171.セイラの怒り
午後8時。
騎士団の応接室で、セイラの機嫌は最悪だった。
ミコトと会ったのは半月ぶりだった。
今夜は一緒にお風呂に入り、一緒に寝る約束をしていた。
それなのに、だ。
ミコトの命を直接狙った襲撃があり、聖女の部屋は血で汚れ、ロイの記憶喪失問題まで巻き起こり、挙げ句の果てにミコトは倒れてロイにお持ち帰りされたのだ。
「……やっぱり殺す……」
物騒な事を呟くセイラに、聖女の護衛でついてきたソマイとタリスはオロオロとしている。
「いつものことですので、お二人とも気にしないでくださいね」
マリーはニッコリと笑う。
ソマイとタリスは「はあ……」と頷く。
「こちらの護衛が整いましたら、お二人には国立宿泊所の部屋を用意してありますのでそちらで……」
応接室のドアがコンコンとノックされる。
「ああ、来ましたわ。どうぞ」
ガチャリとドアが開いて、リントが入ってくる。
「失礼します。聖女様、本日の護衛を連れてきましたよ」
「あぁ?」
セイラはガラ悪く唸りながら振り向く。
そこには、ノエルと青ざめているハリーと同じく青ざめているコランが立っていた。
マリーは「あらあら……」と呟き、内心ニヤリとする。
「ノエルン!!」
「聖女様! 大変な目に遭われたそうで……」
「そうなんだよー!」
仲良く話し出したセイラとノエルを見てリントはホッとする。
「副団長……、これはなんの罰でしょうか……」
コランは震えながらリントを見る。
どうやらコランは処罰だと解釈したようだ。
「いえ、処罰ではありません。聖女様のお気に入りで揃えたら、偶然このメンバーになっただけです」
「嘘だ!!」
コランは叫んでいるが、本当である。
リントは溜息をついた。
「この機会にハリーさんとノエルと話したらどうですか? 避けてますよね、2人を」
「さ、避けてなんか……」
目を逸らすコランとは対照的に、ハリーは顔を上げてコランを見た。
「コランさん! お話があります!」
「ううっ……!」
ハリーは真面目な性格だ。
マリーはスッと2人の間に入った。
「こういうお話は、間に第三者がいた方がまとまりやすいと思いますわ。さ、こちらでじっくりお話聞かせてくださいな」
マリーはニッコリ微笑んで、コランとハリーを応接のソファに座るよう促す。
そして振り向いて、リントに「任せてくださいね」と微笑んだ。
その顔は、「うふふ、面白いオモチャをありがとう」と言っているようで、リントはふっと笑ってしまっていた。
「なんか、リントさんって、大変そうっすね……」
タリスの言葉に、リントは「そうでもないですよ」と言っていた。
ミコトは自宅の大きなベッドの上で目を覚ました。
前と同じように辺りは暗く、サイドテーブルに小さな火を灯したランプが置いてある。
ただ、前と違うのは、隣にロイがいる事だ。
ロイは眠っているのか、目をつむっている。
ミコトは目を見開いた。
これは、念願のロイの寝顔ではないだろうか!?
ミコトは慎重に起き上がり、サイドテーブルのランプを手に取った。
そのランプでロイの顔を照らす。
目をつむっているロイは、なんだかとても幼く見える。
か、かわいい!!
ああ、なんでこの世界にはカメラがないのだろう。
ミコトには絵心もないので、絵に残すことも出来ない。
せめて、よく見ておこう!
目に焼き付けるのだ!
さらに目を見開いたところで、ロイの腕が伸びて、ミコトの腕をガシッと掴んだ。
「ひっ!?」
ミコトは可愛くもなんともない声を上げる。
「何するのかと思ったら、見るだけなんだから……」
ロイは呆れ顔で起き上がる。
「起きてたの!?」
ということは、厳密に言うと寝顔ではなかった!?
またもや寝顔の夢が消えるとは!!
