186.お姉ちゃん
第2エラルダ国のミレイの家で、ミコトの治癒能力の話を聞いたアサキは、悩んでいた。
ロイとミコトを疑う訳ではないが、大事なミレイに何かあるのは困る。
「ロイさん、ミコトさん、ミレイさんを治療する前に、一度その治癒能力を見せていただけないでしょうか?」
ロイはミコトを見て頷く。
「うん。いいよね、ミコト」
「もちろん! でも、何を治したらいいのか……」
アサキは袖からナイフを取り出すと、ためらうことなく、自分の左腕をスッと斬りつけた。
アサキの左腕の細い傷から、赤い血が滲み出る。
「アサキさん!?」
ミレイがアサキの左腕を見て叫ぶ。
ミコトとロイも、目を見開いた。
「すみません、言うと止められると思いましたので。私はミレイさんに未知の力をいきなり試す事は出来ません。お二人には申し訳ないのですが、この傷を治していただけませんか?」
「は、はい!」
ミコトは、ロイの膝に乗ったまま、アサキの左腕を触る。
実は、ロイと離れていたのであまりロイの力が入っていないのだが、目に見える位置の、この程度の傷なら治せる自信がある!
ミコトは目をつむり、アサキに力を入れる。
ロイとアサキとミレイは、目を見張った。
およそ3秒くらいだろうか。
スッと傷跡が消えたのだ。
こんなに早いのか、とロイが思った時、アサキが「すごい!」と叫んでミコトの手を両手で握った。
「ミコトさん! これはすごい事ですよ! ああ、そうですね、これからミコトさんの事は、敬意を持って、お姉ちゃんとお呼びします!」
『お姉ちゃん!?』
ミコトとロイとミレイの声が重なる。
アサキはミコトの手を握ったまま頷いた。
「だって、私はミレイさんと結婚しますから、ロイさんの弟になります。ロイさんの奥様のミコトさんはお姉ちゃんです!」
「け、けっこん!?」
ミレイは真っ赤になる。
ミレイの反応からして、どうやら結婚の話は初めてのようだ。
「呼び方はともかく、ミコトから離れて下さい!」
ロイは、ミコトを持ち上げて立ち上がる。
「お兄ちゃんは嫉妬深いんですね!」
「お兄ちゃんっ!?」
アサキに「お兄ちゃん」と呼ばれて、ロイはショックを受ける。
「あ、あの、アサキさんって、何歳なんですか!?」
ミコトが尋ねると、アサキはニッコリ笑った。
「27歳です。お姉ちゃんより12歳上ですよ」
ロイより年上だった!
27歳の弟が出来てしまった!
つまり、ミコトには、ロイとの結婚で、30歳のセタお兄ちゃんと、20歳の妹と27歳の弟が出来たということになる。
若干脳がバグるが、こんなに嬉しい事はない。
「ロイ、良かったね!」
「何が良かったなの!?」
ロイが叫んだ時、ミコトの頭の芯から急激な眠気が広がった。
大した治療はやっていないのだが、睡眠不足もあったのだろう。
ミコトは、ロイに持ち上げられたまま、ガクッと意識を失ったのだった。
次にミコトが目覚めたのは、ミレイの家に来た日の午後8時だった。
ミコトは、いわゆる、使用人部屋のベッドで寝かされていて、目覚めるとすぐにロイが来てくれた。
「体は大丈夫? ごめんね、寝不足だったのに治癒能力を使わせちゃって」
ロイはミコトを抱き上げる。
ミコトは、起きたらロイがいる、ということに、とても感動していた。
今まで当たり前だったことは、実はすごいことだったのだ。
「ロイ……」
ミコトはロイの頭部を抱きしめる。
「うん……」
ロイは先程までミコトが寝ていたベッドに、ミコトを抱っこしたまま腰掛ける。
「実はさ、ミコトが寝ている間に、いろいろ動きがあったんだ」
「動き?」
ロイは頷くと、ミコトの頬に手を当てた。
「アサキさんがシチューを作ってくれたから、詳しくは食べながら話すんだけど、簡単に言うと、明日の朝一でミレイの治療をすることになってね」
「シチュー! アサキさんって料理も……んっ!」
ロイはミコトの言葉をキスで塞ぐ。
しかも、このキスは深いやつ……!?
「んんー!」
ミコトはロイを押しのけようとする。
だって、ここは、ロイの妹のミレイの家なのだ。
ロイは唇を少し離すと、「嫌?」と言う。
青い瞳がミコトを見つめている。
「い、いやじゃないけど! ここは人様のお家であって、そういうことは……!」
「それなら大丈夫だよ。ちゃんと許可は取ったから」
ロイはニッコリ笑う。
「き、許可? 何の許可を誰に取ったの?」
「え? ミコトとイチャイチャする許可をミレイとアサキさんに取った」
ぎゃー!!
そんな恥ずかしい許可を、実の妹に取ったの!?
「ミコト、これはミレイを治療する上で、とても大事なことなんだよ。俺の力が足りないと、治療が失敗するかもしれないんだよ?」
ロイはすごく真面目な顔をしてるけど、言ってることは、「イチャイチャしよう」だからね!?
「し、シチュー! シチューが食べたいです!」
ミコトは叫ぶ。
ロイはあからさまにガッカリした表情をする。
「まあ、そっか。お腹空いてるよね。じゃあ、食べた後で続きをしようね」
ロイの言葉に、ミコトは再び心の中で、ぎゃー! と叫んでいた。




