182.何故ここに?
ミコトとロイは、第2エラルダ国のリオの2番目の妻でありロイの妹のミレイの家で、焼きたてのパンを食べていた。
「ふまっ! ふほくほひひーへふっ!」
ミコトは、コーンがたっぷり入ったパンを頬張りながら、パンの籠を持った25歳くらいの男性に言った。
男性は、苦笑いをする。
「褒めてくれているのは分かるんですけど、食べてから喋って下さい……」
「アサキさんはパンもつくれるんですね。本当に美味しいですよ」
ロイは3個目のパンを平らげて、アサキと呼んだ男性に言う。
アサキは溜息をついた。
「普通に馴染んでますけど、食べたら奥様? が何故ここにいるのか説明して下さいよ」
ロイは「うーん」と唸る。
説明と言われても、ロイにもよく分からないのだ。
「……アサキさん、お話、して……」
ベッドの上から、苦しそうなミレイの声が聞こえる。
アサキはパンの籠をダイニングテーブルに置くと、素早くベッドの方へ行った。
「今日は昨日の続きで、古代魔法研究について話しますね」
アサキの言葉に、ミレイは「ん……」と目をつむる。
ミコトはパンを飲み込むと、「これは?」とロイを見た。
「アサキさんは、北の大地で一緒だったAランクの冒険者なんだけど、特異体質で、話すことで相手の体力を少し回復出来るんだよ」
ロイの説明に、ミコトは「あっ!」と言う。
「タリスさんの知り合いの!?」
「あ、タリスからきいたことあった? その能力に気付いたのはタリスなんだって」
ミコトは妙に納得していた。
タリスはあまり喋らないが、記憶力もいいし、他人をよく見ている。
「アサキさんは、2年前にリオに雇われて以来、ずっとミレイの体力を回復し続けているんだよ」
ロイはそう言うと、ミレイとアサキの方へ目を向ける。
ミコトもベッドの方を見る。
2人の間を穏やかに流れる空気が、雇われたからここにいる訳じゃないことを物語っている。
「でね、帰れなかった理由なんだけど、第1に帰ろうとしたら、第2に入ったところでアサキさんに呼び止められて、ミレイのところに来て欲しいって言われたんだ。まあ、アサキさんは知り合いだったから、罠かなと思いながらもついて行ったんだよ。そしたら、リオの仕組んだ罠だったんだよ」
ロイはハァーと息を吐いた。
ミコトの頭の中は、? マークでいっぱいになる。
「そんな説明でわかる訳ないでしょう! ロイさんは相変わらずですね!」
いつの間にかアサキはロイの横に立っている。
「あ、ミレイは……?」
「眠りました。ロイさんが来てから、調子は良い方ですよ」
ロイはホッとした顔をする。
アサキはロイの隣に腰掛けると、ミコトを見た。
「ロイさんの奥様のミコトさんですよね。今回のこと、すみませんでした。リオさんの企みは分かっていたんですけど、私にはミレイさんから離れるという選択肢がなかったんです」
アサキの言葉に、ミコトは頷いていた。
「私が今回リオさんから受けた依頼は、ロイさんの軟禁でした。しばらくの間、第2にロイさんを軟禁しろと言われ、この依頼を受けない、もしくは失敗したら、ミレイさんの世話役を解雇すると言われました」
「解雇って、そんなことをしたら、ミレイさんが苦しいだけでは……?」
ミコトは思わず呟いた。
ミレイの体力を回復できるから、雇われているはずだ。
「ええ。でも、リオさんはそういう駆け引きをする人なんですよ。そして、私は、その通りにするしかありませんでした。ロイさんを、リオさんが言う『しばらくの間』軟禁しなくてはいけないのです」
アサキはロイをすまなそうに見た。
ロイは微笑む。
「俺がここを出ていくのは簡単なんだけど、そうなると、アサキさんは解雇、もしかしたら、少し酷い目に遭うかもしれないんだよ。そうなると、ミレイは悲しむ上に苦しむんだ……」
ロイとアサキの辛そうな顔を見て、ミコトは愕然とした。
自分の娘が苦しんでもいいというのだろうか……?
ミコトの気持ちを察したのか、アサキはふふっと笑った。
「リオさんは、ミレイさんをとても大切にしているんですよ。こんな依頼をするのは、私がロイさんよりミレイさんを選ぶということを分かっているからです。そして、ロイさんがミレイさんと私を見捨てないということも、分かっているんです」
心理戦……ということだろうか。
確かに、ミコトがアサキやロイの立場でも、同じように動くしかない……気がする。
「でも、突然ミコトさんが現れたことで、少し状況が変わりました」
アサキはロイを見る。
ロイは困った顔をした。
「すみません、説明したいんですけど、俺もよく分からなくて……。ミコトは分かる?」
ロイの言葉に、ミコトも首を捻った。
「分からないんだけど、私、教会でお祈りをしていたら、いつの間にかここに来て……。あ、セイラなら分かるかもしれないんだけど……」
セイラの隣でお祈りをしている時に、セイラの声を聞いたような気がする。
「そうだ! 俺、聖女に伝言をしてたんだよ!」
ロイは思い出したように言う。
「え! セイラと話せるの!?」
ミコトの驚きの声に、ロイは「いや」と言った。
「昨日ミコトは俺に心配してるって伝えてくれたよね。俺からミコトにも伝えられるかも、と思って、頭の中でミコトに話しかけてたんだよね」
「そ、そうだったんだ……」
全然分からなかった。
なんか、分からなかったということが、地味に、すごくショックなんですけど……。
「それで、今朝になって、少し反応があったから、喜んで返したら、全然知らない人だったんだ」
ロイの言葉に、ミコトはさらにショックを受けた。
全然知らない人に、ロイとの繋がり勝負で、負けたのだ。
「でもその人が、聖女に伝言をしてくれるって言うから、ミレイのところにいて事情があって帰れないって伝えてほしいってお願いしたんだよ。ちょうどその時だったかな、ミコトが怒ってるのが、ドッと伝わってきて、咄嗟にヤバイ何とかしなくちゃと思って……、気がついたらミコトが腕の中にいた、みたいな?」
ミコトは顔を覆った。
はっきり言って、何故ミコトがここにいるのかは全然分からなかったが、これでは、ロイが恐妻家みたいだ……。
「ロイに怒ってたんじゃないの。神様に怒っていて……」
「あ、なるほど! じゃあアレ神様か!」
ロイは納得したように言って、アサキを見た。
「あの、全然分かりませんが……」
アサキが困惑した表情で言う。
「あー、えーと、おそらく、聖女様が神様に頼んでくれた? という感じにしませんか?」
ロイはアサキに提案するように言う。
ロイは何故ここにミコトが突然来たのか分かったらしいが、説明出来ないので、聖女と神様の不思議パワーで片付けようとしているのだろう。
アサキは「まあ、それでいいですよ」と溜息をついた。
アサキにも不思議な力があるからだろうか、事情を察してくれたようだ。
「それで、どうしますか? ミコトさんを隠してこのまま軟禁されますか? それとも、ミコトさんだけでも逃しますか?」
アサキの言葉に、ロイはニッコリ笑った。
「いや、ミコトが来てくれたなら話が早いんだ。ミレイを治して、リオを説得しよう!」




