26.ロイの気持ちは
午後4時。
騎士団長室でロイが何とか書類を仕分けていると、リントが入ってきた。
「あれ、リント? 今日は帰って良かったのに」
リントの目が覚めたら、そのまま帰宅していいとロイはシーマに伝えていた。
「誰かさんのおかげで、何故か動けるんですよね、痛いけど!」
リントはロイを睨んだ。
「ごめんな。リント、強くなったな、本当に」
「そんな事言って、俺をやる意味なかったこと、誤魔化せませんよ」
「いやあ、他の団員じゃ物足りなくて…」
ロイは目を逸らしながら言う。
リントは溜息をついた。
「書類、あまり進んでないですね。ミコトを帰すから…」
そう言うと、リントは慣れた手つきで書類を分類し始めた。
「ミコトは明日から別件で忙しくなるからね。こっちにも殆ど来れないと思うよ」
リントは明日からの忙しさを思うとゾッとした。
「…で、ミコトの護衛は決まったんですか?」
「うん。ニアとソルにしようと思う」
リントは仕分けしていた書類をパサッと落とした。
「なんで、その2人に…」
ニアはミコトの同期で、ソルはミコトの一つ上だ。
2人とも将来有望な若手ではあるが…。
「俺に向かってくる気迫がよかったから」
「そりゃそうでしょうよ。その2人は…」
「ミコトの事、好きなんだろうね」
ロイは笑顔でサラッと言う。
「怖っ! 分かっていて、選ぶの怖いです!」
リントは叫ぶ。
2人はミコトの事が好きだが、ミコトの方が強いため、思いを伝えられない状態なのだ。
ちなみに、リントの知る限りでは、こういう状況の団員があと3人いる。
「だってさ、ミコトの事、命懸けで守ってもらわないと困るから」
ロイは真面目な表情になる。
第3エラルダ国とは、そんなにヤバイのだろうか。
「護衛しているうちに、仲良くなって、取られても知らないですよ」
リントの言葉にロイは苦笑した。
「結婚はやめられないけど、ミコトが望むのなら、それでもいいよ」
「な、何言って…? 国家特別人物の妻の不貞は重罪ですよ!? ていうか、ミコトがそんな事望む訳ないでしょう!?」
リントは机をバンと叩いた。
その衝撃がリントの全身打撲に響く。
「いってぇ!」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! ロイさん、ミコトの事、そんなもんなんですか!?」
リントがロイを問い詰めると、ロイは目を伏せた。
「勘弁してよ…」
「か、勘弁って……」
ミコトに嫌われたくないとか、ミコトの位置が分かるとか、試合中にキスしたとかきいたのに…?
リントはロイの事がわからなくなり、ハァと息を吐いた。
「俺、聖女棟の夜間の護衛任務があるので、もう行きます」
ロイは顔を上げた。
「それ、リントじゃなくても…」
「いいえ。俺はマリーの近くにいられるのなら、何だっていいんです。聖女棟の夜間護衛はすべて俺がやります」
ロイは苦笑する。
「いや、ミコトの護衛だよ?」
「気が向いたら、ついでに、ミコトも護衛しますよ」
リントはそう言うと、騎士団長室を出て行った。
午後9時。
仮眠をとり、軽く食べた後、リントは聖女棟の前にいた。
ドアが開いて、マリーが出てくる。
「リント、来れたのね。ミコトが、リントはロイにやられてボコボコの意識不明状態だって言っていたから…」
そんな情け無い話を、ミコトはマリーにしたのか。
リントはミコトに仕事を振りまくろうと決意した。
「全然大丈夫だよ、あれくらい。これから毎晩俺がここに来ることになったから、マリー、安心してね」
マリーは微笑む。
「ミコトの護衛でしょう?」
「もちろん、それもやるけど」
マリーに聖女棟1階の部屋に案内される。
3〜4人程は仮眠できそうな大きめな寝台と簡易的なテーブルと椅子があり、まあまあ快適そうだ。
昔はここに聖女の護衛も寝泊まりしていたのかもしれない。
「足りない物があったら言ってね。2階に来ても構わないんだけど、ミコトとセイラは、今日はもう寝てしまったのよね…」
