173. ロイの記憶
第1の中央政務棟の会議室で、ロイの記憶に関する報告が行われようとしていた。
机はロの字型で、ロイが正面、右側にアレン、カイル、ゼノマ、シーマ。
ロイの対面にキダンとホシナとタリスとソマイ。
左側にミコト、セイラ、マリー、リントである。
こんなに大人数で、しかもセイラやマリー、第2のソマイまでいる会議なんて、ミコトは初めてである。
まあ、セイラはソマイの力を抑えた後、会議の席に座った途端、ミコトにもたれかかって寝ているのだが。
「みなさん集まっていただきありがとうございます。えーと、本題に入る前に、ミコトの力についてミコトから説明します」
ミコトは立ちあがろうとしたが、セイラがもたれかかっていて難しい。
ロイがジェスチャーで立たなくていいと手を動かしているので、ミコトは座ったまま頷いた。
「第1騎士団所属のミコトです。すでにご存知の方もいますが、私はある条件下で怪我を治すことができます。体力の消耗が激しく倒れますので、あまり使用しません。以上です」
ミコトはかなり簡単に説明する。
実はロイに、言われた通りに言っただけである。
明らかに「すごい事なのにそれだけ?」という顔をソマイとタリスはもちろん、全員がしているが、ロイは誰かが話す前に「すみませんが質問は受け付けません」と言って終わらせた。
今日は「冴えてるロイ」なので、誰も反論出来ずに終わる。
この威圧が効かないのは、セイラだけである。
「早速、俺の記憶の話ですが、結論から言いますね」
ロイは全員を見回した。
全員、少し前のめりに頷く。
「俺には妹がいます。名前はミレイ。今現在、第2の代表で国家特別人物であるリオの2番目の妻をしています」
全員が、言葉を失った。
もしかしたら知っていたのかもしれない、キダンとタリスさえも、押し黙っていた。
ロイの妹が、リオの2番目の妻!?
妹って、レイさんの娘ってことだよね?
父親はグレンさんではない?
ミコトの頭の中は大混乱だった。
いや、ミコトだけでなく、全員混乱していたのだろう。
ロイは「順番に話します」と弱々しく笑った。
「妹のミレイが生まれたのは、俺が5歳の時でした。母は再婚はしておらず、この時点では父親が誰かは分かりませんでしたが、俺はその事は全く気にならず、妹が生まれて喜んだのを覚えています」
ロイは少し微笑んで話し始めた。
ただ妹が生まれて喜んだというところは、なんともロイらしい。
「しかし母は、妹の存在を隠していました。俺にもミレイの事は人に話してはいけないと言いました。ま、タリスには話してしまった後だったんですが……」
タリスは目を伏せたままである。
この話を聞いた時、タリスは4歳のはずだ。
本当に記憶力がいいのだろう。
「当時を知っているアレンさんたちは意外に思うかもしれませんが、母は亡き父を愛していました。俺にもよく、父の様になってほしいと言っていました。母はミレイのことを不貞だと思っていて、それで言えなかったのだと思います」
アレンとカイルとゼノマは、辛そうな顔をしている。
ミコトはなんとなくレイの気持ちが分かる。
国家特別人物の妻は離縁や死別の場合は再婚も可なのだが、きっとレイは一生グレンの妻でいたかったのだろう……。
「山奥に住んでいたこともあり、ミレイの存在は時々様子を見に来る第1にも、母さんのファンにも、そしてミレイの父親にもバレませんでした。そうして3年が過ぎた頃、母は体調を崩しました」
ロイは声のトーンを落とした。
「最初はただの風邪が長引いているのだと思いましたが、母は日に日に弱っていきました。医者に診せたくても、ミレイの事があったからか、母は拒否を続けました。でも明らかに危ないと思った俺は山を降りて村の医者に母の病状を説明しました。医者は高齢だったので、山を登ることが出来ず、俺は母を連れてくるために一旦家に帰りました……。でも間に合いませんでした。俺が見た光景は、息をしていない母と泣きじゃくるミレイでした……」
ロイは辛そうに目を伏せる。
ミコトは涙が出そうになるのをぐっと堪えていた。
「俺は母と繋がっていたので、母が亡くなった事に耐えられず、この時は今すぐ俺も死ななければと思っていました。それを止めてくれたのはミレイでした。俺は無意識に繋がりをミレイに変えてミレイを守るために生きようと思ったんです。ちょうどその時でした。2人の男が来たのは……」
ミコトはハンカチを出して目を押さえていた。
「きっと村で母の危篤を聞いたのでしょう。俺は瞬時に理解しました。この男がミレイの父親だと。男の名前はリオ。この時すでに第2の代表をしていました」
ガタンっと音がして、ソマイの椅子が後ろに倒れた。
