁ、僕は」
ロイは首をぶんぶんと横に振る。
「ロイ君さ、素直でバカなところは君の長所だけど、これから先はそうもいかないよ」
ロイは愕然とした。
アレンやマリーにもよくバカと言われるが、あまり面識のないキダンにまで言われると、少々腹立たしい。
「セタ君がいた頃は、それでもいいと思ったけどね。むしろ君の素直な明るさがセタ君を補佐するだろうって」
キダンは遠い目をしている。
ロイは息を吐いた。
「何が言いたいんですか?」
キダンはロイの目を真っ直ぐ見た。
「君は知らなさすぎる。自分の事も、周りの事も。それではミコトちゃんを守れない。ミコトちゃん、このままだと殺されてしまうよ?」
馬車のガタガタという音が馬車内に響く。
「ミコトが…殺されるって…」
ロイは微かに声を出した。
「まず、ロイ君自身の話をしようか。ロイ・アリアン君?」
「アリアン?」
キダンはふっと笑った。
「やっぱり知らないか。ロイ君の家名だよ」
「いや、家名なんてありませんが…」
家名は、その昔、王族や貴族が使用していたものだ。
王族と貴族が300年前に滅んでからは、誰も使用していないと聞いている。
「ロイ君の先祖は、王族でも貴族でもないけど、300年前の大戦争で大きな手柄を立てて、家名をいただいたそうだよ」
「はぁ…」
何故そんなことをキダンが知っているのか。
だとしても、家名なんて今関係あるのだろうか。
「ロイ君も、自分の家系の体質が皆と違うと思ってるでしょ? 他の人には出来ない事ができたりするし」
ロイは頷いた。
父や兄もそうだったから、遺伝だと思っている程度だが。
「ロイ君は、300年前、特別な力を天より授かった人の子孫なんだよ」
「特別…」
キダンはロイの反応の薄さに、ガクッとなる。
「簡単に言うと、ロイ君はこの世界を1人で滅ぼせちゃう力があるってことだよ!」
ロイは少し考えた。
「滅しません」
キダンは苦笑した。
「君はそうでも、他の人はそう思わないんだよ。特に、第2エラルダ国代表のリオとかはね?」
「リオ…」
ロイは国家特別人物懇親会で会ったリオを思い出した。
ミコトを最後まで疑っていた男だ。
「僕は、ここ何年か、第2の諜報をしてるけど、リオはかなりの野心家だよ。特に、聖女を召喚する第1エラルダが欲しくてたまらないんだ。でも、戦争なんて仕掛けられない。何故なら第1にはアリアンの血を引く者がいるからだ。あー、ここまでは理解できてる?」
ロイの表情が変わらないため、キダンは心配になってきた。
「なんとか」
ロイは頷いた。
キダンは咳払いをすると、話を続けた。
「でも、グレンさんに続いて、セタ君も、いなくなってしまった。それは何故か? アリアン家を調べてみると、過去に4人も、愛する伴侶を失って自害した先祖がいることが判明した」
「……!」
ロイの表情が固くなる。
「やっと反応したね? というか、セタ君の時のことがあるからだよね」
キダンも少し表情が固くなる。
笑って話せることではない。
「リオはこの事に気づいてしまった。アリアンの血を引くロイ君を殺すことは不可能だけど、ロイ君の愛する人なら殺せる。その人さえ殺せば、ロイ君を殺したも同然だと言う事に」
「なっ!?」
ロイは馬車の中で立ち上がる。
馬車がガタンと揺れた。
「落ち着いて、ロイ君! 今すぐという話じゃないから!」
キダンは両手を広げて、座ってと指示する。
ロイは仕方なく座る。
「国家特別人物であるロイ君の配偶者が決まらないことを、リオはやたらと気にしていた。まぁでも、国家特別人物だからか? と思っていたんだ、先日までは」
「懇親会…?」
「そう、その懇親会ね。僕がリオの行動をおかしいと思ったのは、次の日のロイ君とミコトちゃんの買い物を第2の奴等がつけていた事だ。ロイ君は気づいていたと思うけど」
ロイは頷いた。
「気づいてたけど、殺意がなかったから放っていた。昨日の今日だし、そういう尾行もあり得ると思っていたし」
キダンも頷く。
「僕の部下がその第2の尾行をさらに尾行していたんだけどね。てっきり古代魔法に興味があるのかと思って話を盗み聞きしたら、第2の奴等が話していたのは、ロイ君とミコトちゃんの親密度の話だった」
「親密度?」
「僕もおかしいと思ったよ。明らかに大事なのは、ミコトちゃんが古代魔法適性者かもしれないってところでしょ? 親密度関係ないじゃん? それで分かっちゃったんだよね、リオの本当の目的が」
キダンは少し震えている。
「俺を殺す事…」
ロイは呟く。
「僕の部下がね、2人はまるで兄妹のように仲が良かったと報告してきたよ。つまり、第2もそう思ったということだ。兄妹愛の時点でミコトちゃんを殺す事は出来ない。下手に殺してしまったら、ロイ君が報復に来るかもしれないからね」