「起きてたけど、いや、なんでそんなにガッカリしてるの!?」
ロイには分かるまい……。
「いいの。私は一生をかけてこれを成し遂げるから、気にしないでください」
「何に一生をかけるのかさっぱりわからないよ!」
ミコトとロイは目を合わせると、アハハと笑った。
「ミコト、体は平気?」
「うん、平気。ロイは……、あっ! ロイは大丈夫!? 傷は治った?」
ロイはミコトの頭を撫でた。
「ミコトのおかげで治ったし、いろいろ思い出したよ」
「思い出した……?」
ミコトは首を捻った。
「うん。8歳までのこと、思い出したんだ」
「あれ? 私は何を治したの? 頭痛の原因じゃなくて?」
ロイは「そういう感じなのか……」と呟く。
「今、夜中の3時なんだけどさ、とりあえず、何か食べて、お風呂入って、それから話そうか」
ミコトはお腹が空いている事に気が付き、「うん」と頷いた。
そういえば、今夜はセイラとお風呂と寝る約束をしていたんだっけ。
セイラ、怒っているだろうな……。
朝5時。
ミコトとロイは簡単に食事を済まし、お風呂に入り、再びベッドの上にいた。
ミコトはロイを背もたれにするように座り、ロイは後ろからミコトを抱きしめている。
なんだろう、この、正面よりも緊張する感じは……!
「あ、あの、ちょっと話しづらくないかなぁと……」
「そう? ちゃんと声聞こえるよ」
ロイの声が耳元で聞こえて、ミコトは「ふひっ」と変な声を上げる。
ロイの体が震えているので、笑っているのだろう。
「もう! 私が何を治したかって話をしたいの!」
「ごめん、そうだったね。えーと、多分なんだけど、俺の心の傷だと思う」
「心の傷……」
ミコトの声のトーンが沈む。
「まあ、タリスの話で大体分かったと思うんだけど、俺にはちょっと辛いことがあって、死にそうになっていたんだ。これはアリアンの力かどうか分からないんだけど、俺の気持ちが死なないように、記憶が封印されていたんだよ。思い出そうとするとそれを阻止する頭痛付きでね」
「そんな……、じゃあ、思い出したら……」
「それでも俺は思い出したかったんだ。だからキダンさんに調査をお願いしていた。でもミコトは、その死にそうな部分を治してくれたんだよ。全部思い出したのに、全然死にたくならないんだ。明日も明後日も、ミコトと生きたいと思っているんだよ」
ロイの言葉に、ミコトは涙が溢れて止まらなくなった。
ロイは本当に生きたいと思っている。
でも、辛い過去を思い出したことには変わりないのだ。
「思い出したことの中には、ちょっと重大なことも入ってるんだ。今日の10時からの会議でそれを話そうと思う。ミコトもその時でいい?」
ミコトは頷いた。
辛い話を2回もする必要はない。
「あと、ソマイとタリスがミコトが何をしたのか知りたいみたい。言うか言わないかは、ミコトの意思でいいんだけど、どうする?」
ミコトは少し考えた。
「タリスさんには別に話してもいいんだけど、ソマイさんは第2の人だから……」
「そうだね。でもソマイは、自国の情報を言わないのと同じように、ミコトの情報もリオには言わないんだ」
腹を割って話した仲だからなのか、ロイは確信を持ってそう言っている。
「ロイがそう言うのなら、私は話してもいいよ。それに助けてくれたのは本当だし……あっ!!」
突然のミコトの大声に、ロイは体をビクッとさせる。
「な、なに……」
「私、ソマイさんにお礼を言ってない! しまった! みんなは言っていたのに!」
ロイは、そんなことか、と思っていたが、ミコトは本気で「しまったぁ!」とうめいている。
「それは今日言えばいいよ。あのさ、ソマイの話はもうよくない?」
「え?」
ミコトはくるりと体を回転させられて、ベッドに寝かせられた。
この流れは……!
「10時まで時間あるし、力を入れてあげるよ」
ロイはミコトの上にまたがってミコトを見つめた。
長め金髪がロイの顔にかかり、青い瞳がいつもより深い青になる。
ミコトは、この、下から見るロイもかなり好みで、ポーっとロイの顔をながめる。
実は、お風呂と今のバックハグ? でロイの力は結構入っていたのだが、ミコトはただ素直に「はい」と言う。
ロイのイケメンオーラには、今だにミコトは逆らえないのである。




