28.国家特別人物の妻
中央政務棟の数ある会議室の一つで、ミコトの花嫁教育なるものが始まった。
先生はナラという白髪の60代の女性で、セタの母親とロイの母親の花嫁教育もナラが行った。
ロイの母親は亡くなっているが、セタの母親は存命とのことで、今でも時折手紙のやりとりをしているらしい。
「どうして、お怪我をされているのですか?」
ミコトの左腕を見て、ナラは鋭く質問する。
「ちょっと、転んでしまって…?」
ロイと対戦して怪我しました、とは言えない。
ナラは、ハァーと溜息をつく。
「お気をつけて下さいね。何だかレイさんを思い出しますわ」
「レイさん?」
ミコトが聞き返すと、ナラは昔を懐かしむかのように微笑んだ。
「ロイさんのお母様ですよ」
怪我の話から、ロイの母親の話が出てくるとは。
「レイさんは曲芸団の花型スターでしたから、その練習ばかりして怪我が多くて…」
「曲芸団! 花型! きっと、お綺麗な方だったんですね?」
ミコトは若干興奮気味に尋ねた。
ロイがイケメンなのは、遺伝もあるに違いない。
「はい。結婚、出産で曲芸団を引退されたので、大勢のファンが悲しまれたとか」
「さすが、ロイのお母様…。セタさんのお母様もお綺麗なんですか?」
ナラは頷く。
「一流のダンサーでしたわ。それはもう、輝く美貌で、セタさんもロイさんも外見はお母様似ですわね」
すごい!!
曲芸団の花型スターに、輝く美貌の一流ダンサー!
そんな人たちと、同じ花嫁教育を受けることになるなんて!
と、いうか、無理がありますよね?
ミコトの盛り上がっていた気持ちが一気に冷めた。
「すみません、私、こんなんで…」
もう、気にしないと決めた矢先にこれである。
ナラはニッコリと笑う。
「あのお二人は、国が選出いたしましたので。ミコトさんは、ロイさんのご希望の方です。それが一番ですよ」
ナラは優しい。
でも、ロイの希望ではない。
偽装結婚なのだ。
「ミコトさんも凄腕の騎士だときいています。男の方より強いなんて、すごいですよ。その怪我もてっきり悪党と戦ったのかと思いまして…」
「悪党じゃないですよ! ロイはかなり手加減してくれたんです……あっ!」
ミコトは自分の口を塞いだが、ナラからすぅっと笑顔が消えた。
「本当にロイさんは…。アレンさんに報告しておきますわね?」
「す、すみません…」
ロイごめん、とミコトは心の中で謝った。
国家特別人物の妻とは…という講義をナラから聞いて、ミコトは一つ思い違いをしていることに気がついた。
昨日まで、ミコトと結婚なんてロイが可哀想などと思っていたが、国家特別人物であるロイは、何人でも結婚していいのだ。
そして、妻は、国家特別人物の仕事や他の妻に意見を言う権利はないのである。
その上、国家特別人物の妻の不貞は重罪である。
子どもを授かった時、どちらの子どもか分からなくなるからだ。
つまり、ロイは浮気し放題だけど、ミコトは浮気したら処刑ということだ。
どちらかというと、可哀想なのは、ミコトの方である。
まあ、浮気のアテは全くないけれど。
そういえば、第3のライラって人、公然とロイと浮気しようとしていたけど、あれは良いのだろうか。
いっそ、処刑されればいいのでは…?
「ミコトさん、今日の講義はこれで終わりますね。また明日、同じ時間にいらしてください」
ナラの声に、ミコトはハッとした。
「ありがとうございました!」
これから、お昼休憩を挟んで、午後はまた政務棟で綺麗になる特訓とやらがある。
明日も明後日も、ずっとそうだ。
ミコトが会議室を出ると、ミコトの護衛に任命されたソルと目が合った。
朝はニアだったので、途中で交代したのだろう。
「あ、一度聖女棟に戻るんだけど、いいかな?」
ソルは頷く。
ソルは茶髪に近い金髪で、セイラより明るいグリーンの目、身長もロイほどではないが高い。
ソルはミコトの一つ上だが、ソルの事も、ミコトは容赦なくやっつけた記憶がある。
ソルもニアと同じく、護衛中は始終だんまりである。
どうしてロイはこの2人を護衛にしたのだろうか。
同年代だから、仲良いとでも思ったのだろうか。
ミコトはずっと強くなりたくて、帰ってきたロイに褒められたくて、同年代の男の子たちを練習台にしてやっつけてきたのだ。
そんなミコトが、彼らと仲良くなれる筈もない。
そう思うと、ミコトは本当に、ずっとロイばかりなのである。
聖女棟に到着し、ミコトはソルにお礼を言って別れた。
2階の聖女の部屋の窓から、その様子を見ていたセイラは、「アイツもかぁ…」と溜息をついた。
「ミコトが怪我していたのだが」
騎士団長室に入ってきたアレンは、開口一番、そう言った。
ロイは引きつった顔で笑った。
「転んだのかなー?」
アレンは座っているロイに近づくと、両手をグーにして、ロイの頭を両脇からグリグリとした。
「お前だろうが!」
「痛い痛い!」