「うん。行く」
「そこは、断言するんだ」
キダンは笑った。
「ロイ君には、諜報活動でリオを監視・観察して、自分で考えて判断して欲しい。結婚を続けるにしても、今まで通り兄妹のように接するか、だが、第2が親密度をどう判断するか分からない。安全なのは、結婚を続けながらもミコトちゃんを無視するか、離婚して、古代魔法研究に協力させることかなぁ。それなら、命までは取られないだろう」
ロイは顔を上げた。
「決めました」
キダンはガクッとなる。
「僕の話聞いてた? 今決めろって言ってないよ?」
ロイはふっと笑う。
「俺、迷ってたんですよ。やっぱりセタ兄の事があったから、ミコトと距離置いた方がいいかもと思ったりもして、第2への諜報活動も丁度いいなって」
キダンは少しホッとした表情になった。
「そう、思うよね」
「でも、ミコトは第2の勝手な野心で殺されるかもしれないんですよね。古代魔法研究への協力もあり得ません。ミコトは古代魔法を怖がっているから。ミコトを無視も絶対にしません。そんなことをしたら、ミコトが悲しみます」
「え、じゃあ、何を、決めたの?」
キダンは恐る恐るきく。
ロイは拳を上に突き上げた。
「第2を滅ぼします!」
「うわぁ! やっぱりバカだった!!」
キダンは頭を抱えて叫んだ。
「短慮すぎるよ! 戦争反対だよ!?」
ロイは笑った。
「冗談ですよー。まぁ、戦争になる前に滅ぼせそうな気もしますが…」
キダンは背中に悪寒を感じた。
滅ぼせそうな気がするって…。
「キダンさん、アリアン家? に詳しいんですよね。知ってますか? この、繋がっている感覚。第1の首都から結構離れたのに、ミコトがどこにいるかハッキリ分かるんですよ」
キダンは青ざめた。
「ロイ君、それは…」
「この力が特別だというのなら、この力はミコトを守るためにあるんです。俺がする事は、ミコトを守ること、です」
ロイはキダンを真っ直ぐ見る。
キダンは溜息をついた。
「父に、ロイ君と話は無理だって言われたけど、こういうところか…」
「アレンさんもこの事知っているんですか? 昨日は古代魔法の事しか言ってなかったけど」
キダンは首を横に振った。
「父には、リオの企みは言っていない。僕の推測の域を出ていないからね。だからロイ君に諜報活動に参加してもらって自分で判断してもらいたかったんだ。ロイ君はバカたけど、勘はいいから。でもやっぱりバカだったし…」
バカが多い。
アレンの家系は全員こうなのかもしれない。
「キダンさん、俺のこの繋がってる感覚は母とセタ兄にもあったんですよ。母が亡くなった時、もちろんとても悲しかったんですが、でも自害? は考えた事もないですよ」
キダンは顔を上げてロイを見た。
「え? 僕が調べた限りだと、生涯に1人、愛する人にだけ繋がる感覚だと…」
ロイとキダンは首を傾げる。
「あれ? じゃあ、ミコトちゃんへの思いは、妹みたいな感じなの?」
ロイはさらに首を傾げた。
ミコトを弟だと思った事はある。
兄妹の約束をしていたが、再会してから、兄だと思って行動したことはない。
「ミコトを妹と思った事はないですけど…。部下? も違うなー」
キダンは悩むロイの様子を見て、呆れてしまった。
自分の気持ちも分かっていない25歳なんて、面倒見きれない。
「まぁ、そこは何でもいいや。僕は正直、ロイ君が無事なら、ミコトちゃんの生死はどちらでもいいんだよ」
「キダンさんが国目線で言っているのなら、ミコトは大事だと思いますよ。ミコトに何かあったら、聖女が祈りませんから」
ロイはムッとした様に言う。
「聖女とミコトちゃんが仲良いとはきいてるけど、聖女が仕事を放棄するとか、流石にあり得ないでしょ?」
キダンも言い返す。
歴代、私情を挟んだ聖女なんていなかったはずだ。
「勘ですけど、あの聖女なら放棄します。今だって、ミコトのために祈ってるだけですよ」
ロイはキッパリと言う。
「勘、ねぇ…」
キダンは呟いた。
ロイがそう言うのなら、そうなのだろう。
「あと、ミコトに何かあったら、俺が暴れます」
聖女が祈りをやめたら世界の危機だし、ロイが暴れたら、世界を滅ぼしてしまう。
「何それ。ミコトちゃん、超重要人物じゃん」
キダンはハハッと笑った。
「諜報活動は、するでいいんだよね?」
「はい。キダンさんの言うとおり、知らなさすぎは良くないですから。リオの監視と観察はやります」
ロイは至極真面目な顔をしている。
一応、話は出来たということにしよう、とキダンは思う事にした。




