17.マリーの思い
ミコトがジラル町から聖女の部屋に帰って来た時は、すでに辺りは暗くなっていた。
「ただいまぁ…」
帰りの馬車でロイに寄りかかって少し寝ていたが、何だかとても疲れていた。
「おかえり! ミコちゃん!」
「おかえりなさい。遅かったのね」
セイラとマリーの声に、ミコトはホッとする。
「ちょっといろいろあって。あ、お土産買って来たよ!」
ミコトは、セイラとマリーのために買った髪留めを2人に渡した。
「嬉しい! ミコちゃん、ありがとう〜!」
セイラはミコトに抱きつく。
「15歳のお祝いだよ」
「私まで貰って良かったの?」
あまり表情を変えないマリーが、ちょっと嬉しそうだ。
「もちろん! マリーには、いつもすごく感謝してるんだ」
「そう、ありがとう、ミコト」
ミコトに抱きついていたセイラは、鼻をすんすんと鳴らして、嫌な顔をした。
「ミコちゃんから、嫌いな匂いがする!」
「すごいね、セイラ! 確かにさっきまでロイと一緒だったよ」
「一緒に出かけたの!?」
セイラはミコトを睨む。
「違うよ。わざわざ謝りに来てくれたんだ。ロイ、汗だくだったし、匂いがうつったのかな?」
「汗だくっ!」
セイラはミコトから急いで離れた。
別に汗臭いとかはなかったと思うけど、ロイ、すごく嫌われてるなぁ。
「それで、許したの?」
マリーは、クスクスと笑いながらミコトにきく。
そういえば、マリーがロイに、隣町に行ったって教えたんだよね。
「もう怒ってはいなかったんだけど、ただ、お詫びで短剣をもらっちゃって…」
ミコトは手提げ袋に入れていた短剣を取り出した。
マリーとセイラは、短剣を見つめる。
「この石の色が嫌!」
セイラは短剣の青い石を指差して言った。
「そうかな。キレイな色だと思うんだけど」
「これ、高価なものよね?」
やっぱりマリーにはわかるようだ。
ミコトが頷くと、マリーは微笑んだ。
「ミコトもこういうの、受け取るのね」
「あの、違うよ? 売ってもいいよってロイが言うから、お金に困ったら売ろうかなと思って」
「ミコちゃん、明日売りにいこう!」
セイラは短剣を持ち上げる。
「まだ売らないよ! 割と気に入ってるし」
「えー?」
「返して、セイラってば」
ミコトとセイラのやりとりを見ながら、マリーが何か考え込んでいたことに、ミコトもセイラも全く気が付いていなかった。
次の日、リントは上機嫌だった。
なんと、あのマリーから、呼び出されたのだ。
聖女の夜のお祈りの時間に、ミコトを帰らせないようにして、と言われたので、何の罪悪感もなく、ミコトにすぐには終わらない量の仕事を押し付けた。
ミコトはお金になるならと張り切って了承していた。
聖女の部屋のドアを軽くノックすると、すぐにドアが開いて、銀髪のパープルアイの美人が出てきた。
「ありがとう、来てくれて」
「ううん、嬉しいよ、やっとマリーに俺の気持ちが…」
「ちょっとミコトのことで、相談があってね?」
リントはガックリとうなだれた。
「ミコト…ね」
マリーはリントを招き入れて、ミコトがロイから貰った短剣を見せた。
「これは昨日、ロイがミコトにあげたものなんだけどね」
短剣は銀色で、柄には青い石が嵌め込まれている。
青い石は、ロイの瞳と同じ色だ。
「え? ロイさん、胸揉んだ翌日にミコトにプロポーズしたの? あの人何考えてるんだよ?」
リントは呆れた声を出した。
「ロイは何も考えていないし、ミコトもプロポーズとは思っていないから、それはまあ、いいとして…」
マリーは短剣を元の場所にしまった。
「ミコトがね、お金に困ったら、これを売るって言ったの」
「意外だな。ミコト、まさかの悪女発言?」
リントが驚いた表情をすると、マリーは「そこじゃないわ」と言った。
「ミコトがお金に困ることってあると思う?」
月明かりが、マリーとリントの顔を照らしていた。
「ミコトがお金に困ることは、ない、ね」
「そうよね。聖女の国費でミコトの生活も保証されているもの。前から何で頑張ってお金を貯めているのかなとは思っていたのだけど、昨日、はっきり、まるで将来お金に困ることが決まっているかのような言い方をしたから、ちょっと、ね」
リントは毎日一生懸命仕事をしているミコトを思い出した。
確かにあんなに働いているのに、何かを買っている様子はない。
「おかしなことが、まだあるの」
マリーの言葉に、リントは息を呑んだ。
「ミコトは時々風邪をひいたり、お腹を壊したりするのだけど、セイラが体調を崩した事は一度もないの」
「聖女が、あまり外に出ないから、とか?」
マリーは静かに首を横に振った。
「歴代聖女の記録を調べたら、歴代の聖女も一度も体調を崩すことはなかったらしいわ」
「聖女は特別ってことだよね?」
「そう、今までは、聖女は普通の人間とは違うので、体調を崩さない事は不思議だけど、不思議ではなかった。でも、セイラとミコトは同じ場所から来た、しかも血縁関係がある。なのにどうして、体のつくりに違いがあるのかしら」
リントは考え込んで下を向いた。
「体のつくりという言い方をすれば、2人の成長もあまりに違うわ。セイラは不自然なほど規則正しく毎年5センチずつ身長が伸びるの。でもミコトは昨年一気に背が伸びて、急に女の子らしくなった。ミコトの成長は、この世界の女の子たちと、ほぼ一緒なの」
「マリー、ミコトを疑ってるのか?」
マリーはふっと微笑んだ。
「誤解してほしくないのだけど、私はセイラもミコトも大好きなの。リントは5年前、ミコトが何かを隠しているって言っていたよね?」
確かに言ったと、リントは頷く。
「ミコトは何かを隠している。ねえ、ミコトは、セイラが元の世界に帰る5年後、本当にセイラと一緒に元の世界に帰れるの? 本当は帰れなくて、一人この世界に取り残されて、両親にも二度と会えないのではないのかしら?」
月明かりに照らされたマリーの目には、涙が浮かんでいる。
「あの子が最初からそれを知っていて、そんな辛い事を、一人でずっと抱え込んでいるかと思うと…」
ポロポロと涙を流すマリーを、リントはふんわりと抱きしめていた。