と、いうものの、アレンはロイにはあまりダメージがない事は分かっている。
「まあ、いいわ。どうせ手加減が難しかったんだろう?」
アレンは手を離すと、ロイの前に来客用の丸椅子を持ってきて座った。
「ミコトの試合、見たことありますか?」
ロイは質問で返す。
「半年前にリントとミコトの模擬戦を見たことがあるよ。祭のイベント的な模擬戦だったが、正直、強すぎて驚いたよ」
アレンは苦笑し、ロイも苦笑する。
「ミコトの護衛も、ミコトより強い奴がいないから選ぶのに苦労しました」
アレンは声のトーンを落とした。
「その件にも関係する話なんだが、今、キダンが帰ってきていてな」
キダンとは、アレンの息子でマリーの父親である。
キダンは諜報部門に籍を置いているが、他国にいることが殆どで、ここ10年以上会っていない。
「それは、久しぶり、ですね?」
ロイは顔をしかめた。
「そう嫌そうな顔をするな。俺も嫌なんだよ。ついでに言うと、マリーは心底嫌そうだったよ」
キダンは40歳で、優秀な男だが、性格のクセが強く、アレンは息子といえど扱いにくいと感じているようだ。
マリーに至っては、父親を汚いものでも見るような目で見ている。
「キダンさんがどうかしたんですか?」
アレンはさらに声のトーンを落とす。
「第2の動きがおかしいってことだ」
ミコトに関係することなら、第3のはずである。
「俺に難しい話をしても、無駄ですよ?」
アレンはロイを睨んだ。
「そんなに難しくはない。つまり、古代魔法復活に関心があるのは、第3だけじゃないってことだよ」
ロイは首を捻った。
「古代魔法って、そんなにですか? 第1では、古代魔法の話自体、あまり聞かないですよね?」
アレンは頷いた。
「10代目の聖女が、古代魔法は禁忌だと言ったこともあって、第1では、古代魔法の研究機関がないからな。このことは、全エラルダも知っているが、第2や第3には、古代魔法研究所があって、結構研究者がいるんだよ」
「第4と第5は第1と同じ感じなんですか?」
アレンは、ふーっと息を吐く。
「そう思っていたんだけど、どうやら違うみたいだな。第1は聖女を召喚する国だけあって、聖女信仰が強いから、禁忌と言われた事を守っているが…」
ロイはふっと笑った。
「聖女信仰かぁ。俺、聖女にめちゃくちゃ嫌われてますけどね」
先日も寝入ったミコトを運んだ時に、ロイは聖女にずっと睨まれていた。
「ああ、でも、さっきマリーから聞いたんだが、聖女は、お前の事は嫌いだけど、ミコトを第3の古代魔法野郎から守ったことには感謝してるらしいぞ」
アレンの言葉に、ロイは考え込んだ。
聖女が、嫌いなのに、感謝?
「アレンさん、この間の懇親会の時、俺にしがみついていたミコトが震えていたんですよ。あの第3の男が怖いのかと思ってたんですけど、よく考えたら、あんな奴、ミコトの敵じゃないですよね。実際、転ばせたりしてたし」
「え? 転ばせたりしてたか?」
今度はアレンが首を捻った。
「誰にも分からないように、やってましたよ」
ロイは思い出し笑いをする。
その後、手を振り払ってもいた。
「ミコトが怖いのは、古代魔法か!」
アレンはポンと手を叩く。
ロイは頷いた。
震えているミコトをとにかく守らなくてはと思ったので、その時のことは、よく覚えているのだ。
「何だよ、それは。古代魔法は本当に禁忌なのか? ていうか、ミコトも何か知ってるのか?」
アレンは自分の頭を掻いた。
ミコトは何か知っているのかもしれない、とロイも思うが…。
「俺は、ミコトが怖いのなら、守るだけです」
ロイはアレンを真っ直ぐ見る。
「お前の単純な頭が羨ましい…」
アレンは苦笑すると、「それで、本題なんだが」と言った。
ロイは、本題じゃなかったのか、と言いそうだったが、頷いた。
「ロイ、結婚式まで、キダンと一緒に行動してくれないか。お前にしか出来ない諜報活動があるそうだ」
「それで、キダンさんと諜報活動ですか…」
夕方の騎士団長室で、リントは事務用の机にへたり込んだ。
「なんか、どうしてもって言われてさ」
ロイは申し訳なさそうに言う。
「ミコトもいないのに、これ以上どうしろと…」
リントはかなり疲れているのか、とても眠そうだ。
「やっぱり聖女棟の夜間護衛は…」
「いえ、それは、俺がやります。対策を練るなら、昼間に応援を寄越して下さい」
リントは眠くても相変わらずである。
ロイは、そうだ、という顔をした。
「カイルさんに応援に来てもらうか」
「ああ、そうですね、それなら…」
寝たのかと思い、ロイがリントを覗き込むと、リントはパッと目を開けた。
「あの、ロイさん、余計なお世話かもしれませんが…」
「うん?」
リントは少し考えて、再び目を閉じた。
「やっぱりいいです。30分寝ます」
「? じゃあ、俺はカイルさんのところ行ってくるよ」
騎士団長室を出ていくロイを見ながら、リントは、2人のことは、放っておこう、と考えていた。




