25.仕方ないキス
「左手首の捻挫と、左腕の打撲ですね。団長上手く止めましたね。骨は大丈夫ですよ」
救護班室で、シーマはミコトを診察しながら言う。
ロイはハァーと息を吐いた。
「上手くないですよ。結局ケガさせちゃったし…」
シーマはふふっと笑う。
「試合も上手く止めましたね。ミコトさんは、放心状態ですけど」
「ああ、ミコト、大丈夫?」
ロイはミコトの頬をペチペチと叩いた。
「はっ? あれ、試合って…?」
ミコトは周りを見回した。
救護班室で、シーマがミコトの左手首と左腕に包帯を巻いている。
どうやらやっぱり負けてしまったようだ。
また一発も当てられなかった。
というか…。
「私、ロイにキスされる夢を見て…」
「また夢にしようとしてるけど、夢じゃないから」
ロイは苦笑する。
ミコト的には心の中で言ったつもりだったが、声に出ていたようだ。
「試合を止めるために、仕方なく、ごめんね」
「仕方なく…」
ミコトのファーストキスは、仕方なくされたものだったらしい。
それはそうか。
偽装結婚だし、仕方ない。
なんだか、左腕よりも、胸が痛い…
「団長、そういう言い方は…」
シーマは、ミコトがロイの帰りをずっと待ちながら、強くなろうと必死に努力していたことを知っている。
それはどう見ても恋心だった。
「いや、あの時は仕方なかったって意味だよ。後でちゃんとしようか?」
「それも、仕方なく?」
「違うよ」
偽装結婚なのに、仕方なくないキスなんてあるのだろうか。
優しさのつもりだろうか。
そんなキス、ちょっと残酷だ。
気持ちなんかないのだから。
「キスは、もうしなくていいよ。その代わり、強くなったなって、褒めて欲しい。負けたのに、アレだけど…」
それが当初の目的だった。
それだけ叶えば、きっと胸の痛みも少しはとれるはず。
ロイは微笑んで、ミコトの頭に手を伸ばす。
「ミコトは本当に強くなったな。すごく努力したってわかるよ。本当に、偉い」
頭をやさしく撫でてくれた。
ほら、これで、十分だ。
「うん…。いっぱい頑張ったんだ…」
「あの、リントは大丈夫?」
ミコトは隣のベッドで寝かせられているリントを見た。
ロイもリントを心配そうに見る。
「リント強くてさ、他の団員みたいには手加減できなかったんだよね」
よく考えたら、ロイは他の団員を一人一人ぶちのめした後に、リントをボコって、ミコトの相手をしたことになる。
「いえ、上手く手加減したと思いますよ。副団長も骨は大丈夫です。ただ、打たれた箇所が多かったですね」
シーマは包帯を片付けながら、微笑んだ。
ミコトは今までリントに勝ったことがない。
副騎士団長に任命されるだけあって、リントは強いのだ。
そのリントがまるで赤子扱いなのだから、ロイの強さと体力は異常である。
その上、大人数を一瞬で倒せる魔法みたいな力もある。
「そういえば、なんで団員たちをボコってたの? 憂さ晴らし?」
ミコトの問いに、ロイは肩を落とした。
「憂さ晴らしなんかしないよ。ミコトに護衛を付けることになったから、その適正を見ようかと思ってね」
ミコトは驚いた。
そこまでの話になっているとは。
「でも護衛なんていらないけど」
ミコトは右腕をぶんぶんまわして、誰が襲ってきてもブッ飛ばすアピールをした。
「ミコトが強いのは分かってるんだけど、女性1人でいるのはやっぱり狙われやすいから。だから強さじゃなくて、適正を見ようとね」
「え、それなら、リントがボコられた意味ってあるの?」
ロイは考え込んだ。
「あれ? ないかも? 元々リントを護衛にする気はなかったし」
かわいそうに…。
リントはボコられ損だったようだ。
「まあ、今日中にミコトの護衛を決めるからさ、今日はもう帰っていいよ。今から俺が送っていくから」
ミコトは首を横に振った。
「ロイは忙しいでしょ? その辺にいる団員を適当に脅して護衛やってもらうからいいよ」
「脅しって…」
「殴られたくなかったら、私を送って行きなさい! ってね。だから大丈夫!」
ロイとシーマが笑い、ミコトも笑った。
お疲れ様でしたと告げて、救護班を出ていくミコトを見送って、ロイは「嫌われたかな…」と呟いた。
イワンの小隊が休憩しているのが見えたので、ミコトは声をかけた。
「お疲れ様です。あの、私今から帰るんだけど、誰か一緒に…送って行ってもらえないかなーと…」
結局、周りの反応が気になってしまうミコトは、脅すなど出来ないのであった。
イワンの小隊の10人は、顔を見合わせる。
「強すぎる旦那さんは?」
「ロイは用事があるので…」
ミコトは目を逸らした。
そんな風に言われても、困る。
形だけの旦那様なのだから。
というか、もしかして、誰も私なんか送りたくない…?