「はっや! 案外子どもなんだな。2人とも」
荷物を置きながら、リントは笑う。
「ミコトは早朝に10キロ以上走っていたらしいし、早く帰ってきたと思ったら、怪我してるし、やさぐれてるしでね?」
「やさぐれてる?」
マリーは溜息をついた。
「お茶を淹れるから、少し話してもいいかしら」
「もちろんだよ。一晩中でも大丈夫!」
リントは満面の笑みで頷いた。
1階の簡易的なテーブルで、マリーの淹れてくれたお茶を飲みながら、リントはマリーの話をきいていた。
ミコトが容姿を気にしていること。
ロイに本当には好かれていないと思っていること。
騎士団の皆に護衛を嫌がられていると思っていること。
「んー、俺はミコトの容姿をどうこう思ったことはないけど、ミコトを好きな奴多いし、可愛い方なんじゃないの?」
リントは適当に答える。
正直、マリー以外の女性なんてどちらでもいい。
「ミコトってば、モテるのね」
「ロイさんがさ、ミコトを好きな奴ばかり護衛に選ぶんだよね。取られてもいいのかってきいたら、いいって言うから、好かれてないと思うのは、分かる気がするよ」
リントの言葉に、マリーは顔を曇らせた。
「他に、ロイは何か言っていた?」
リントは夕方の事を思い出してみる。
「問い詰めたら、勘弁してって…」
マリーは「そっか…」と呟いた。
「マリー?」
「ん、ロイでも先の事を考えるんだなと思って」
マリーは弱々しく笑う。
「先って、ミコトが5年後帰るっていう? でもミコトは帰れない可能性あるんだよね。だったら…」
「それは、私が勝手にそうかもって思っているだけで、ロイはミコトが帰らない可能性なんて、考えてもいないわ」
それは、そうだろう。
リントもマリーから言われなければ、考えもしなかった。
「リントはあの時いなかったものね」
「あの時って?」
「前の聖女が元の世界に帰る時」
リントは頷いた。
当時は小隊長だったので、そういう儀式に出る事はなかった。
「セタさんが泣き崩れて、ロイに殺してくれって懇願した時よ」
「……!」
リントはセタの事をよく知っている。
前の聖女と恋仲だった事も知っているし、聖女との別れが原因で心を病んだ事も知っている。
でも、具体的には、知らなかったし、あまり興味もなかった。
尊敬していた兄に、殺してくれと言われたロイの事を考えると、さすがに胸が痛む。
「私には分からない感覚なんだけど、セタさんは聖女の存在をいつも感じ取れていたらしいの。どこにいても、わかる、みたいな…」
「え…、それ…」
「その感覚は、大事に思う人に生まれる感覚らしくて、それがいきなりプツッと切れると、生きる感覚がなくなる、とか。これはお祖父様が言っていたんだけど、セタさんのお父さん、グレンさんも、2番目の奥様が亡くなられた時に、その感覚が切れたので、その場で自害されたと……リント?」
リントの手が震えている。
ロイが、ミコトがいなくなる事で、死んでしまう?
「ごめんなさい、こんな話…」
「マリー、ロイさんは、ミコトのいる場所が、はっきりと分かるんだ。昨日、一緒に買い物をしていたら、分かるようになったって…」
「ええっ!?」
リントは頭を抱えた。
「しまった、俺、気持ち悪いとか、ミコトの事、そんなもんなのとか、ロイさんに言って…」
そんなものじゃなかった。
ロイはミコトに対してその感覚が生まれたことに、本当に恐怖を感じていたのだ。
「勘弁してって、そりゃ、そうだよ!」
「リント…」
マリーはリントに手を伸ばして、触れていいか躊躇した。
「ミコトに、確認しちゃダメかな」
リントは頭を抱えたままの状態で呟いた。
「ミコトがここに残るなら、ロイさんのそばにずっといてもらえば…」
「それはちょっと、待って欲しいかなー」
突然、高めの明るい声が響いた。
声の方向を見ると、1階の部屋のドアが開き、セイラがひょこっと顔を出していた。




