2.理不尽への決意、そして…
変態スカウト男騒動の日は、熊崎一家にとってとても忙しい日となった。
幸い落ちていた名刺からアッサリ変態男は捕まったのだが、ミコトとセイラへの警察の事情聴取などが長くかかり、騒動があったのはお昼の12時半頃だったにもかかわらず、家に帰ってきたのは夜の8時をすぎていた。
変態男はまだ警察にいたが、拘留ではなく、スカウト事務所の責任者が迎えに来て家に帰れることになっていた。
セイラは「刑務所じゃないのか」と残念そうに呟いていたが、「熱の入り過ぎたスカウト」という結論になったので、事務所からの謝罪という形で落ち着くようだ。
「ごめんね、パパ、ママ」
「ごめんなさい、大パパ、琴ママ」
警察からの帰りに買ったお弁当を食べながら、ミコトとセイラは謝った。
大吾と琴子、2人の午後の仕事を休ませてしまったのだ。
ちなみに、大吾の仕事は格闘技を教える道場の師範と派遣警備員で、琴子はミコトを出産する前まではモデルをやっていたが、今は得意の料理で「美人料理研究家」をやっている。
「謝らなくていいの! 悪いのはあの変態男なんだから!」
琴子は怒り収まらずという感じだ。
「そうだぞ。ミコトもセイラも悪くない! むしろその場にいてやれなかった自分が…」
大吾は巨大をしゅんと小さくした。
見た目からして強い大吾だが、娘たちを怖い目に合わせてしまったという罪悪感にはとても弱い。
「やっぱり明日からは2人の学校の送り迎えを俺がする!」
「いや、いいよ。パパは仕事あるんだし」
大吾の申し出を親バカはいいよ、という気持ちでミコトは断った。
「いえ、そうしましょう」
「ママ!?」
琴子は「実はね」と言った。
「大ちゃんと前からそうしないかって話していたの。4年生になってから、こういう事多くなっていたじゃない? 今朝だって…」
言いかけて、琴子は口をつぐんだ。
ミコトは今朝の6年生との騒動が、すでに両親に知られていることに気がついた。
「先生から電話あったんだね…」
「あ、あれは、アイツに付き合うのは嫌だって断ったらね、性格悪いって言ってきて、ミコちゃんがセイラは性格悪くないって言って、そしたら、そしたら、ミコちゃんにアイツが酷いこと言った! 死んで欲しいくらいだったから死ねって言った! アイツが悪い!」
セイラは必死に訴える。
「もちろん、もちろんわかってるわ。大丈夫よ」
琴子はセイラの頭を撫でて言った。
「だからね、大パパがいれば、そんな嫌なやつは寄ってこないでしょ?」
「そうだぞ。明日からは安心して大パパと学校に行こうな?」
大吾と琴子の声をききながら、ミコトの頭の中はぐるぐるといろいろな考えが浮かんだ。
先生は、ママに何て言ったの?
セイラの言い方が悪いとかママに言ったの?
先生はセイラが日本語苦手な事を知っているのに、セイラが相手を傷つけない上手な断り方をしないからいけないとか言ったの?
というか、ゴリラブスと私が言われたことまでママに言ったの?
ママは美人なのに、1日に2回もブスって言われる娘って…
「…コト、ミコト!」
琴子に肩をゆすられ、ミコトは我に返った。
「あ、ごめん、ぼーっとしちゃって…」
心配そうに覗き込む大吾と琴子と目が合う。
「あ、私、ちょっと走ってくる! 走るとすっきりするし!」
席を立とうとしたミコトの腕を琴子は掴んだ。
「夜はダメよ」
そうだった。
夜は暗くて車が危ないし、不審者がいるかもしれない。
夜に一人で外を走るのは禁止されているのだった。
「ミコトごめんな。パパ今日は深夜勤になったから一緒に走れなくて…」
大吾はすまなそうな顔をする。
でも、今日の警備の仕事が深夜勤なったのも、午後の仕事をこの騒動で早退したからで…。
「ううん! 夜ってこと忘れてたの。明日の朝に走るから大丈夫。っていうか、お弁当途中だったよ。ここの唐揚げって、おいしいよね!」
なんだろう。
全然納得できない。
どうして悪い奴や嫌な奴のために、パパやママやセイラや私が、いろいろ考えて無理して行動しなくちゃいけないの?
ミコトは何かとても大きな理不尽で、胸がモヤモヤするのを必死に食べてごまかした。
早朝の外の空気は気持ちが良い。
まだ何にも汚されていない感じがする。
それに、連日の暑さも、早朝はまだマシである。
ミコトは休憩に寄った公園で大きく息を吸った。
「やっぱり走るのはいいな〜」
公園の木々の葉も、昇りたての朝日と涼しい風で、キラキラとしている。
少し気持ちが落ち着いたと感じることが出来ている。
いつもは6時頃から走るのだが、今日は昨日のこともあり早く目が覚めてしまったので、5時から走り始めたのだ。
「ちょっと早過ぎたかな」
明るくなり始めた公園には誰もいない。
誰もいないなら…とミコトは大吾直伝の格闘技の型を練習することにした。
一の型で足を肩幅に開いて両手を握り横に構えて、息を整える。
今日からパパが学校の送り迎えをしてくれる。
嫌な奴らのために何でパパが…って思うけど、パパがいればきっと誰も絡んでこない。
セイラにとって、こんな良い事はないんだ。
二の型で息を吐いた後に右手をビュッと前に突き出す。
昨日の今日だ。今までのパターンだと、関係のない子にセイラは嫌味を言われるだろう。
学校内では私がセイラを守らなくちゃ。
ていうか、みんなさ、可愛い子はそれだけで人生得してるから、何言ってもいいって思ってるところあるよね?
セイラは両親を事故で亡くしていて、事故発生時が夜だったから、夜怖くて今でも全然寝られないんだよ?
人生得とか何も知らない人に思われたくない!
三の型で今度は左手を前に突き出す。
よく考えたら、コレって完全にイジメだよね?
今度から何かあったら、全部パパとママに言いつけよう。
そうだ、理不尽なことに我慢する必要なんてないんだ。
五の型までやったところで、ミコトは足元の地面が何か光っていることに気がついた。
「ん? 朝日の反射?」
あまり気にせず、六の型をやろうとしたその瞬間、ものすごい光が足元からミコトの身長を追い越す勢いで出て、ミコトをあっという間に包み込んだ。
「え! 何これ!?」
一瞬でミコトの視界は眩しいほどの光のみになり、足がフワリと浮いた感覚がした。
「うそ!? やだ!!」
ぐんぐんとどこかに移動している、とにかくそんな感覚がする!
「た、助けて! パパ! ママ!! セイ…」
ここでミコトの意識は完全になくなった。
ーーーどれくらい経ったのだろうか。
もしくは、殆ど時間は経過していないのかもしれない。
次にミコトが目覚めた時、ミコトは見慣れた近所の公園ではなく、やたら天井の高い石造りの教会のようなところにいたのだった。