「俺が送りますよ」
横から声がして、振り返ると、ミコトの同期とも言えるニアが立っていた。
ニアとは養成所の訓練で10歳〜12歳まで一緒だったが、13歳になり、お互い騎士団に配属されてからは、ミコトが団長付きの内勤だったこともあり、あまり顔を合わさなくなっていた。
「ああ、お前ら同期だっけ? いいよ。行ってきて」
イワンが許可を出したので、ミコトはニアと帰ることになった。
「ごめんね、こんな事に付き合ってもらって」
聖女の部屋までの帰り道、ミコトはニアに話しかけていたが、先程からかなり反応が薄い。
「別にいい」
ニアはこちらを見ようともしない。
ニアって、こんな感じだっただろうか。
養成所時代は、よく試合をした。
ミコトが全部勝っていた。
騎士団に配属されてからも、2回くらいは試合をした。
2回ともミコトが勝った。
今までの事を思い出して、ミコトはなるほどねと思った。
間違いなく嫌われている。
ミコトは納得して、話しかけるのをやめた。
「ありがとう、送ってくれて」
「ん…」
聖女の部屋の前でミコトはお礼を言ったが、やはりニアの反応は薄かった。
「ミコちゃん、おかえり! 早いね!」
ドアが開き、セイラが後ろから抱きついてきて、ミコトの左腕を見て驚いた。
「何で怪我してるの!?」
「あ、それは後で説明するよ」
今ロイの名前を出したら、ニアの前で聖女が暴言を吐いてしまう。
セイラはニアをチラッと見た。
「誰?」
「騎士団の同期のニアだよ。送ってもらったの。
ニア、聖女のセイラだよ」
ニアは一歩下がって、セイラに会釈した。
そうなるよね。
普段は会えない聖女様だ。
「ふーん…」
セイラはニアをじろじろ見た。
身長はリントと同じくらいだが、リントよりは体格がいい。
濃いグレーの髪と目。
「セイラ、じろじろ見たら失礼だよ。ニアごめんね。もう帰っていいよ。ありがとう」
ニアは帰り、ミコトとセイラは聖女の部屋に入った。
「それでセイラは怒っているのね」
買い物から帰ってきたマリーは、ミコトの怪我の経緯をきいて、納得したように頷いた。
「アイツ何度ミコちゃんに怪我をさせるつもりなのっ!?」
「セイラ、何度も言ったけど、この怪我はロイのせいじゃないんだって」
ミコトとセイラのやり取りをきいていたマリーだったが、ミコトの前にきて顔を覗き込んだ。
「ミコト、元気ないよね? いつもだったら、これくらいの怪我で仕事から帰ってきたりしないもの」
「うっ…」
マリーは何でもお見通しである。
聞いて欲しかったこともあり、ミコトは今日のモヤモヤをマリーとセイラに話した。
国家特別人物の妻は容姿が大切だと気付いて凹んだこと。
ロイに仕方なくキスされた上、気持ちがないのにキスをしようかと言われたこと。
誰もミコトの護衛なんてしたくなくて、同期のニアにも嫌われていたこと。
「殺すか。アイツもさっきの奴も」
セイラの声のトーンが低い。
「でも、どれも、ミコトがそう感じただけよね?」
マリーは冷静に尋ねてくる。
「そうだけど、ロイが私の事好きな訳ないじゃん! こんな結婚、ロイが可哀想だよ。もっと綺麗な人とかさ、可憐な美少女とかさ、選びたい放題だったのに。団員たちも私を見る目が完全にお前に護衛いらないだろ? って感じだし、ニアだって、さっきも全然喋んないし、嫌いなら送ってくれなくてもいいのに!」
これは、かなりやさぐれている、とマリーは思った。
おそらく美人条件に当てはまらないと思い込んでいることで、負の連鎖を起こしているのだろうけど、こういう時は、何を言っても無駄である。
マリーは話を変えることにした。
「そうだ。今晩から、1階に騎士団員がくることになってるの。夜間の護衛だそうよ」
「なんで? 護衛なら、私がいるのに!」
ミコトは手を上げた。
「ミコトの護衛にミコトじゃダメでしょう」
マリーは笑う。
「もう、私に護衛いらないよ。誰が来るのか知らないけど、可哀想だよ」
「とりあえず、リントが来るって聞いたけど…」
マリーの言葉に、ミコトは先程のリントを思い出した。
「リント来れるのかな。ロイにボコボコにされて意識不明だったよ」
マリーはふふっと笑う。
「それは、楽しみね」
マリーのこの余裕、羨ましい。
「でもリントならいいや」
ミコトの言葉に、マリーは少し驚いた。
「そうなの?」
「だってリントは私の護衛なんてする気ないから。大事なのはマリーだけだもん」
話をきいていたセイラは、「ソレ意味ないじゃん!」と横で言っている。
リントはずっと、マリーだけが好きなのだ。
ミコトは、リントに一途に想われているマリーの事を、羨ましいと思っていた。