もちろん全員この事実に驚いていたが、席を立つほど動揺したのはソマイだけだった。
「あ、すみません……。続けて、ください……」
ソマイは呟くと、椅子を直して再び座った。
「……リオも瞬時に理解したのでしょう。ミレイは自分の娘だと。リオはひとしきり泣いた後、ミレイを連れて帰ろうとしました。俺は必死に抵抗しました。ミレイまで奪われたら、生きていけないと分かっていたから。俺は当時でも割と強かった……と思うんだけど、リオと一緒にいた男に敵いませんでした。その男に何度も斬られて、殴られて、でも何回でも立ち向かいました。おそらく出血多量でフラフラで、そして最後に『この気持ち悪いガキが!』と言われて斬られたのが、かなり深手で、俺は意識を失いました……」
「……ふ、ぐっ……」
ミコトは声を押し殺してポロポロと涙を流していた。
会議で泣くなんてダメだと分かっていたが、抑えることが出来なかった。
いつの間にか起きていたセイラが、ミコトの涙を祈祷服の袖で拭ってくれていた。
「俺は、一度に母と妹を失った事実に耐えきれず、おそらく自身を守るために、この一連の記憶を封じ込めました。目を覚ました時には、亡くなった母が隣にいて、ただ亡くなった経緯を覚えていなくて、事務的に母を背負って山を降りました。母に言われていたように、第1の騎士団に入って、兄を手伝って、父の様に立派にならなくては……とだけ思っていました」
そこから昨日のタリスの話に繋がるのか、とミコトは思っていた。
「第1に連れて行かれた俺は、セタ兄の存在に救われて、今度はセタ兄に気持ちを繋げていました。この辺りは、アレンさんたちの方が詳しいかもしれません」
アレンは頭を抱えて頷いている。
「リオはミレイを別の家の子どもとして育てていたので、ミレイの存在は第1にも分からないままになりました。でも、ミレイは、病気なんですよね……?」
ロイはソマイを見る。
ソマイは目を逸らしてうつむいている。
やっぱり第2の情報は言えないのだろうか。
でも、ロイはここまで話したのだ。
そしてミレイはロイの妹なのだ。
ミコトが席を立とうとすると、それをおさえて、セイラが席を立った。
「その病気、ミコちゃんが治すって言ったら?」
全員が、いっせいにセイラを見る。
ミコトが、病気を治す……?
「きっとお母さんと同じ病気でしょ? このまま治療を続けても治らなくて、ミレイちゃんも苦しいだけだよ。ミコちゃんが行って、サッと治して、リオに、治してやったんだから命狙うのやめてよね! って言えばいいんだよ!」
ちょっとセイラ!?
なんか、大事なこと全部言っちゃったよ!
アレンたちオッサン3人組は顔面蒼白になっているし、ソマイもワナワナと震えている。
「すごい! さっすが聖女ちゃん! 賛成! そうしようよ!」
キダンは席を立ち、拍手をしている。
面白がってる!?
シーマはスッと静かに席を立つ。
「あの、医者の立場から言わせていただくと、病気の方の治療が最優先だと思います。私も協力いたします」
ミコトだってそう思うけど、シーマさん、病気が何なのか気になっているだけじゃ……!?
ホシナもガタッと席を立つ。
「私もミレイさんの治療が最優先だと思います。ぜひ私もご一緒させてください!」
この人は推しのレイさんの娘が見たいだけだ!!
「賛成多数じゃん! ソマイちゃん、それでいい?」
「い、いえ、あの……」
セイラの言葉(軽さ?)にソマイはアタフタしている。
ミコトはセイラを止めた方がいいのか分からず、ロイを見る。
ロイは肩を震わせて笑っている。
「ロ、ロイ!?」
「ごめ……、聖女が俺の思ってたことを全部簡単に言っちゃったから……」
「え! じゃあこの展開で合ってるの?」
なんだ。
合ってるのなら、ミコトが迷うことなんてない。
ミコトは席を立ってソマイを見た。
「ソマイさん! 私が変な魔法でミレイさんを治します!」
「へ、変な魔法!?」
ソマイは驚いてミコトを見た。
ミコトはハッとする。
「あ、言い間違えました。治癒……」
「変な魔法だけはやめてくれ!! ドアが直ったばかりなんだよ!!」
アレンが大声で叫ぶ。
「ヤバ、寿命が……」
リントは頭を抱えている。
「ちょっと見てみたいわ」
「ミコちゃん、見せて! あのドア吹っ飛ばして!」
マリーとセイラはノリノリだ。
「やめてくれ! 新品なんだよ!」
アレンは顔を覆って泣き出した。
カイルとゼノマはアレンを慰めている。
ロイとキダンは完全に笑っているし、ホシナとタリスとシーマはポカンとしている。
「だから、言い間違えたんです! 治癒能力でミレイさんを治しますって言いたかったんです!」
ミコトの大声が会議室に響いていた。




